【あなたの知らない世界】運が悪い人には見えない、不運の前兆。「正しさ」への執着が運を遠ざける理由|夏季休暇限定企画(#note #エッセイ #マインドセット #メンタル #幸運 #占い #生成AI #画像生成AI)
ようこそ、夏季休暇限定「あなたの知らない世界」へ。
夏休みの読み物として、お気軽にお楽しみください。
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
昨日も「運」の話を書いたのですが、
今日も少し違う角度から「運」の話をしたいと思います。
●二つの「運」
「運」は二種類存在します。
一つ目は、自分ではどうにもできない運。
宝くじが当たる。
隕石が落ちてくる。
そういう、自分の意思とは関係なく天から降ってくるもの。
二つ目は、
自分の行動で少しずつ変えられる運。
夜道では明るい道を選ぶ。
旅行には履き慣れた靴で行く。
そんな何気ない選択の積み重ねがもたらすもの。
私が今日お話ししたいのは、
後者の「自分で整えられる運」の方です。
この考え方を知るきっかけになった話があります。
順天堂大学特任教授の小林弘幸氏が、
ある番組でこんなことを話していました。
交通事故に遭うと、
多くの人は「運が悪かった」と考えます。
しかし、事故の多くは完全な偶然ではなく、
特定の状況で繰り返し起きる“パターン”を持っているというのです。
実際に、歩行者の事故で一番多いのは、
青信号で横断中に車が突っ込んでくるケースなのだそう。
この話を聞いたとき、
私は「青信号なのに?」と思いました。
でも小林氏は青信号だからこそ、
人は警戒を解いてしまうと話されていました。
さらに、こんな話もされていました。
交差点では、
角ぎりぎりで信号待ちをするよりも、
少し後ろに下がって待つ方が安全なのだそうです。
それは、曲がりきれなかった車が
突っ込んでくる確率が一番高いのが角だからです。
このことを事前に知っていれば、
たとえば、
青信号でも左右を警戒する。
交差点では少し下がって待つ。
そんな小さな対策ができます。
小林氏は
「運の良さとは、予想外を予想内にして対策する力」
という趣旨のことを話されていました。
そのときは「なるほど」と軽く受け止めただけでした。
けれど、数日後にその言葉の意味を
身をもって思い知ることになるとは、
この時の私はまだ知らなかったのです。
●スーパーの駐車場で起きたこと
実は、車で人を轢きかけるという、
本当にヒヤリとする出来事が私の身に起こりました。
いつも利用している人気のスーパーでのことです。
たまたま入り口の目の前の駐車スペースが空いていたので、
「今日はラッキー!」
そう思って、迷わずそこへ車を停めました。
買い物を終え、車を出そうとしたときです。
隣のスペースへ入ろうとしている高齢者の車が少し危なっかしく見えました。
私はその車を気にしながら、ゆっくり前へ出ようとしました。
すると突然、
車のセンサーがけたたましく鳴ったのです。
慌ててブレーキを踏むと、
車の鼻先をかすめるように、
高齢の歩行者が横切っていました。
こちらを睨みながら。
正直に言うと、その瞬間は少し腹が立ちました。
その場所は、本来歩行者が歩く場所ではなかったからです。
スーパーには安全な歩行スペースがちゃんと用意されています。
でもその方は、
入り口への最短距離を選び、
車と車の間を縫うように歩いてきたのです。
もちろん、人と車なら車の方が立場は弱くなります。
私は頭を下げ、その場は終わりました。
事故にならなかったことには、本当にホッとしました。
……とはいえ、家に帰るまで少しモヤモヤしていました。
「ルールを守っていなかったのは、あっちじゃないか」
そんな気持ちが消えなかったのです。
でも、その時、ふと小林氏の話を思い出したのです。
「運の良さとは、予想外を予想内にして対策する力」
あの言葉が、急に私の中で実感を伴う意味を持ち始めたのです。
●「ラッキー」が隠していたもの
最初、
私は入り口の目の前に停められたことを
「ラッキー」だと思っていました。
でも、
冷静になって考えてみると、
