備蓄が尽きたその後——オストロムが教える、タダ乗りされないコミュニティの作り方
誰もがまず自分のことを考え、共通の利益についてはほとんど顧みない。
組織化とはプロセスである。組織はそのプロセスの結果にすぎない。
「コミュニティを作れと言うが、水やりをサボる人間はどうするのか」「おすそ分け棚はもらうだけの人で溢れないか」——前三記事に寄せられた批判的コメントの多くが、この一点に収斂していた。もっともな懸念だ。〈サバイバル園芸の実践教本『Grow or Die』〉で食糧生産能力を、〈災害が暴く人間の本性〉で人間の協力本能を、〈相互扶助の設計図〉で組織の始め方を論じた。だが「始めた後に崩壊しない保証」については、十分に答えていなかった。
1968年、生態学者ギャレット・ハーディン(Garrett Hardin)が「コモンズの悲劇」と名づけた寓話がある。共有の牧草地では、誰もが自分の家畜を増やし、最終的に牧草地は荒廃する——人間の利己性は不可避であり、共有資源は必ず破壊される、というものだ。この寓話は半世紀にわたり、「国家に管理を任せるか、民営化するかの二択しかない」という政策の大前提となってきた。
ところが、この寓話は嘘だった。少なくとも、全体像ではなかった。スイスの村、日本の山村、スペインの灌漑共同体——数百年にわたり共有資源を維持してきた制度が、世界各地に存在していた。それを実証的に解明し、2009年にノーベル経済学賞を受賞した政治経済学者がいる。
著者と書籍
エリノア・オストロム(Elinor Ostrom, 1933–2012)は、インディアナ大学政治学教授であり「政治理論と政策分析ワークショップ」の共同ディレクターを務めた。若き日にUCLAの経済学大学院への進学を希望したが、女性であることを理由に拒否された。政治学に転じた彼女は、南カリフォルニアの地下水盆管理という極めて具体的な問題から研究を開始する。やがて世界中の共有資源管理事例を体系的に収集・分析し、「共有資源の経済的ガバナンス」の研究で2009年にノーベル経済学賞を受賞した。女性初の受賞である。

本書『コモンズのガバナンス:集合行為のための制度の進化』(Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action, 1990年)は、その主著だ。クロポトキンの『相互扶助論』(1902年)が「人間は本質的に協力する」という生物学的根拠を示し、ソルニットの『災害ユートピア』(2009年)が「災害時に相互扶助の共同体が自発的に立ち上がる」ことを実証し、スペイドの『相互扶助』(2020年)が「どう始めるか」を論じた。オストロムは「どう持続させるか」を、世界中の実証データで答える。
三部作が論じた物質的基盤、社会心理的基盤、組織的基盤に続く、第四の柱——「制度的基盤」を扱う一冊である。
1. 三つの呪縛モデル——なぜ「人間は協力できない」が定説になったのか
各人は限りある世界で、限りなく家畜を増やすよう駆り立てるシステムに閉じ込められている。破滅こそが、全員が自己利益を追求しつつ突き進む先である。
共有の牧草地に10人の牧夫がいる。各自が「もう1頭増やしても自分の利益は増えるが、牧草地への負荷は10人で分散される」と計算する。全員が同じ計算をした結果、牧草地は荒廃する——これがハーディンの「コモンズの悲劇」である。たとえるなら、10人で使うキッチンを誰も掃除しないマンションの共用部のようなものだ。

オストロムが指摘するのは、この寓話が「メタファー」として提示されたにもかかわらず、政策立案者たちがそれを「現実の記述」として受け取ったことの危うさだ。ハーディン自身は牧草地を人口過剰問題のたとえ話として使った。だが寓話は一人歩きする。
この寓話を理論的に補強する二つのモデルがさらに加わった。一つは「囚人のジレンマ」(互いに協力すれば最善だが、相手を信じられないから裏切りを選ぶ構造)。もう一つは経済学者マンカー・オルソン(Mancur Olson)の「集合行為の論理」(集団が大きくなるほど、誰かがタダ乗りする誘惑が強まり、協力は成立しにくくなる)。三つのモデルが合流して「人間は協力できない」という学問的常識が固まった。
