【短編ホラー集】怪忌23.消えゆく者たち/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
23/34
23.消えゆく者たち
☆
その夜、希美・歩希・楓・裕太の四人は、中学校の校舎で肝試しをしていた。電気が消え、月明かりさえ無い真っ暗な階段を、楓が家から持ってきた超高性能ライトの明かりだけを頼りに上る。目指すは、三階建ての校舎の三階だ。
「──この校舎の階段の数は十二段なんだけど、夜に数えると、十三段になってることがあるの。それを上った先には、存在するはずのない四階のフロアがあって、そこでは、顔のない生徒たちが授業を受けてる、って話だよ」
今日の朝、楓はそんな話をした。いつものように、彼女がどこからともなく仕入れてきた怪談話である。『十三段目の異界』という話だ。そのあるはずがない四階までたどり着いたら、一〇分以内に引き返さないと階段が消え、二度と戻れなくなるらしい。ただし、大切な品を階段にひとつずつ置いて後ろ向きに下りると元の世界に戻れる、という話もあるそうだ。
楓は、たびたびこういう話を仕入れてきては、肝試しと称して実際に現地に行ってみるのを楽しみにしている。それらの話を楓本人が本気で信じているのかどうかは判らない。幽霊や怪異との遭遇を期待しているのではなく、ただこうやってみんなで集まって怖い思いをするのを楽しんでいるだけのように思えるのだ。もっとも、怖がりな希美が毎回楓の肝試しに付き合う理由も、結局のところ、同じように楽しんでいるという面は否定できない。
「……十……十一……十二。ここも十二段だな」
四人で一階から二階の階段を上り終え、段数を数えていた裕太がそう言った。
楓はライトで階下を照らす。「一階から二階は十二段で異常なし。ま、想定内だね。問題はここから」
楓は上の階へ続く階段を照らした。階段は踊り場まで続き、そこから折り返して三階へと続いている。楓が仕入れてきた話では、十二段の階段が十三段になっていたら、その階段は本来存在しないはずの四階フロアへ繋がっているという。この話が本当だとすれば、二階から三階へ続くこの階段が、最も可能性が高い。
「じゃあ、まず踊り場まで。行くよ?」
楓の合図で、四人で横並びになって階段を上がった。一……二……三……と、希美も心の中で段数を数えていく。十……十一……十二、で、踊り場に着いた。ちなみに踊り場や各フロアの床は段数に数えないというルールでやっている。
「いよいよ最後の階段ね。ここが勝負どころよ」
踊り場から三階をライトで照らす楓。何の勝負かは判らないが、希美はごくりと喉を鳴らした。『十三段目の異界』なんて、ただの都市伝説──と言い切ることはできない。希美はこれまで、数えきれないほどの怪異を目の当たりにしてきた。この話も、実際に起こってしまうかもしれないのだ。
「覚悟はできた? じゃあ、行こう」
またまた楓の合図で、四人横並びで階段を上がる。一……二……三……。段を上がるたびに、希美は歩希の方へ身を寄せる。最近はくっつかれることを恥ずかしがる歩希も、今は離れたりしない。六……七……八……。楓の持つライトが一段先の階段を照らし出し、希美たちはそれを慎重に踏みしめる。一段、また一段、と、踏み終えた段は階下の闇へ消えていく。
「……十……十一……十二……十三!!」
裕太の声が跳ねあがった。歩希と楓も息を飲む。希美は歩希の腕にしがみついた。希美も数えていたから間違いない。あるはずがない十三段目の階段。そして──。
「──見て!」
楓がライトを上に向けた。三階建て校舎の三階のはずなのに、階段は、折り返してまだ上に続いている。踊り場の天井には電灯が点いており、真っ暗な階段を照らし出していた。まるで希美たちを誘導しているかのようだ。ただし、その電灯は、ちか……ちか……と、明滅を繰り返している。点灯しては消え、点灯しては消え、を繰り返すたびに、階段が闇に浮かび上がり、そして闇に消える。もしあの電灯が完全に消えてしまったら、自分たちも闇に消えてしまうのではないか……そんな不安が頭をよぎる。
「異界へ繋がる階段……本当にあったとはね。面白いわ。みんな、準備はいい?」
決意の目で階段を見つめる楓。希美が「ウソでしょ? 上るつもり? やめなよ。帰れなくなるかもしれないんだよ?」と言っても、「ここで何もせず帰るなんてありえないでしょ」と、その決意は揺るがない。
「行くよ!」
