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じんせいかきいろの紐解くアニメ 第6回「機動警察パトレイバー EZY File 1」


これは懐古ではない“特車二課”という空気の再起動だ

『機動警察パトレイバー EZY File 1』を観て、最初に思ったのは「懐かしい」ではなかった。

いや、もちろん懐かしさはある。
イングラムが動く。特車二課という名前がある。街にレイバーがいる。シゲさんがいる。太田と進士が出てくる。旧作を知っている人間なら、胸の奥に眠っていた警察無線みたいなものが、ジジッと鳴り始める。

だが、この作品の面白さは、懐かしさに寄りかかっていないところにある。

『EZY File 1』は、旧作キャラクターをそのまま前面に出す作品ではない。
野明の代わりを探す作品でも、遊馬の再来を見つける作品でも、後藤隊長の幻影を追う作品でもない。

むしろ、それをやらないことで、逆に「では、パトレイバーとは何だったのか」を浮かび上がらせている。

パトレイバーとは、巨大ロボットが戦う作品である前に、レイバーという機械が社会に存在してしまった世界の話だ。
そこには警察があり、商店街があり、当直があり、映画撮影の現場があり、妙にくだらない事件がある。
そして、そのくだらなさの奥に、人間と社会の匂いがある。

『EZY File 1』は、その匂いを令和の空気の中に戻そうとしている。

なお、公開初日に観た直後の率直な感想は、別記事にまとめている。今回の記事が「パンフレットや細部を踏まえた考察」だとすれば、そちらは鑑賞直後の温度を残した感想文だ。あわせて読んでもらえると、『EZY File 1』の印象がより立体的になると思う。

旧作の再現ではなく、フォーマットの継承

パンフレットのインタビューを読むと、制作側がかなり意識的に「旧作の再現」ではない方向を選んでいることが見えてくる。

これは、かつての第二小隊をもう一度そのまま動かす企画ではない。
もちろん旧作とのつながりはある。パンフレットの「パトレイバー・マルチバース年表」でも、『EZY』は2033年の出来事として置かれている。完全なリセットではない。むしろ、旧作の時間が流れた先にある作品として受け取れる。

だが、それでも主役は新しい第二小隊だ。

ここが重要だ。

旧作ファンは、どうしても野明や遊馬や後藤隊長を探してしまう。
私も探した。これはもう仕方ない。長く好きだった作品ほど、記憶の中の人物が先に歩き出してしまう。

けれど『EZY』がやろうとしているのは、旧作キャラの代用品を並べることではない。

新しいキャラクターたちは、役割の配置としては旧作を思わせる。
1号機パイロットと指揮担当。
2号機パイロットと指揮担当。
隊長。整備班。第一小隊。
この構図には、確かに旧作の影がある。

しかし、中身は違う。

十和は野明ではない。
桔平は遊馬ではない。
佐伯隊長は後藤隊長ではない。
間も平田も、旧作キャラの置き換えではない。

似ている。
でも違う。

この「似て非なる」感覚こそ、EZYの第二小隊を考えるうえで大事だと思う。
旧作の役割は継承している。だが、人格は継承していない。
それでいい。

パトレイバーが本当に継ぐべきなのは、個々のキャラクターの形ではなく、特車二課という職場の空気だからだ。

EPISODE #01「トレンドは#第二小隊」

SNSと人情が起こした、小さなレイバー事件

商店街、人情、SNS、そして雪だるまレイバー。小さな善意が大きな騒ぎになる。

EPISODE #01は、新しい第二小隊の顔見せであると同時に、かなりパトレイバーらしい導入回だった。

保育園で啓発活動をしていた第二小隊に出動命令が下る。
事件の中心にあるのは、クリスマスイベント用にレンタルされた雪だるまレイバー。しかもその騒ぎは、商店会の会長である金子幸子の引退を知った幼なじみの老人2人、鴨下保と福地宗次郎が、SNSでトレンド入りさせて盛り上げようとしたことから始まる。