この常識から導かれる政策処方箋は、きれいに二つに割れる。一方は「国家による一元的管理」。もう一方は「完全な民営化」。オストロムが鋭く指摘するのは、この二つの陣営が対立しているように見えながら、決定的な前提を共有していることだ。それは「制度の変更は外部から押しつけなければならない」という前提である。住民自身がルールを設計し、自ら監視し、自ら制裁を加える可能性は、どちらの陣営も考慮に入れていない。
1988年のThe Economist誌は「漁師に任せれば、魚を乱獲するだろう」と断言した。カナダの漁業海洋大臣は1980年の演説で「自由な漁業は、隣人と自分自身を破壊する」と語った。〈災害が暴く人間の本性〉で分析した「エリートパニック」——「市民はパニックを起こす」という権力者の信念——は、ここでも同じ構造で作動している。「市民は共有資源を破壊する」という信念が、市民から自治の権利を剥奪する根拠として機能する。
ところが、とオストロムは問う。囚人は独房に閉じ込められているから協力できないのであって、牧夫は独房にいるのか? 牧夫たちは同じ牧草地を毎年使い、互いの顔を知り、来年も再来年もそこで暮らすつもりではないのか? なぜ彼らは話し合い、ルールを作り、互いの行動を気にかける能力を持たないと仮定するのか。
オストロムはこの問いに、理論ではなく事実で答える。
2. 543年続くスイスの村と、日本の入会地——共有牧草地の統治
共有地の保有制度は、特定種類の資源に対する一般的なアクセスと最適な生産を促進し、同時にそれらの資源を破壊から守るために必要な保全措置を共同体全体に課す。
テルベル村の1483年協定
スイスのヴァレー州、ヴィスパータール渓谷の急斜面に張りつくようにして、テルベル(Törbel)という人口約600人の村がある。1224年から文書記録が残るこの村では、5種類の共有地——夏の高山牧草地、森林、荒蕪地、灌漑水路、道路——が数百年にわたり共同管理されてきた。

1483年2月1日、テルベルの住民たちは正式な協定に署名した。この協定は、外部の者がテルベルの土地を購入しても共有牧草地や森林の利用権を取得できないことを明文化した。共有資源へのアクセスは、村の構成員にのみ認められる。543年が経過した今も、この原則は維持されている。
最も注目すべきルールは「冬越しルール」だ。「冬の間に自分が養える数以上の牛を、夏の共有牧草地に送ってはならない」。つまり、冬に干し草10頭分しか用意できない農家は、夏の共有牧草地に11頭目を送ることができない。ルール違反には罰金が課され、取り締まり担当官(ゲヴァルトハーバー)は罰金の半額を自分の報酬として受け取る権利を持つ。
木材の配分方法はさらに精巧だ。まず村の森林管理人が伐採に適した木を選定し、印をつける。次に、権利を持つ世帯がチームを組んで伐採・搬出し、ほぼ等量の山に積み分ける。最後にくじ引きで各世帯にどの山を割り当てるかを決める。この手順には三つの機能が埋め込まれている。森林の状態の専門的評価、労働の公平な分担、そして配分の公正さの保証だ。誰も「自分だけ良い木をもらった」と言えない。くじ引きは恣意性を排除する装置である。
人類学者ロバート・ネッティング(Robert Netting)は、テルベルの住民が私有制と共有制の両方を熟知した上で、意識的に土地の種類に応じて使い分けていることを示した。平地の畑や果樹園は私有地として管理される。一方、高山の牧草地や森林は共有地のままだ。ネッティングは共有制が適する5つの条件を挙げる。単位面積あたりの生産性が低い、収穫の頻度や信頼性が低い、改良や集約化の可能性が低い、有効利用に広い面積が必要、大規模な資本投資に集団が必要——これらの条件を満たす資源では、私有化よりも共有制のほうが合理的である。
共有地は「時代遅れの残存物」ではない。数世紀にわたる試行錯誤の末に、住民が意識的に選択し続けてきた制度的選択である。
オストロムが見た日本の入会地
テルベルと驚くほど類似した制度が、地球の反対側に存在した。日本の入会地(いりあいち)だ。

