見出し画像

経理の鬼(私)が、無口な気功師の「カッピング」で毒素を差し押さえられた話。【真面目マッサージ】


章:首が回らないのは借金のせいじゃない

私の体は、決算書の数字が合わない時のような、どうしようもない閉塞感に包まれています。

四十四歳、職業は経理。

月末や決算期になると、私はデスクと一体化する妖怪「電卓叩き」に変貌します。

モニターの光を浴び続け、瞬きも忘れ、ひたすら数字の整合性を追いかける日々。

性格上、1円のズレも許せません。

その結果、私の首は物理的に回らなくなり、背中は鉄板のように強張り、代謝が落ちた体は重く冷たくなっています。

「体の中に、悪いものが溜まっている……」。

そんな直感めいた不快感を抱えて予約したのは、ベテラン鍼灸師が営む治療院でした。

求めたのは、マッサージの心地よさではなく、体内の汚れを物理的に吸い出す「カッピング(吸い玉)」という荒療治でした。

第一章:路地裏の仙人と、沈黙の問診

治療院の扉を開けると、そこにはお線香のような、薬草のような、懐かしくも不思議な香りが漂っていました。

古いけれど掃除が行き届いた空間。

「……どうぞ」。

現れたのは、白衣を着た初老の男性。

口数は少なく、眼光が鋭い。

ただ立っているだけなのに、彼の周りだけ空気が澄んでいるような、不思議な存在感があります。

気功を取り入れた施術で評判の先生です。

彼は私の顔色と、提示した舌の状態を一瞥し、私の手首の脈を静かに取りました。

「……滞っていますね。流れが止まって、澱(よど)んでいます」。

その低い声は、私の体の監査報告書のようでした。

「今日は吸い玉で、底に溜まった泥を吸い上げましょう」。

私は黙って頷き、まな板の上の鯉ならぬ、帳簿の上の数字として身を任せることにしました。

第二章:【経絡マッサージ】足元から始まる資産の再評価

施術着に着替え、まずはうつ伏せになります。

先生の手が、私の冷え切った足首に触れました。

カッピングの前には、まず全身の「気」と「血」の通り道を確保する必要があるそうです。

いきなり背中を吸うのではなく、遠い足元からポンプを動かしていくのです。

先生の手は、温かいという表現を超えて「熱」を帯びていました。

カイロのような熱源ではなく、手のひらから目に見えないエネルギーが放射されているような、芯に届く熱さです。

彼はたっぷりのオイルを使い、私のふくらはぎを下から上へと押し流し始めました。

座りっぱなしで重力に負け、ドス黒く鬱血していた私の脚。

先生の親指が、アキレス腱の溝に深く入り込みます。

グゥーッ、と響く鈍い痛み。

それは、決算期に溜め込んだ疲労という名の負債が、返済を迫られているような感覚でした。

彼は決して力任せには押しません。

まるで詰まったパイプの中身を確認するように、一定の速度と圧力で、ヒラメ筋の繊維に沿って指を滑らせていきます。

膝裏のリンパ節に差し掛かると、彼は掌(てのひら)全体で包み込むように圧をかけ、数秒間静止しました。

気功の力でしょうか、彼の手が触れている場所から、温かい電流のようなものが太ももの方へと抜けていくのを感じます。

冷えて感覚が鈍くなっていた太ももの裏側も、彼の手刀(しゅとう)でリズミカルに叩き流されるうちに、じんわりと血が通い始めました。

それは、凍結されていた銀行口座が解除され、再び資金(血液)が循環し始めたような安堵感に似ていました。

第三章:【推拿(すいな)】背中の強張りを予備監査する

脚の循環が確保されたところで、いよいよ主戦場である背中と腰へのアプローチが始まります。

カッピングをする前に、皮膚と筋肉を十分に緩めておかないと、痛みが強く出てしまうからです。

先生は私の腰に手を置き、まずは背骨のラインを点検するように、親指で上から下へと辿っていきました。

「……硬い。板が入っていますね」。

彼の指が、肩甲骨の内側で止まります。

そこは、私が電卓を叩くたびに無意識に力を込め、呼吸を止めていた場所。

彼は、背骨の両脇にある脊柱起立筋を、手のひらの付け根を使って、円を描くように揉みほぐしていきました。

ゴリ、ゴリ、という音が体内で響きます。

これは骨の音ではなく、筋肉の中に蓄積された老廃物の結晶が擦れ合う音だそうです。

先生の手技は独特でした。

筋肉を揉むというよりは、皮膚と筋肉の間に隙間を作り、そこに「気」を送り込むようなイメージ。

彼が手をかざすだけで、皮膚の表面がピリピリと粟立つような感覚があります。

強張っていた背中の筋肉が、彼の熱気によって少しずつ緩み、カッピングを受け入れる準備が整っていきました。

それはまるで、硬い地面を耕して、これから種を蒔くための準備をしているようでもありました。

第四章:【カッピング(吸い玉)】真空による強制的な損益確定

「では、吸っていきます。少し引っ張られますよ」。

カチッ、シューッ。

先生が手に持ったプラスチック製のカップを私の腰に当て、吸引ポンプを引いた瞬間、皮膚が猛烈な勢いで吸い上げられました。

「うっ……!」

思わず声が漏れます。

痛いような、くすぐったいような、そして中から「何か」が絞り出されるような強烈な感覚。

背中の皮膚が、お餅のように膨らんでカップの中に満たされていくのが分かります。

先生は手際よく、腰から背中、肩甲骨、そして肩に至るまで、背骨を挟むように合計10個以上のカップを吸い付けていきました。

背中全体が、巨大なタコの吸盤に吸い付かれている状態です。