この動機がいい。

悪意ではない。
テロでもない。
世界の危機でもない。

長年の友人を盛り上げたい。
ただ、その方法が少しズレていた。
そのズレがレイバー事件になる。

この小ささが、実にパトレイバーだ。

しかも最後に、3人の若かりし頃の写真が映る。
あの一枚が効いている。

それまでの3人は、事件を起こした高齢者と、それに巻き込まれた商店会長として見えていた。だが最後の写真によって、彼らは「この街で同じ時間を生きてきた人たち」になる。

レイバー事件の向こう側に、商店街の歴史がある。
街に流れてきた時間がある。
少しズレた善意と、年を重ねた友情がある。

この人情の置き方がにくい。

さらに、暴走した雪だるまレイバーが違法改造機だったことも気になる。
EPISODE #01単体では、商店街の人情話としてきれいにまとまっている。しかし「違法改造レイバー」という要素は、今後の伏線になっていく可能性がある。

2033年の社会では、レイバーは社会基盤の一部として定着している。
ならば当然、改造、流通、管理、セキュリティの問題も発生する。

かわいい雪だるまの皮をかぶった違法改造機。
これは小さな事件に見えて、EZY全体の火種を最初に見せていたのかもしれない。

そして、この回でシゲさんが出てくることも大きい。

イングラムを動かすのは、パイロットだけではない。
整備する人間がいて、現場を支える人間がいて、ようやく特車二課は動く。

EPISODE #01の時点でシゲさんを置いていることは、旧作の空気を2033年へつなぐための、とても強いサインだったと思う。イングラムという機体だけではなく、整備班の文化まで帰ってきたのだ。

現実の実物大イングラムと、作中のSNSトレンド

EPISODE #01の「SNSでトレンド入りさせたい」という発想は、決して絵空事ではない。

実際、2024年には現実世界でも、搭乗・操縦可能な実物大イングラム「AV-X30 イングラム」がお披露目され、話題になった。現実でも、イングラムが動けば人は写真を撮り、動画を上げ、SNSで共有する。

そう考えると、商店街でレイバーを使った騒ぎが起き、それをSNSトレンドにしようとする展開は、2033年の架空の事件でありながら、今の私たちの感覚ともかなり近い。

『パトレイバー』は昔から、少し先の未来を妙に現実味のある形で描いてきた。
EZYのEPISODE #01は、その感覚をSNS時代の商店街イベントとして更新していたのだと思う。

レイバーが街に現れれば、きっと人はスマホを向ける。
そして拡散する。
その欲望まで含めて、今のパトレイバーなのだ。

EPISODE #02「閑中妄あり」

何も起きない時間が、特車二課を作る

何も起きない当直の日々。だからこそ、妄想だけは派手に暴走する。

EPISODE #02は、事件がない回だ。

年明けの特車二課。
大きな事件は起きない。
十和は暇を持て余し、当直日誌の中で妄想を広げていく。

この「暇」がいい。

パトレイバーは、常に大事件が起きる作品ではない。
むしろ、何も起きない時間にこそ、特車二課の味が出る。

当直。
雑談。
だらっとした空気。
意味のない妄想。
少し退屈な勤務時間。

普通のロボットアニメなら、こういう時間は削られるかもしれない。
しかしパトレイバーでは、この時間が大事だ。

なぜなら、特車二課は戦場の部隊ではなく、職場だからだ。
職場には暇な時間がある。
退屈もある。
どうでもいい会話もある。

そこに人間の輪郭が出る。

EPISODE #02は、新キャラクターたちの関係性を大きな事件で説明するのではなく、当直日誌と妄想という軽い形式で見せていく。
このゆるさが、かなりパトレイバーらしい。

さらに、この妄想回には旧作への遊びも仕込まれている。

パンフレットによると、妄想内に出てくる謎の暴走レイバーは、劇場版第1作に登場した零式の後継機にあたる存在らしい。現実の事件ではなく、妄想の中に置いているのが上手い。

重くしない。
でも、分かる人には分かる。

旧作リスペクトを、現実の本筋に入れるのではなく、妄想の中に置くことで、EZYは軽やかに過去作へ手を振っている。

波動砲SEと、往年アニメへの遊び

EPISODE #02には、もうひとつ面白い遊びがある。

当直日誌の中の戦闘で、17式特型指揮車に武装があり、その発射音が『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲を思わせるSEになっていたことだ。