政治学者マーガレット・マッキーン(Margaret McKean)の研究によれば、徳川時代(1600–1867年)には約1,200万ヘクタール——日本の国土面積の約32%にあたる——の森林と山地が、数千の村落によって共同管理されていた。
マッキーンは断言する。「共有地であった期間に生態学的破壊を受けた入会地の事例を、私はまだ一つも見つけていない」。
オストロムが詳細に分析した平野村、長池村、山岡村の事例は、制度設計の精緻さにおいてテルベルに引けを取らない。
まず「探偵」制度がある。若い男たちが二人一組で毎日馬に乗り、共有林を巡回する。一部の村ではこの職務は「若者にとって最も名誉で責任ある役職」と位置づけられていた。別の村では、資格のある男性全員がこの役職を順番に務めた。
冬の飼料刈りの描写は圧巻だ。各「組」(くみ=数世帯からなるグループ)に年次ローテーションでゾーンが割り当てられる。指定日に各世帯から1人だけが代表として出席し、寺の鐘を合図に一斉に刈り始める。大鎌を振るう危険を避けるため、全員が一列に並んで端から端へ同時に進む。まるで「巨大な農業ドリルチーム」だとマッキーンは表現する。刈った草は乾燥させた後、等量の束に分け、くじ引きで各世帯に割り当てられる。
制裁は段階的に設計されていた。初犯の軽微な違反であれば、探偵がその場で現金と酒を徴収し、自分たちの「娯楽費」にした。反復犯にはより高額の罰金が課された。最も重い制裁は村八分、そして最終的には追放だった。
注目すべきは、1930年代の大恐慌期に山岡村で起きたことだ。ほぼ全員がルールを破った。夜間にこっそり共有林に入り、規定より大きな木を切り、禁じられた道具を使った。だが「コモンズの悲劇」は起きなかった。マッキーンはこう記録する。
違反者たち自身が共有林の保全を尊重して自制を試み、絶望からのみ盗みを行った。目撃した検査官や他の住民は、違反者の窮状への同情と、問題が一時的であり共有林を傷つけるほどではないという確信から、沈黙を守った。

完璧なルール遵守ではない。「許容範囲内のルール違反を許す柔軟性」こそが、システムの耐久性の鍵だった。全員が苦しんでいることを全員が知っている状況では、厳格な取り締まりよりも共感に基づく一時的な緩和のほうが、制度への長期的な信頼を維持する。これは、今後のホルムズ封鎖下で日本のコミュニティが直面しうる状況の、歴史的先行例でもある。
現代の日本人は「入会地」という言葉すら知らない人が多い。だがこの制度は、ノーベル経済学賞の根拠の一つになった。日本にはかつて、自分たちでルールを設計し、自分たちで監視し、自分たちで制裁を加え、数百年にわたって共有資源を維持する仕組みがあった。それは「失われた」のではない。明治の地租改正と近代化の過程で、構造的に解体されたのだ。
3. 1,000年続くバレンシアの水法廷——水泥棒の罰金はなぜ数ペニーなのか
農民は瞬時にでも闘う用意があった。自分の水の供給が少しでも脅かされていると感じれば。
スペイン東部のバレンシア近郊では、トゥリア川の水が8本の大水路に分かれ、1万6,000ヘクタールの農地を潤す。農地の80%以上が1ヘクタール未満の零細農家だ。年間降水量はわずか250ミリ——広島の約7分の1にすぎない。この極端な水不足の環境で、灌漑制度は少なくとも1,000年間維持されてきた。

バレンシアの7つの主要水路の灌漑農民は、それぞれ自律的な灌漑共同体を組織している。各共同体のシンディック(執行役)は、毎週木曜日の午前中にバレンシア大聖堂の「使徒の門」の前で開かれる「水法廷(Tribunal de las Aguas)」に出席する。弁護士は不在だが、見物人は多い。紛争当事者への尋問、事実認定、そして即座の判決。この法廷のイスラム的な伝統から、研究者たちはイスラム統治期に起源を持つと推定している。
水の配分は環境条件に応じて三つの制度に切り替わる。豊水期には自由取水。通常期にはトゥルノ(順番制)——各農家が固定された順番で取水し、必要な量を自由に使える。異常渇水期にはシンディックが作物の状態を見て優先順位を決定する。環境の変動に応じてルールそのものを切り替える柔軟性が、制度に組み込まれている。
