時給をあげる = 価値を上げる工夫についての話 - その3
人は制限があるほど
その中で価値を見出す工夫をするという話。
スペインの薬局で役立つスキルを習得した話
↓
尊敬できる働き方をしている大人に出会った話
↓
頼まれて始めたバイトが直接法(学習言語で教える)で教える仕事だった話
↓
次のバイトは同じく近所で開店した
大型ショッピングモールだった。
すっかりオープニングスタッフにはまった話
ここでは大量のパート・バイトを
採用していた。
魅力的だったのは
家から近い
時給が高い
そして
前回の課題だった
誰でも代わりにシフトに入れる
という点だ。
誰でもできる仕事=自分の代わりがいるという自由について
パートとバイトが全員ほぼ同じ
業務をできるように教育されている。
そしてバイトは
いつでもお金が欲しい。
そのため誰かが休みとなると
シフトに入りたい人が
たくさんいるのである。
大きなチームで働く
ということは
競争は激しいかもしれない。
しかし
それは自分のバックアップが
いつでも準備されている
環境であるともいえる。
誰でもできるが、誰でもできるわけではないというコトについて
どのバイトもできると言っても
実際には
人によって任される業務が
異なっていた。
たとえば女性はレジが多いとか
ソフトクリームを作れる人と
挑戦しない人がいるとかだ。
2年勤務してても
ソフトクリームを作ろうとしない
パート社員がいた。
理由を聞くと
「失敗するとこわいから」
その社員は
ソフトクリームの注文が入ると
バイトである私たちを呼ぶ。
私たちはソフトクリームを作るのが
好きだったため利害が一致していた。
スイーツの焼き手は
かなり技術と練習がいるため
たまにしかはいらないバイトには
教育をしてもらえない。
教えるのにもコストがかかるからだ。
また信頼されている人材だけ
生地作りを教えてもらえる。
これはおそらく会社規模での
異物混入のリスク管理だと思われる。
保健所レベルの問題が発生した時に
生地作りにアクセスできた人材を
特定するためであろう。
同じレジ業務でも
1時間で回せる客数が
人によって多かったり少なかったり。
そして当時は自動精算レジ
ではなかったため
釣銭の差異が
大きい少ないなどもある。
1日の最後にPOSレジ集計をすると
スタッフごとの統計が出るので
正社員にとってはスタッフの精度が
一目瞭然なのである。
このバイトにもすっかりはまった私は
ほとんどの業務を達成した後
↑焼き手はやはりパート社員には
まったくかなわず。
店長からスタッフのシフトづくりや
材料の仕込みの見込みプランなども
頼まれてやるようになった。
社会的なステレオタイプ=女性は接客、というプレッシャーを知るコト
たかがバイトと言えども
みんなが順風万端だったわけではなく
特に女性はレジに回るように
店長に指示される。
その女性ならではの
プレッシャーに負けず
キッチンや焼き手にも
興味があることを各自
店長にアピールして
いかないといけない。
レジ業務で言えば
レジ部隊の真後ろで
注文をキッチンに伝える役が
一番好きだった。
卒業後、次の進路先までに
待機期間があった私は
本屋と講師のバイトを辞め
ショッピングモール一本に絞った。
このタイミングで
バイトから契約社員の打診があり
福利厚生の面でも
待遇面でも大変よくしていただいた。
小ポケットを育てておけば
人生のステージによって
それを大きくしたり小さくしたり
することができる。
好きなことを詰め込んでいった結果
学生時代主にこの3つのバイトを
かけもちしていた私は
毎月手取りが30万以上あった。
初バイトを始める前の
私の大ポケットは
親からの毎月2万のサポート。
大ポケットを大切にしながら
小ポケットを増やす試みをした。
初めての小ポケットは薬局だ。
暇で暇でしょうがなかったが
すぐに月2万は越え
私の大ポケットとなった。
4回生の時には
私の大ポケットは
ショッピングモールで
小ポケットが
講師、本屋、親。
それ以外にも
教授のお手伝いを頼まれたり
友達と単発イベントのバイトも
していたので
学生時代のポケット事情は
非常に豊かで楽しく潤っていた。
車検もガソリン代も
自分で負担できていたため
自分の車をほぼ維持できた。
友達と深夜にドライブに行ったり
学会やイベントなどに参加するときに
自分の都合に合わせて
動くことができた。
この頃から留学生の
メンター支援のため
合宿施設を貸し切って
研修や交流会を開催する
学生コミュニティを運営していた。
また自分が付いている
教授だけではなく
他校の教授の研究室にも
通っていたため
交通公共機関のダイヤに影響されず
自分で移動できることが
私にとっては
ストレスが非常に少ない
要因になっていた。
(車がなかった1回生時は
本当に本当に色々大変だった)
都内のお洒落で便利な立地に
キャンパスやバイト先がある
学部が恨めしい ...
どのバイトも
小さいスタートから
こつこつ始め
自分の生活にとって都合の良いように
カスタマイズしていく。
3つのかけもちと聞くと
まるでバイトしか
していないようにも聞こえるが
最終的にはどのバイトも
勤務時間がそんなに多くなかった。
労働時間を増やすだけではなく、価値も高めるというコト
勤務時間を減らし
時給を上げていく。
そして自分の価値と
信頼を最大限にし
クビにならない
ギリギリラインで働く。
信頼を勝ち取れれば
シフトもかなり自由に
組ませてもらえたり
頼まれて入ることが多くなるため
それがチリ積もると
また時給が上がる。
当時の住まいが
都心から遥か彼方の
辺鄙なところだったので
バイト探しは本当に苦労した。
なぜバイトするか?という問いについて
専攻が実務に直結しない
ニッチな分野だったため
学びが直接バイトに活かせないのも
当時は少しがっかりしたポイントだ。
たとえば
経理や法学、医学などなら
もっと時給の高いバイトを
はじめから見つけられた
かもしれない。
立地が良ければOB繋がりもある。
そもそも実家の支援が厚く
自分で稼ぐ必要性が高くない
学生も多いであろう。
しかし
人は制限があればあるほど
工夫してさまざまな価値を
見出すようになる。
持っていないモノではなく
持っているモノを見るスキルに
ますます磨きがかかる。
そうすると
選択肢が一気に広がり
幸福感がぐっと高まる。
noteでの出会いに
感謝。