これも、妄想回だからこそ許される“盛りすぎ”だと思う。

現実の任務でやると浮く。
しかし十和の妄想の中なら、いくらでも派手にできる。

ここには、パトレイバーだけでなく、日本のアニメ文化全体への軽やかな目配せがある。
EZYは2033年の新しいパトレイバーでありながら、往年アニメの呼吸も忘れていない。

これは単なるパロディではない。
むしろ、古いアニメが持っていた「楽しい嘘」を、今の映像の中に混ぜ込んでいる感覚だ。

この軽さは大事だ。

パトレイバーはシリアスにもなれる。社会派にもなれる。政治劇にもなれる。
でも、それだけではない。
くだらない冗談も、しょうもない妄想も、妙なパロディも受け止められる懐の深さがある。

EPISODE #02は、その懐の深さを見せる回だった。

EPISODE #03「ホンモノが一番」

特撮愛が、レイバー事件になる

“ホンモノ”を求めた撮影現場で、虚構の怪物が本当に動き出す。

EPISODE #03は、File 1の中でも特に濃い。

舞台は、特撮時代劇映画『山津神の帰還』の撮影現場。
そこに、実物大プロップとして改造された土蜘蛛レイバーが登場する。

この土蜘蛛が面白い。

パンフレットのメカ設定を見ると、土蜘蛛は米軍の旧式多脚レイバーであるEX-13タランチュラをベースに作られた撮影用プロップだという。つまりこれは、作業機械としてのレイバーではない。

虚構の怪物を、本物の質量で再現するためのレイバーだ。

ここが「ホンモノが一番」というタイトルと直結する。

CGで済ませれば安全かもしれない。
だが、実物で撮りたい。
怪物に本物の重さを持たせたい。
創作現場のこだわりが、レイバー技術と結びつく。

その結果、事件が起きる。

これはまさにパトレイバー的な構造だ。
夢やこだわりが、社会の中で少し厄介なトラブルになる。

EPISODE #03は、単なる暴走レイバー回ではない。
特撮の“本物志向”が、レイバー社会の中で事件化する回なのだ。

そして、この回の絵コンテを樋口真嗣さんが担当している点も見逃せない。
特撮、怪獣、巨大物、ケレン味。
それらを知っている人がこのエピソードを担当しているからこそ、「ホンモノが一番」という話が、ただの撮影現場ネタで終わらない。

本物を求める創作の欲望。
その危うさ。
それでも惹かれてしまう迫力。

その全部が、この回には入っている。

十和の救出シーンと、1号機のケレン味

EPISODE #03で個人的にかなり面白かったのが、十和が主演俳優・高須哲太を救出する場面だ。

高須哲太はレイバーに閉じ込められる。
十和は彼を助け、自分のコックピットへ入れる。
その後、自分も乗り込む。

この乗り込み方に、どこか『ルパン三世』的なコミカルさと色気があった。
危機的な場面なのに、動きには妙な軽さとケレン味がある。

そして直後、1号機が両手を広げ、パトランプが光る。

この一連の流れは、ただの人命救助ではない。
十和というキャラクターの勢いと、EZYのイングラムが持つ“見せ場”を同時に作っている。

真面目な救助シーンの中に、少しコミカルな身振りを入れる。
危機なのに、ちょっと笑える。
でも格好いい。

このバランスが、パトレイバーらしい。

「ポチッとな」と、昔のアニメの匂い

EPISODE #03には、さらに分かりやすい遊びもある。

柚木八久万がリモコンで山津神を起動させる時に、「ポチッとな」と言う場面だ。

往年のアニメを知っている人なら、思わず反応する一言だろう。
この台詞が入ることで、撮影現場という舞台が、ただの事件現場ではなく、昔のアニメや特撮の記憶が混ざる場所に変わる。