ここで注目すべきは相互の見届けの構造だ。トゥルノ制度のもとでは、各農家は自分の順番が来るまで水路の近くで待機する。順番が来たら素早く自分の水門を開けなければ、そのまま次の農家に順番が移ってしまう。この待機中、農家は自然と前の農家の行動を観察する。前の農家が不当に長く水を使えば、次の農家が最も直接的な被害を受ける。つまり、監視コストはゼロに近い。チートする動機が最も強い人物(順番を引き延ばしたい前の農家)と、チートを発見する動機が最も強い人物(早く自分の番にしたい次の農家)が、制度の設計によって自動的に対面する。
15世紀のカステリョン(バレンシア近郊の類似制度)で残された罰金記録帳から、オストロムは遵守率を推計する。約1,000世帯の農家が年間約25回の取水機会を持つ。年間約25,000回の「水を盗む機会」に対して、記録された違反は約200件。遵守率は99.2%以上である。実際の違反はもう少し多かったとしても、驚異的な数字だ。
さらに意外なのは、罰金の低さである。実際に課された罰金は「数ペニーが大半で、違反の重大さ、経済状況、そしておそらく本人の支払い能力に応じて変動した」とグリックは記録する。なぜ罰金がこれほど低いのか。オストロムの解釈はこうだ。通常はルールを守る農民が、一度だけ絶望的な状況で水を盗んだとしよう。高額の罰金を課せば、その農民は制度そのものに恨みを抱く。低額の罰金であれば、「見つかった」という事実自体が抑止力となり、軽い恥をかくだけで済む。協力的な農民に対する過剰な罰は、長期的には制度への信頼を毀損する。
罰金記録帳のもう一つの発見は、年間に罰金を受けた農民の約3分の2が「一回限りの違反者」だったことだ。反復犯はごく少数にとどまる。制度は、善意の参加者の一時的な逸脱を許容しつつ、常習犯に対しては段階的に圧力を強める設計になっていた。
日本の読者にとって、バレンシアの灌漑共同体は遠い世界の話に聞こえるかもしれない。だが日本各地の用水路管理組合——「井堰」(いぜき)の維持管理を農民が共同で行ってきた伝統——は、構造的にバレンシアの水利共同体と同型である。用水路の清掃に全戸から1人が参加し、不参加者には「出不足金」(でぶそくきん)が課される仕組みは、まさにオストロムが記述した段階的制裁の日本版だ。

4. コモンズが持続する8つの条件——「始めた後に崩壊しない」ための設計原則
オストロムはスイス、日本、スペイン、フィリピンの成功事例と、トルコ、スリランカ、カナダの失敗・脆弱事例を比較し、成功事例に共通する「8つの設計原則」を抽出した。成功事例はすべて8原則を満たし、失敗事例はいずれも3原則以下しか満たしていない。
以下、各原則を日本の文脈に翻訳する。
原則1:明確な境界
共有資源を利用できる個人・世帯が明確に定義されていなければならない。資源そのものの物理的境界も同様だ。「誰が仲間で、どこまでが自分たちの資源か」が不明確なままでは、何を管理しているのか誰にもわからない。
テルベルの1483年協定が真っ先に定めたのは、まさにこの点だった。外部者が土地を買っても共有地の利用権は得られない。日本の入会地でも、利用権は村の構成員にのみ認められ、新規加入には村の承認が必要だった。
共同農園に引きつけて考えるなら、「誰が参加者で、誰はそうでないか」「農園の区画はどこからどこまでか」を最初に明文化することが第一歩だ。境界が曖昧なまま始めると、貢献しない「幽霊メンバー」が増殖する。
原則2:地域条件への適合
取水量、取水時期、技術、労働負担などを定めるルールが、現地の環境条件に合っていなければならない。バレンシアとアリカンテは80キロしか離れていないが、水の配分ルールはまったく異なる。バレンシアでは順番制、アリカンテではオークション制。それぞれの降水量、貯水能力、地形に合わせた制度だ。一律のルールを広い地域に適用しようとする中央集権的アプローチが失敗する根本的な理由がここにある。
原則3:集合的選択への参加
