海辺の店には、秘密がある。|凪の場所 Another Story ─ Inspired by VIVANT.
『VIVANT』が面白すぎて、もし紬と悠人が"別班"だったら――。
そんな妄想から生まれた、読み切りのショートストーリーです。
※本作はドラマ『VIVANT』に着想を得て執筆したオリジナル作品です。登場人物・設定・物語はすべてオリジナルです。
海の見える小さなカフェには、
今日もゆっくりとした時間が流れていた。
「いらっしゃいませ!」
カウンターの向こうで明るい声を響かせるのは、凪瀬悠人。
少し寝ぐせの残った髪に、ベージュのエプロン。
お茶目で憎めない、この店の看板店員だ。
「ホットコーヒーお願いします。」
「かしこまりました。」
悠人は豆を挽き始める。
三歩歩いたところで立ち止まり、振り返った。
「あれ。
……ホットでしたっけ?」
店内がどっと笑う。
「さっき注文したばかりだよ。」
「あっ、そうでした!」

照れくさそうに頭をかく悠人を見て、常連客が笑う。
「悠人くんは相変わらずだねぇ」
「しっかり者の紬ちゃんがいないと、この店は一日も持たないよ」
厨房でパンを並べていた紬も、小さく笑った。
そんな穏やかな空気が、この店の一番の魅力だった。
夕方。一人の男が店に入ってきた。
サングラスをかけた旅行客。
男はカウンターに座ると、小さく咳払いをした。

その瞬間、紬の手がわずかに止まる。
男は、人差し指でテーブルを二度叩いた。
少し間を置いて、もう一度。
偶然にしては、妙に規則正しかった。
男と紬の視線が、サングラス越しに一瞬だけ交錯する。
紬は、「ちょっと足りないもの買ってくるね。」
と言いながら、裏の勝手口から店を出ていった。
その様子を、悠人は「いってらっしゃーい」と、
のんびりとした声で見送っていた。
店内には、その男と常連さんが一人だけ。
少しして悠人が外を見る。
「あ。」
カウンターの端に置かれた財布を手に取る。
「紬、また忘れてる。」
「すみません。ちょっと届けてきてもいいですか?
今日は少し早いですが閉めさせてください。」
常連さんは笑った。
「いいよいいよ。紬ちゃん、またやった?
いつもしっかりしてるのにねぇ。」
「はい(笑)
すみません。またコーヒー飲みに来てください。」
そう言うと、悠人は店を閉め、
海の方へと走っていった。
翌朝。店内のテレビから、緊迫したニュースが流れていた。
昨日、国際テロ組織の幹部が国内で拘束されました。詳しい拘束経緯は明らかにされていません。……
「わあ、怖いニュースだねぇ」
パンを焼きながら、紬が何気ない風を装って呟く。
彼女のシャツの袖口からは、昨日まではなかった小さな擦り傷が覗いていた。
袖口の擦り傷に触れる。
(危なかった。)
紬は、自分の「裏の顔」を隠し通せたことに安堵し、心の中で小さくため息をついた。
「おはようございます!」
開店と同時に、いつもの常連さんが入ってきた。
「昨日は大丈夫だった?財布届けられた?」
悠人は笑って答える。
「はい。間に合いました。」
「良かった。昨日の続きのコーヒーを飲みに来たよ。
今朝のニュース見た?悪いやつが捕まったんだってね。」
怖い世の中だねぇ。」
「そうですねぇ。」
悠人は笑った。
そして、コーヒーポットを持ち上げる。
その姿を、紬はなんとなく眺めていた。(……ん?)
紬の目が、悠人に釘付けになる。
悠人はいつもと同じようにコーヒーを淹れていた。
でも、その一瞬だけ。
悠人の瞳から、いつもの柔らかさが消えた。
「悠人?」紬の声が、わずかに震える。
悠人は動きを止めず、視線だけをゆっくりと紬に向けた。
いつもの笑顔だった。ただ、瞳の奥だけが笑っていなかった。
悠人は、いつものおどけたトーンで、
しかし、信じられないほど滑らかな手つきで、コーヒーをカップに注ぎきった。
紬の背中に、冷たいものが走る。
そういえば昨日。
最深部へ駆け込んだ時には、
首謀者はすでに拘束されていた。
あれは……
誰が。
——まさか。
「えっと、ホットでしたよね?」
悠人はまた、いつものように「あれ?」という顔をして頭を掻いた。
店内に、いつもの笑い声が戻る。
紬だけは、笑えなかった。
悠人は、いつものように笑っていた。
閉店後。
紬が店の奥へと消えていった時。
悠人は一人、カップを拭きながら小さく笑った。
「まったく……。
いつも任務は完璧なのに。」
カップを棚へ戻す。
「何もないところで転ぶんだから。」
少し困ったように笑う。
「危ないなぁ。」
そうつぶやいて、
悠人は店の灯りを消した。
海は、
今日も何も知らない顔で揺れていた。
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