皮膚が極限まで引っ張られ、毛穴という毛穴が強制的に開かれます。

「……かなり色が濃く出ていますね。お血(おけつ)が溜まっています」。

お血とは、東洋医学で言うところの「汚れて滞った古い血液」のこと。

カップの中では、真空状態によって皮膚の下の毛細血管が拡張し、深部に溜まっていたドロドロとした悪い血や老廃物が、皮膚の表面まで吸い上げられています。

私の感覚としては、背中にへばりついていた重たい鉛の板が、真空の力でバリバリと剥がされていくようでした。

最初の数分は皮膚が突っ張る痛みが強かったのですが、次第にそれが「快感」へと変わっていきます。

血流が止まっていた場所に、無理やりにでも道が作られ、新鮮な血液が怒涛のように流れ込んでくる。

体の中の換気扇を「強」にして、淀んだ空気を一気に吸い出しているような爽快感。

じわじわと背中が熱くなり、汗が吹き出してきます。

運動不足で代謝が落ちていた私の体が、内側から燃焼を始めている証拠でした。

第五章:【スライドカッピング】筋膜を剥がす流動的な取引

10分ほどカップを置いた後、「ポンッ、ポンッ」と小気味よい音を立ててカップが外されていきました。

解放された瞬間、背中を冷たい風が通り抜けるような涼しさを感じ、その直後にカッと熱くなりました。

しかし、施術はまだ終わりません。

「次は、吸ったまま動かします」。

先生は、オイルを塗った背中に再びカップを一つ吸着させました。

そして、あろうことか、そのカップを吸い付かせたまま、背中の上を滑らせ始めたのです。

これを「スライドカッピング(走缶)」と呼ぶそうです。

ズズズズズ……。

掃除機で背中の肉を吸いながら移動されているような、未体験の感覚。

「痛いです先生、痛いです!」

「ここが一番癒着しています。剥がさないと首は回りません」。

先生は容赦なく、私の肩甲骨の上を、カップを滑らせて往復します。

筋膜リリースの一種だそうですが、癒着してベタリと張り付いていた筋膜が、吸い上げられながら引き剥がされていく感覚は、まさに「激痛」と「極楽」の狭間。

特に、首の付け根から肩にかけてのラインは、ゴリゴリと音を立てながらカップが移動しました。

そのたびに、首の可動域を制限していた見えない鎖が、一つ、また一つと断ち切られていくのが分かります。

背中全体が赤く染まり、血行が良くなりすぎて痒みを感じるほどでした。

第六章:【ドライヘッドスパ】脳内データの完全消去

うつ伏せでの施術が終わり、仰向けになります。

背中はポカポカと温かく、すでに別人のもののように軽くなっていました。

最後は、眼精疲労と頭痛の震源地である頭部のケア、「ドライヘッドスパ」です。

「頭の緊張を抜きます。考え事をやめて、空っぽにしてください」。

先生の大きく温かい手が、私の頭を包み込みました。

先生の指先が、私の頭皮を捉えます。

髪の毛をかき分け、頭蓋骨の縫合ラインに沿って、じっくりと圧をかけていきます。

「頭皮がパンパンです。常に気を張っている証拠です」。

彼は、こめかみの「太陽」というツボに親指を当て、ゆっくりと円を描きました。

ズーンと脳の奥に響く刺激。

モニターを見続けて酷使した視神経が、その刺激によって緩んでいくのが分かります。

続いて、側頭筋(耳の上の筋肉)。

ここは、食いしばりやストレスで最も硬くなる場所です。

先生は、掌の付け根を使って、側頭部を挟み込むように圧迫し、ググッと持ち上げました。

頭蓋骨の中で圧縮されていた脳みそが、ふわっとスペースを取り戻すような感覚。

「気」を送られているせいでしょうか。

先生の手が触れている部分から、頭の中のモヤモヤとしたノイズが、湯気となって蒸発していくようです。

パソコンのキャッシュデータを全消去した時のような、クリアな静寂が訪れました。

後頭部の生え際、「風池(ふうち)」というツボを親指で押し上げられた瞬間、首から目にかけての血流が一気に開通し、目の前がパッと明るくなるような幻覚さえ覚えました。

終章:真っ赤な背中と、ゼロになった私

施術が終わり、身支度を整えます。

鏡で背中を見て、思わず笑ってしまいました。

そこには、まるで巨大なてんとう虫のように、赤黒い丸い跡がいくつも残っていたからです。

色の濃い場所ほど、血行が悪く、毒素が溜まっていた証拠だそうです。

この不気味な模様こそが、私の体から「負債」が回収された証明書。

首を回してみます。

グルン。

何の引っかかりもなく、滑らかに回ります。

視界もクリアで、色の彩度が上がったように見えます。

重かった体は、重力が半分になったかのように軽やかです。

「……溜め込む前に、出しに来てください」。

帰り際、無口な先生がボソッと言いました。

その言葉に深く頷き、私は治療院を後にしました。

夜風が、火照った背中に心地よく触れます。

私の体は今、未処理データのない、真っ白な帳簿のように清々しい。

明日からの決算業務も、この軽い体なら、きっとなんとかなる。

背中に残る赤黒い勲章を誇らしく思いながら、私は軽い足取りで駅へと向かいました。


😴他のマッサージのお話)😴

これまで自分が受けてきたマッサージなどのリラクゼーション系の施術をヒントに、深いリラックス効果を得られるような文章を目指していけたらと思っています。

『安眠ブック』を気に入っていただけたら「スキ」やフォローをしていただけると励みになります!

真面目マッサージで、あなたの眠りが良いものになりますように…😴

いいなと思ったら応援しよう!