ルールの影響を受ける者の大半が、ルールの修正に参加できること。自分たちが作ったルールは守られやすい。外部から押しつけられたルールは守られにくい。スペインのウエルタでは、灌漑農民が2〜3年ごとにシンディックを選挙で選び、年次総会で予算と規則を承認する。フィリピンのサンヘラ(灌漑共同体)では、マエストロ(執行役)を合意で選出し、全員が水路建設に参加する。
〈相互扶助の設計図〉でスペイドが指摘した「空気を読む」と「合意形成」の違いが、ここで制度設計の問題として立ち現れる。「発言しないことで暗黙の同意を与える」のではなく、「全員が意見を述べた上で、全員が受け入れられる合意に至る」プロセスが、ルール遵守の条件である。
原則4:監視
見届け役が、利用者自身であるか、利用者に説明責任を負う者であること。バレンシアの農民は順番待ちの間に自動的に互いを監視する。日本の入会地では「探偵」が巡回し、発見した違反者から酒を徴収して自分の報酬にした。フィリピンのサンヘラでは、水路建設の作業チームが互いの進捗を観察し、チーム間の競争が自然な監視機能を果たした。
重要なのは、こうした見届けの役割が「外部の警察」ではなく「内部の参加者」によって行われていることだ。外部の監視者は雇用コストがかかり、現場の事情を知らず、買収される可能性もある。内部の監視者は、自分自身が制度の利益を受けているため、監視する動機がある。
原則5:段階的制裁
初犯は軽く、累犯は重く。カステリョンの数ペニーの罰金。日本の入会地の酒一本。フィリピンのサンヘラの「不参加罰金」。いずれも初犯に対する制裁は驚くほど軽い。
オストロムはこの「軽さ」を、制度の持続性にとって決定的だと分析する。軽い制裁が伝えるメッセージは「あなたが見られていることを知ってほしい」であり、「あなたを罰したい」ではない。一時的な逸脱は許容されるが、反復すれば制裁は段階的に強まる。この「段階性」が、善意の参加者を萎縮させずに、悪意のフリーライダーを抑止する。
原則6:紛争解決メカニズム
低コストで迅速にアクセスできる紛争解決の場があること。バレンシアの水法廷は毎週木曜日に開かれ、弁護士なしで即日判決が下る。日本の入会地では村の寄り合いが紛争解決の場だった。ルールの解釈をめぐる争いが生じたとき——そして必ず生じる——それを迅速に処理できなければ、不満が蓄積し、ルール違反が正当化される。
原則7:組織化する権利の最小限の承認
外部の政府当局が、利用者の自治的制度設計の権利を妨げないこと。この原則は、成功と失敗を分ける最も重要な外部条件である。後述するネパールとカナダの事例は、この原則が欠けたときに何が起きるかを鮮烈に示す。
原則8:入れ子構造
大規模なシステムでは、取水・供給・監視・紛争解決の活動が、複数の階層からなる入れ子状の組織で行われること。スペインのウエルタは3〜4層の組織構造を持つ。フィリピンのサンヘラ連合は、5〜10人の作業チームから始まり、個別サンヘラ(20〜75人)、そして9つのサンヘラの連合体まで積み上がる。
〈相互扶助の設計図〉で論じた「ゆるい集まりに一つだけ接ぎ木する」アプローチは、まさにこの入れ子構造の最小単位から始める戦略だ。味噌仲間の5人から始めて、おすそ分け棚を共有する10世帯へ、そして共同農園を運営する30人へ。小さな自治単位の上にやや大きな自治単位を積み重ねていく。ゼロから300人のコミュニティを一気に作ろうとするのではなく、12人の水路管理チームを25個作るほうが、はるかに現実的であり、はるかに頑強である。
5. 「管理してあげる」が共有地を殺す——中央集権の逆説と、再生の触媒
発展途上国で共有林を国有化した結果、かつての制限付き共有地が、誰でもアクセスできる無制限の資源に変わってしまった。
国家介入の逆生産性
8つの設計原則のうち、失敗事例に最も一貫して欠けているのは原則7——「組織化する権利の承認」——である。
ネパールの事例は衝撃的だ。ネパール政府が「民有林国有化法」を施行したとき、その目的は「国全体の利益のために森林を保護・管理・保全する」ことだった。だが実際に起きたのは正反対だった。人類学者ドナルド・メッサーシュミット(Donald Messerschmidt)の報告によれば、法施行の直後から住民たちは「組織的に、大規模に森林資源を過剰利用し始めた」。なぜか。自分たちの共有林が国に取り上げられたと感じた住民は、管理する動機を失った。国の規制を執行する森林官は、低賃金で数も足りず、賄賂が横行した。結果として、かつては「制限付き共有地」だった森林が、事実上の「無制限アクセス資源」に転換した。