楓が一段上がった。隣の裕太もそれに続く。こうなると放ってはおけない。歩希と希美も、一段目を上がった。二……三……四……。慎重に段を踏みしめつつ上がる。電灯は明滅を繰り返す。七……八……九……。希美は後ろを振り返った。ここまで上ってきた階段は、まだそこにある。今ならまだ引き返すことができる。しかし、楓は先へ進む。希美もついて行くしかない。十一……十二……十三……。四人で踊り場まで上がった。
その瞬間。
明滅を繰り返していた電灯が、ぱあん!! と、破裂した。短く悲鳴を上げる希美。歩希が覆いかぶさってかばってくれる。楓と裕太も頭を押さえて身を縮めた。光が消え、暗闇の中、破片が床に散らばる音だけが聞こえる。
やがて、静寂。
楓が頭を上げ、ライトで周囲を照らした。ライトは、踊り場の床を照らし出す。破裂した電灯の破片が散らばっている。そして、ライトで後ろを照らして息を飲んだ。さっき上って来た階段が、無い。ライトの光はなにも照らし出さず、ただ闇の中に消えているだけだ。電灯の明かりが消滅した中に、希美たちは取り残されていた。
「ウソでしょ……?」
楓は、踊り場の床を照らし、さらに、先ほどまで電灯があった場所を照らして、信じられないものを見たような顔をして、叫ぶ。
「……この校舎……いまどき蛍光灯なの!?」
────。
確かに、LED電灯なら、あんな風に点滅したり、派手に破裂したりしないよな、と、希美は思った。
☆
木曜の五時間目の授業が終わり、いつものように近所の公園に集まった希美・歩希・楓・裕太の四人は、公園の隅にある電話ボックスの前に立っていた。楓は、手に十円玉を一枚握りしめている。
「──この電話ボックスから、自分の携帯電話にかけ、繋がったら『さとるくん、さとるくん、おいでください』と、三回唱えてすぐ切るの。すると、さとるくんから折り返し電話がかかってきて、どんな質問にも答えてくれるそうよ」
またまた楓がどこからともなく仕入れてきた怖い話だ。さとるくん──どんな質問にでも答えてくれるという謎の存在である。ただし、まれにさとるくんの方から質問してくることがあるという。もしその質問に答えられないと、さとるくんによって遠くに連れ去られてしまい、二度と戻ってくることができない……そんな話だった。
「じゃあ、やってみるね」
楓は電話ボックスを開け、中に入った。そして、ごくりと喉を鳴らした後、十円玉を公衆電話の投入口に入れた。
しかし──。
ちゃりん、と、音がして、十円玉は返却口に戻ってきた。
「……あれ?」
楓は十円玉を取り出し、もう一度投入口へ入れる。結果は同じだ。十円玉は、また返却口に戻ってきた。
「ねえ、これ、どうやって使うの?」
ドアを開けて希美たちに訊く楓に、希美たちは、「さあ?」と首をかしげた。今までの人生で、誰も公衆電話なんて使ったことがない。使い方を教わったこともない。そもそもそんなもの使わなくても困らないからだ。
「……っていうか、よく考えたらあたし、自分のスマホの電話番号も覚えてないや、かけることないし。やーめた、と」
四人は電話ボックスから離れ、別の遊びをすることにした。
☆
朝、授業が始まる前に教室でおしゃべりしていた希美と楓たちに、裕太が話しかけてきた。
「これ、別の中学に通っている友達から貰ったんだけど、呪いの歌が録音されているらしいぜ?」
そう言って取り出したのは、一本の古いカセットテープだった。
「呪いの歌? なにそれ? 面白そうじゃん」目をキラキラと輝かせ、楓がその話に食いついた。楓はいつだってこのテの怖い話に目が無い。ついこのまえ夜の校舎で肝試しをして怖い目に遭ったばかりなのに、懲りないヤツである。
「そいつの話によると、その歌は、普通に再生しても普通に聞こえるだけだが、逆再生すると、『死ね……』とか、『地獄に落ちろ……』とかいう声が聞こえるらしい」
希美は思わず身震いしてしまう。呪いというものは、手間をかければかけるほどその効果が増すとも言われている。逆再生することで発動する呪い……そんな手の込んだ方法で誰かを呪おうとしたというのなら、その執念に背筋が凍る。
「いいじゃない。さっそく聴いてみようよ」楓は怖がることなく言った。「それで、どうやって逆再生するの?」
「……さあ?」裕太は首を捻った
「さあって何よ。あんたが持って来たんでしょうが」
「そうなんだけど、こんなもん再生する機械なんて持ってるわけないだろ。楓、家に何かないのか?」
「あるわけないでしょ。カセットテープなんて、見たのも初めてだわ」