特撮時代劇。
実物大プロップ。
土蜘蛛レイバー。
山津神。
「ポチッとな」。
十和のルパン的な乗り込み。

EPISODE #03は、パトレイバーだけではなく、アニメ・特撮文化そのものへの目配せが詰まった回だった。

この軽さがいい。

本物志向を語りながら、深刻になりすぎない。
古い作品への敬意を入れながら、重苦しくしない。
冗談と本気を一緒に置く。

それができるのが、パトレイバーの強さだと思う。

太田と進士、そして旧作劇伴が呼び戻す時間

EPISODE #03でシリーズファンとして大きかったのは、やはり太田と進士の登場だ。

年齢を重ねた2人が出てくる。
それだけで、『EZY』が旧作と地続きにあることがはっきりする。

だが、それ以上に良かったのは、単なるカメオで終わっていないことだ。

太田は相変わらず太田らしい。
進士もまた、時間が流れた先の進士としている。

旧作キャラが「昔のまま」ではなく、「時間が経った存在」として出てくる。
ここが嬉しかった。

さらに、EPISODE #03では旧作を思わせる劇伴も流れる。原曲そのものか、アレンジが加わっているのかまでは一度観ただけでは断定できない。だが、少なくともあの音が鳴った瞬間に、旧作を観てきた人間の記憶は呼び戻される。

映像として、年齢を重ねた太田と進士を見せる。
音楽として、かつての空気を呼び込む。

その両方が重なったことで、『EZY』が旧作と地続きであることが、より強く伝わった。

この回のタイトルは「ホンモノが一番」だ。

撮影現場の実物大プロップ。
土蜘蛛レイバー。
太田と進士。
旧作を思わせる劇伴。
往年アニメの小ネタ。
樋口真嗣さんの絵コンテ。

考えてみれば、このエピソードは“本物らしさ”をいくつもの形で重ねていた回だったのかもしれない。

エンドロール後の『ケルベロス』オマージュ

EPISODE #03でさらに面白かったのが、エンドロール後のシーンだ。

第一小隊隊長の国木田寛治が、映画館で『山津神の帰還』の予告編を見る。
その予告編は、押井守監督の実写映画『ケルベロス 地獄の番犬』を思わせる演出になっていた。

しかもエンドロールには「予告編許諾 押井守」の表記もあった。
となると、これは偶然ではなく、かなり意図的なオマージュとして受け取っていいだろう。

国木田が最後に呟く。

「なんだこれは」

この一言がいい。

劇中映画の予告へのツッコミでありながら、どこか押井守作品的な濃さへの反応にも見える。
さらに言えば、古くからのファンが新しいパトレイバーに触れた時の戸惑いにも重なる。

EPISODE #03は、特撮、レイバー、旧作キャラクター、劇伴、押井守作品への目配せまで含めた、非常にメタな回だった。

「ホンモノが一番」というタイトルは、作中の撮影現場だけに向けられた言葉ではない。
パトレイバーという作品の“本物らしさ”とは何か。
それを少し茶化しながら、でもかなり本気で問い直している回だったように思う。

OPとEDが作った“シリーズが始まった”感覚

File 1で印象的だったのは、OPとEDの存在でもある。

劇場で観る作品でありながら、EPISODE #01〜#03を観ている感覚は、一本の長編映画というより、新しいテレビシリーズ、あるいはOVAを3本まとめて観ている感覚に近かった。

その印象を支えていたのが、OPとEDだった。

OPがあることで、「新しいパトレイバーが始まった」という感覚が生まれる。
一本の映画を観るというより、シリーズの第1話が始まる感覚だ。

そしてED曲が永井真理子さんの「バトン」だったことも象徴的だった。

永井真理子さんといえば、かつてTVシリーズの主題歌を担当した人だ。
その人が、新しい『EZY』で「バトン」という曲を歌う。

これはあまりにもわかりやすく、そして嬉しい継承の形だ。

旧作から新作へ。
かつての第二小隊から新しい第二小隊へ。
AV-98からAV-98Plusへ。
昔から応援してきたファンから、今この作品に触れる人へ。

『EZY』という作品そのものが、パトレイバーのバトンを次へ渡そうとしているように感じた。

File 1は、3本続けて観ることで緩急が効く

File 1は、EPISODE #01〜#03の3本構成だ。

この並びがかなりいい。

EPISODE #01は、商店街とSNSトレンドを絡めた人情味のある事件。
EPISODE #02は、当直日誌を使った妄想回。
EPISODE #03は、特撮撮影現場を舞台にした“ホンモノ”のレイバー騒動。