国有化が共有地を破壊する。これはイリイチが「制度的逆生産性」と呼んだメカニズムの典型例だ。医療が健康を損ない、教育が学びを妨げ、交通が移動を奪うように、「保護」のための国有化が資源を破壊する。ネパール政府は1978年に方針を転換し、森林の管理権を村落に返還し始めた。返還後の結果は「極めて励みになるもの」だったと報告されている。
カナダのノヴァスコシア州でも類似の構造が観察される。沿岸の小さな漁村では、何世代にもわたって地元の漁師たちが独自のルールを発展させてきた。ポート・ラメロン・ハーバー(仮名)の漁師たちは、漁場を複数のゾーンに分割し、各ゾーンで使用できる漁具の種類を限定し、地元漁師の優先的アクセス権を維持してきた。監視は漁師自身が行い、違反者は無線で公開警告を受ける。
ところがカナダ連邦政府の漁業海洋省は、こうした地元ルールの存在を認めなかった。政府の公式見解は「沿岸全域が開放漁場」であり、一つの標準的規制を全海岸に適用するというものだ。政府がライセンス制度を導入したとき、地元漁師の反応は「防御的ライセンス取得」——将来の規制に備えて、現在使っていない漁具のライセンスまで取得する——だった。ニューファンドランド州では、実際に漁業を行っている人が2万1,000人であるのに対し、登録漁業者数は3万5,000人に膨れ上がった。
遠洋漁業の乱獲を止めるために国家レベルの規制が必要であることは確かだ。だが沿岸漁業にまで同じ画一的規制を押しつけることは、すでに機能している地元の自治制度を弱体化させる。オストロムが提案するのは「入れ子構造」の規制——遠洋は国が、沿岸は地元が管理する多層的ガバナンス——だ。
この点は日本にとって他人事ではない。2018年の改正漁業法は、漁業権の企業への開放を促進した。地元漁協が数十年にわたって管理してきた漁場に、外部資本が参入する道が開かれた。オストロムの枠組みで言えば、原則7の弱体化である。
ガル・オヤの奇跡——崩壊したコモンズは再生できるか
では、すでに自治制度が崩壊した場所では、もう手遅れなのか。
スリランカのガル・オヤ灌漑プロジェクトは、その問いに対する希望ある回答を提供する。ガル・オヤ左岸は国内最大の灌漑入植事業で、約50キロの主水路と約960キロの配水路からなる巨大システムだ。1970年代末、この地域は「水理学的悪夢」と呼ばれていた。水路は整備されず、制御構造物は破壊され、農民同士の信頼はゼロに近かった。上流のシンハラ人と下流のタミル人の民族対立が、事態をさらに複雑にしていた。

当初のプロジェクト計画は、農民を「上から」組織化し、法執行を強化するというものだった。スリランカの農業研究研修機構(ARTI)とコーネル大学のチームは、この計画を明確に拒否した。代わりに彼らが導入したのは「制度オーガナイザー(IO)」——大卒の若者で、農業の背景を持ち、農民と共に暮らしながら問題解決を支援する「触媒」だった。
IOは組織のブループリントを押しつけなかった。まず各農家を訪ね、問題を聞き取り、水路を共有する12〜15人の小グループで非公式に集まる場を設けた。最初の課題は小さなもの——壊れた水門の修理、水路の泥さらい——だった。その小さな成功体験の上に、徐々に公式な組織を構築していった。水路単位の組織(FCO)、配水路単位の組織(DCO)、支線単位の地域評議会、そしてプロジェクト全体の委員会。4層の入れ子構造だ。
1983年1月、シンハラ人地区とタミル人地区にまたがる配水路で、15人のタミル人農民と12人のシンハラ人農民が共同で水路清掃を行った。水路を塞いでいた木の根の太さが、20年間水が届いていなかったことを物語っていた。この作業の結果、1,000エーカー(約405ヘクタール)の農地が新たに灌漑可能となり、300世帯がその年に二期作を達成した。
