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ぎっくり首シリーズ最終話 上も下もない。ただ、役割が違うだけ|「首が痛い〜」行くのは病院?接骨院?それとも…。

先週の土曜日、2月21日に整形外科に行った。
なんでかって言うと、
土曜日の朝になって首の左あたりが痛くなって
首が動かなくなったから。

病院に行けば一安心かと思ったけれど、
レントゲン写真を撮って
骨に異常がないことを確認し、
もらったのは痛み止めだけだった。

痛み止めを飲んでしばらく様子を見れば治ってくるだろうなぁと安易に考えていた。
でも治るどころか日に日に痛みは強くなっていった。

これはまた病院に行って検査か何かして
何か病名を言われるのかなあって
少しどきどきしていた。

でもその日夫が、
「接骨院に行く?」と何気なく訊いてくれた。

「接骨院に行って何とかできることなの?」って正直思った。
だって病院に行ったって
患部を見るわけでも触るわけでもなく、

ただ、問診とレントゲンを撮って
骨や神経に異常がないかを確認して終わりだったから。

病院に行っても治らないのに
接骨院に行って治るんだろうか?
って正直思ってた。

でも、接骨院に行って、
もう施術直後から明らかに痛みが減ったのがわかった。
私の首が痛かった原因は首の患部が凝り固まっていたことだった。
その凝りをほぐして、ガチっと噛み合って動かなくなっていたものをほぐした。
そのことによって首が動くようになった。

そのおかげで夜も多少の痛みはあったけれど、
寝ることができた。
翌朝起きて、明らかに痛みが違うのがわかった。

まだ患部の痛みは残っていたけど、
それによって動かなくなっていた首は動くようになって、
右側に傾いたままだった首が正しい真ん中の位置に戻って
おまけに前日まで洗顔ができなかったのに
この日は洗顔ができて
コンタクトもメイクもなんとかできた。

お医者さんが治せなかったことを接骨院の先生が何とかしてくれた。

でもね、これってどっちが優れてるか劣ってるかって話じゃないなって思ったの。

病院には病院の役割があって、
接骨院には接骨院の役割がある。

扱っている領域は似ているようで、でも多分少し違う。
病院の役割は病気を診ること。
必要であれば薬を出したり手術をしたりする。

接骨院は病気の治療はしない。

代わりに患部をほぐすことができる。
実際に患者さんの様子を見たり、
患部を見たり、触ったり動かしたりして
今ここの患者さんの状態を観て
本人が辛いって言ってることを取り除く。

それが接骨院の仕事なんだなって感じた。

それと似ているものでカイロプラクティックというものがある。
私は体のメンテナンスのために、
2、3ヶ月に1度カイロプラクティックに通っていた。
特別どこが痛いという自覚はなくて
気休め程度というか
行くと、なんとなく
背筋がピンとして巻き肩とか猫背も矯正されて
スッキリするから通うっていう感覚だった。

でも最近は他にやりたいことがあったり
痛いところがないっていうこともあったりして
サボっていた。

少し前までやっていた、ちょっとした腹筋とかストレッチも最近はサボっていた。
息子とは毎日外遊びをしていて、歩いているからまぁいいだろうっていう甘い考えでもいた。

自分に嘘をつかずに、心はいつも軽やかだし、
頭も寝てすっきりしているし、
特別不調なところはないって考えていた。

けれど、体はダメージを受けていた。
「限界だよ!気づいて!」って悲鳴をあげているみたいだった。

病院と接骨院とカイロプラクティック
どれがいいとか、
どれが優れているっていうことじゃなくて、

今の自分にはどれが合っているかな?
役割が違うっていう視点で見ると、
どこに行ったらいいのが分かる気がする。

この3つと似ているもので、
整体とかマッサージってあるよね。
これらは扱っている領域は似てるようで、
多分それぞれに役割が違う。

カイロプラクティック(歪み矯正、予防)

マッサージ(ほぐしてリフレッシュ)

整体(ほぐしてリラクゼーション、治す)

接骨院(ほぐして治療)国家資格(柔道整復師)

整形外科(病気の治療、投薬)国家資格

それぞれの役割(なななの認識)

今ここの自分の様子を観て、自分の心に訊いて、自分は今どこに行ったらいいんだろうって考えるといいのかなって思った。

弟の扱っている脳神経内科の領域と
私が今興味を持っている
ナラティブ・セラピーの領域
扱ってるものは重なるところがある。

でも多分、層が違うというか役割が違う。
これも、どっちが上でどっちが下ってことじゃないって思うの。

病院のイメージって、とりあえず行っておけば安心なところで、最終的に行く場所、最強な場所。

でも、今の自分にとって最適かどうかは別の話。

お医者さんの役割は病気を診て治療したり薬を出したりする医療行為。

それに対してナラティヴ・セラピーって
「問題と捉えている物語」を語り直し(再物語化)自分自身を縛っている固定観念から解放し、
前向きな新しい人生の物語を描けるように支援
すること。

カイロプラクティックとか接骨院は
実際に幹部に触れて動かして、
目の前の“人”から話を聞いたり、様子を見たりする

劇的に治すというわけではないけれど、
「今ここ」の「その人」をほぐすというのが、
私がやりたいことと似ているかもなって思った。

一撃必殺でことを解決するっていうわけではなくて、
寄り添って伴走して心をほぐして
少しずつ少しずつ、いい方向に進んでいく。

私はそんなことがしたいんだろうなって思った。
これって、教員もおんなじなんだけど。

未完成のまま寄り添って伴走をする。

人生にも完成ってないと思う。

ついつい、完璧な人生とか何者かにならなくちゃって思い描くかもしれない。

でも本当はさ、そんなものはなくて
どこまで行ったって未完のままなんだと思う。

ありもしない漠然としたゴールを掴もうとして
もがき苦しむくらいなら
目の前のしあわせを噛み締めた方が
満たされる気がしない?

立ち止まったって
ゆっくり進んだっていいんじゃない?
走りたくなったらまた走れば。

人は、未完のまま進んでいくんだね。

生きてるだけで、
あなたの物語は進んでいくんじゃ、ないかなぁ。

ぎっくり首シリーズ全4話
お付き合いいただきありがとうございました♪

首はもうだいぶ治っていますが
痛かった頃の様子はこちら笑↓

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