その「ラッキー」こそが今回の「不運」を引き寄せた原因だったのかもしれません。
スーパーの入り口に近い場所というのは、
全ての人にとって一番人気のスポットです。
特に、
少しでも歩く距離を短くしたい高齢者にとっては
絶対に車を停めたい場所でもあります。
だから車も集まるし、人も集まる。
そして、
中には歩行者用の通路を使わず、
最短距離を通ろうとする人も出てきます。
もちろん、ルールは守るべきです。
でも、
「ルールを守るべき」と思うことと、
「実際にそういう人がいる」という現実は別の話なんですよね。
私はずっと、
「相手がルールを守ってくれれば安全なのに」
という視点で考えていました。
でも、
その考え方だと、
自分の安全は相手次第になってしまいます。
それって、あまりにも不安定です。
そこで考え方を少し変えてみました。
「入り口付近には、ショートカットする歩行者がいるもの」
そう考えて行動した方が、
ずっと安全なんじゃないか。
そう思うようになったのです。
それ以来、
私は二階の階段入り口に近い駐車場へ車を停めるようになりました。
以前の私なら、絶対に選ばなかった場所です。
だって、階段を昇降しなければいけませんから。
間違いなく、
「ルールを守らない人のせいで、なんで私が不便な思いをしなきゃいけないんだ」
そう考えていたと思います。
でも今は、
その行為を「損」だとは思わなくなりました。
むしろ、事故を避けられるなら安いものです。
実際、
二階へ停めるようになってからは、
ヒヤッとすることに一度も遭遇していません。
それどころか車も停めやすいし、
出るときもストレスを抱えなくていい。
結果的に、以前よりずっと快適に買い物ができています。
● 「変えられないもの」と戦わない
この出来事があってから、
私は「運」の見方がまた少し変わりました。
以前は、
「ルールを守らない人が悪い」
そこだけを見ていました。
もちろん、それは間違っていません。
でも、
それだけでは自分を守れないこともあります。
他人を変えることは難しい。
けれど、自分の行動は変えられます。
入り口の近くへ停めるか。
二階へ停めるか。
小さな違いですが、
その積み重ねで遭遇する出来事は変わっていくものだと思うのです。
以前の私は、
「運が良い人」は偶然に恵まれた人なのだと思っていました。
でも今は少し違います。
「運が良い人」とは、
想定できるリスクを一つずつ減らしている人。
そんなふうに考えるようになりました。
だから最近は、
「運を良くしたい」と思ったら、
まず自分にできることから考えるようにしています。
どこへ車を停めるか。
どの道を歩くか。
時間に余裕を持つかどうか。
どれも特別なことではありません。
でも、
そういう他人に振り回されない小さな選択の積み重ねが、
「運が良かったね」と言われる出来事につながっていくのかもしれません。
もちろん、
人生にはどうにもならない運もあります。
それでも、
全部を人任せにするより、
自分で変えられるところを少しずつ整えていく。
そのほうが、
「運が良い」と言われる場面には、
きっと出会いやすくなる。
そんなふうに感じます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
あとがき:
遠い昔、小学生の頃読んでいた「My Birthday」という雑誌。占い、おまじない、ジンクス、心理テスト…小中学生女子が大好きな話題がたっぷり詰まった月刊誌でした。そこから広まった占いもたくさんあります。自分の誕生花や誕生石を知ったのもその雑誌のおかげです。あの頃は、「運」というものは外からやってくる不思議な力だと信じていました。だからこそ、あんなにもわくわくしながらページをめくっていたのだと思います。「運」の捉え方が変わっても、当時のわくわくする気持ちだけは、これからも大切にとっておきたいです。
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── 創作純喫茶「ミケ」のドアを開ける。
カランコロン

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