ガル・オヤが示すのは、外部介入の「第三の方法」だ。国家による中央集権的管理でも、放任でもなく、自己組織化の「触媒」を提供する。IOは答えを持ち込んだのではない。農民自身が答えを見つけるプロセスを支援した。そしてこのプロセスは、オストロムの8原則に正確に沿っていた。明確な境界(水路単位の小グループ)、地域条件への適合(各DCOが独自の組織形態を選択)、集合的選択への参加(コンセンサスによる意思決定)、そして入れ子構造。
コモンズの悲劇の本当の教訓——悲劇は共有地ではなく、共有地を奪う者にある
メタファーに基づく政策は有害でありうる。
「コモンズの悲劇」の本当の悲劇は、人間が協力できないことではない。「人間は協力できない」という信念が政策として実装され、実際に協力を不可能にすることだ。
ネパールでは「住民には森林を管理できない」という前提が国有化を正当化し、国有化が管理放棄を生み、管理放棄が乱伐を招いた。カナダでは「漁師には漁場を管理できない」という前提が画一的規制を正当化し、画一的規制が地元制度を弱体化させた。スリランカでは「農民には灌漑を管理できない」という前提が中央集権的設計を正当化し、中央集権的設計が水泥棒と暴力を常態化させた。いずれの場合も、「人間は協力できない」という信念が自己成就的予言として作動している。
〈災害が暴く人間の本性〉で分析したエリートパニックの構造と、ここで作動しているメカニズムは同型である。「市民はパニックを起こす」という信念が市民の行動制限を正当化し、行動制限が実際の被害を拡大する。「市民は共有資源を破壊する」という信念が市民の自治権の剥奪を正当化し、自治権の剥奪が実際に資源を破壊する。
オストロムの8つの設計原則は、この自己成就的予言を断ち切るための実証的反証である。数百年にわたり、数千のコミュニティが、国家にも市場にも頼らず共有資源を管理してきた。そこには精巧な境界設定があり、地域に適合したルールがあり、参加型の意思決定があり、内部からの監視があり、段階的な制裁があり、紛争解決の場があり、自治の権利があり、入れ子構造があった。
三部作を通じて論じてきた四つの基盤——〈Grow or Die〉が示した物質的基盤(食糧生産能力)、〈災害が暴く人間の本性〉が示した社会心理的基盤(人間の協力本能)、〈相互扶助の設計図〉が示した組織的基盤(相互扶助の始め方)、そしてオストロムが示した制度的基盤(持続のための設計原則)——がこれで揃った。
だが「揃った」ことは「完成した」ことを意味しない。オストロムが南カリフォルニアの地下水盆管理で実証したように、制度の変化は漸進的で、逐次的で、自己変革的なプロセスだ。最初の一歩は小さくてよい。ボランタリーな情報共有の場を設ける。次に、小さな共同作業を始める。その成功体験の上に、やや大きな組織を構築する。完璧な制度を最初から設計する必要はない。必要なのは、間違いを修正できる仕組みそのものだ。
味噌仲間の5人でも、共同農園の12人でも、おすそ分け棚を共有する10世帯でも構わない。
「誰がメンバーか」を決め(原則1)
「自分たちの状況に合ったルール」を作り(原則2)
「全員がルール作りに参加」し(原則3)
「互いの行動を見える化」し(原則4)
「初犯には優しく、累犯には厳しく」し(原則5)
「揉めたらすぐ話し合える場」を持ち(原則6)
「外部から潰されないよう正当性を確保」し(原則7)
「小さな単位から積み上げる」(原則8)
制度は停電しない。缶詰は食べ終われば消えるが、ルールは使うほど洗練される。互いを見守り合う習慣は練習するほど自然になる。信頼は積み重ねるほど頑強になる。
ホルムズ海峡の封鎖が続く中、日本の食料安全保障の構造的脆弱性はすでに明らかだ。だがその脆弱性に対抗する制度的基盤は、日本の歴史の中に——入会地と里山と用水路管理組合の中に——すでに存在していた。今必要なのは、その記憶を発掘し、現代の条件に翻訳し、小さな実践の中に埋め込んでいくことだ。
オストロムが生涯をかけて証明したのは、一つの単純な事実である。
人間は協力できる。ただし、協力を育てる仕組みがあれば。
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