「歩希と希美は?」
聞かれて、二人とも首を横に振る。家にはカセットテープを再生する機械はもちろん、CD再生機や音楽プレイヤーもない。いまどき全てスマホで済んでしまう。
「歌のタイトルが判れば、サブスクに無いか調べてみるけど?」楓がスマホを取り出して裕太に訊いた。
「サブスクにあったとして、どうやって逆再生するんだ?」
「……さあ?」
「さあって」
「そういうアプリが無いか調べてみてもいいけど……曲名調べて、サブスクで調べて、アプリを調べて、ダウンロードして、設定して……そこまでするのも、正直めんどくさいね」
「だな」
裕太はカセットテープをポケットにしまうと、昨日観たテレビの話を始めた。
☆
深夜、希美は、一人暮らしをしているマンションに泊まりに来た楓と一緒に、リビングのテレビに向かっていた。時計は三時三十分になろうとしている。楓が言う時間まで、あと三分。
「深夜三時三十三分にテレビの砂嵐画面を見ると、霊の姿が浮かび上がり、中に引きずり込まれてしまうの」
楓がいま通っている専門学校の友達から聞いた話だそうだ。明日、というか今日は、日曜日。その話を、徹夜で検証しようというのである。
時計の針が進む。三時三十二分……あと一分。二人は顔を合わせて頷くと、テレビのスイッチを入れた。電源を示すランプが赤から緑に変わった。
しかし、モニターには何も映らない。真っ黒のままだ。やがて、『信号を受信できません』というメッセージが表示されたところで、三十三分になった。もちろん、何も起こらない。
「……ていうかさ、そもそも、テレビの砂嵐ってなに? テレビに砂なんて入ってるの?」
首をひねりながら質問する楓に対し、希美は、「あたしが知ってるわけないでしょ、そっちが言い出したことなんだから」と返す。
楓はチャンネルを変えるが、同じくなにも映らない黒い画面の他には、テレビショッピングや深夜ニュースしかやっていなかった。砂嵐など、どこにも映らない。そうしているうちに、すぐに三十四分になった。
「……寝ようか」
「そうだね」
楓はテレビを消し、希美は電気を消して、それぞれベッドとソファークッションに横になった。
☆
朝になり、愛車に乗ってドライブに出かけた希美と楓は、深い山奥で道に迷っていた。少しでも早く目的地に着こうと近道をしたのが間違いだった。車はいつの間にか知らない道を走っており、今いる場所がどこなのか、二人とも皆目見当がつかない。迷っていると気付いた時点で引き返せばよかったものの、道幅があまりにも狭く、車を反転させることができないまま、ズルズルと進んでしまったのだ。
「ダメだこれは、完全に迷っちゃった。ちょっと待ってね、楓」
希美は一旦自動車を止め、ダッシュボードから地図を取り出して広げた。
「さっきまで通ってた道がこれだから……たぶん、ここを曲がったんだよね? それからまっすぐ行くと……って、すぐ行き止まりじゃない。この道じゃなかったの? じゃあ、次の道? でも、確か右に曲がったはずなのに、次の分かれ道は左……ダメだ。こんな地図じゃわかんないよ」
希美は地図をしまい、どうしようか、と、周囲を見回した。
「……あれ?」
道は上り坂で、まだまだ上へと続いている。その先を目で追うと、木々の間に、大きな洋館が建っているのが見えた。ここから見える限り、近くに他の建物は無い。こんなところに人が住んでいるのだろうか? その洋館はかなり古く、なんだかドラキュラでも住んでいそうな雰囲気だ。
「他には何も無いし、あそこまで行って、住んでる人に道を訊いてみようか?」
希美がその洋館まで車を走らせようとしたとき。
「……っていうかさ、せっかくこういうのがあるんだから、使えば?」
助手席の楓が、ピッ、っと、カーナビのスイッチを入れた。
《およそ二百メートル先、右方向です》
起動すると同時に、カーナビはそう告げた。画面にはルートも表示される。それで確認すると、少し遠回りにはなるが、このまま進んでも目的地まで着けそうだ。
「あはは。ごめんね。なんかこういうの使うと、文明の力に負けたような気がして。でも、こんなことになるなら、変な意地はらず、使えばよかったね」
「なによそれ? まったく、あんたは訳わかんないこだわりがあるんだから……」
希美は車を発進させると、謎の洋館に立ち寄ることなく、カーナビの指示に従い、山を下りた。
☆
これらは、古くからこの世界で愛され、しかし、今は消えゆく者たちの、真実の物語である──。