第1話で街と人情を見せる。
第2話で職場の暇と妄想にゆるめる。
第3話で特撮、旧作接続、メタ要素まで盛り上げる。

この緩急が見事だった。

ただ短編を3本並べたのではない。
File 1全体で、新しいEZYの幅を見せている。

街の事件もできる。
職場のゆるさもできる。
特撮的な見せ場もできる。
旧作への接続もできる。
メタな遊びもできる。

つまりFile 1は、新しい第二小隊の名刺代わりであり、同時に「パトレイバーという器はまだまだ使える」と示す導入編だった。

令和にパトレイバーをやる意味

では、令和に『パトレイバー』をやる意味はどこにあるのか。

それは、単に懐かしいイングラムをもう一度動かすことではない。

AI、SNS、ドローン、自動化、違法改造、都市の老朽化、映像制作の変化。
今の時代にも、パトレイバーが扱える題材はたくさんある。

ただし、それを大げさに社会派として語りすぎると、パトレイバーの軽さが消える。

大事なのは、笑えること。
くだらないこと。
けれど、よく見ると社会が見えること。

『EZY File 1』は、そこをかなり上手くやっていたと思う。

SNSでトレンド入りさせたいお年寄りたち。
暇な当直日誌。
波動砲っぽいSE。
「ポチッとな」。
本物志向の特撮現場。
違法改造レイバー。
旧作キャラの時間の流れ。

どれも、単体で見ると軽い。
でも、並べるとかなりパトレイバーだ。

この軽さと奥行きの同居こそ、令和にパトレイバーをやる意味なのだと思う。

ファンの反応と、File 2へ渡されるバトン

公開初日から、ファンの反応が大きかったことも印象的だった。

冒頭アバンでは、天神英貴さんのイラストと古川登志夫さんのナレーションによって、パトレイバーの世界観が再現されていた。さらに太田功や進士幹泰といった旧キャラクターの登場にも、歓迎の声が上がっていたようだ。

この反応を見ると、『EZY File 1』は単に新しい第二小隊を始めた作品というだけではなく、長く作品を見てきたファンに対しても「ちゃんと受け取っている」と伝える作品だったのだと思う。

懐古だけではない。
だが、懐かしさを切り捨ててもいない。

このバランスが、今回の好感触につながっているのではないだろうか。

そしてFile 2は8月14日公開予定。
新イラストや川井憲次さんの音楽にも期待が高まる。

ここにもまた、バトンがある。

旧作から新作へ。
旧作を愛してきたスタッフやファンから、新しい特車二課へ。
そしてFile 1からFile 2へ。

EZYはまだ始まったばかりだが、その受け渡しはすでに始まっている。

終わりに

『パトレイバー EZY File 1』は、旧作の再現ではない。

だが、旧作を忘れた作品でもない。

むしろ、旧作の表面ではなく、構造を受け継いでいる。
レイバーが社会にあること。
警察官が現場で働いていること。
くだらない事件の中に、人間と街の時間が見えること。
そして、職場としての特車二課が少しずつ立ち上がっていくこと。

『EZY File 1』は、派手な再起動ではない。
だが、かなりパトレイバーらしい再起動だった。

帰ってきたのは、イングラムだけではない。
特車二課という空気が、2033年にもう一度動き出したのだ。

そして、そのバトンはまだ渡されたばかりだ。

File 2では、この新しい第二小隊がどこまで自分たちの物語を持てるのか。
旧作の影を背負いながら、それでも旧作の影に飲まれず、EZYとしての顔をどこまで見せてくれるのか。

そこを楽しみに追いかけていきたい。

最後に、すでに公開されているFile 2の予告を置いておく。
File 1で立ち上がった新しい特車二課が、次にどんな現場へ向かうのか。
その続きも、しっかり見届けたい。

公開初日に観た直後の率直な感想は、別記事にまとめています。今回の考察とあわせて読むと、『EZY File 1』の印象がより立体的になると思います。


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