【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 3話 幼馴染の噂3-火のない所に煙は立たぬ-
【前話】 【最初から】 【目次】
橘永遠と一之瀬眞白、大石華奈の3人は学校近くの公園に来た。
遊具がたくさん置かれているエリアもあるが、池の周囲は薄暗く、日中でも人気はほとんどない。
「――橘くんたちが知りたいのは、さっき私が言ったことだよね?」
永遠は華奈の言葉に真剣な顔で頷いた。
「あぁ。大石はさっき、柊が『呪われてる』って言った。その直後に、あんな風にガラスが割れた。あれは偶然じゃないってことか?」
「……駒葉七中の生徒なら誰でも知っている話なの」
華奈は言い淀むように視線を落とし、履き慣れないローファーの爪先で地面の土をなぞった。生ぬるい春の風が木々の若葉を揺らし、そのざわめきだけが不気味に響く。永遠と眞白は息を呑み、冗談を言っているようには見えない華奈をただじっと見つめ返した。
「今日みたいに突然ガラスが割れること、初めてじゃないの。彼女が七中に転入して来てから、ずっとあんなことが起きていたわ」
「あんな異常なことが、何度も……?」
眞白が顔を曇らせた。
「それだけじゃないわ。突然スプリンクラーが壊れて校内が水浸しになったり、校庭に誰も掘っていないような不気味な穴が空いたり。トラブルが起きた場所にいつも茅野さんがいたみたいなの。それがあまりにも続くから、茅野さんがそのトラブルを引き起こしたんじゃないかって噂が広がっちゃって」
「なんだそれ、柊のやつ一言も……」
「永遠、柊は言いにくかったのかも知れないよ」
「防犯カメラが設置されている場所や、みんながいるところで起きているものもあるの。だから茅野さんがやっている訳ではないとは思っているのよ」
華奈のフォローに、永遠はわずかに安堵したように息を吐く。しかし、華奈の表情を覆う暗い影は晴れないままだった。彼女は周囲を気にするように視線を彷徨わせ、さらに声を潜めた。
「でも、茅野さんって右腕にサポーターしてるでしょう?昔の火傷の跡を隠すためらしいんだけど、それを呪われた跡だって揶揄する人がいたり、――茅野柊が呪われてるから怪奇現象が起きるんだ――って噂が1人歩きし始めちゃって」
無責任で残酷な噂の全貌を聞かされ、永遠はギリッと奥歯を噛み締めた。眞白もまた、やり切れないといった様子で痛ましそうに眉根を寄せる。二人の険しい反応に、華奈は自身の両腕を抱え込むようにして身をすくませた。
「茅野さん遅刻や早退が多かったし、しょっちゅう怪我していて、本当に呪われているんじゃないかって気味悪がる子もいて」
「柊が大石たちの視線を感じて、身体を強張らせていたのは……」
永遠は柊の行動を思い出していた。
「七中でも美沙は声が大きかったの。自分は見ていないのに茅野さんの噂をしてた。私や葵が止めてもね。だからだと思う」
「どうして俺たちに話してくれたの?」
「橘くんが真剣な顔で頼んで来たから。美沙を止められなくて、申し訳ない気持ちもあったから……」
「教えてくれてありがとう。助かった」
「じゃあ私はこれで……」
そう言って華奈は公園を後にした。
華奈の姿が見えなくなると、永遠はその場にしゃがみ込んだ。
「――くそっ!なんで……!」
「気づかなかったね。学校が違っていても連絡は取ってたし、何度も会っていたのに」
眞白は眉間に皺を寄せている。
「柊に直接聞こう。俺が連絡する」
永遠はコールが始まるのを確認して、スマートフォンを耳に当てた。
『もしもし、永遠?』
コール音が切れて柊が電話に出た。
「もしもし、柊?怪我は大丈夫か?」
『連絡できてなくてごめんね。怪我は大丈夫。ガラス片も残ってなかったし。傷も浅かったから』
「なら良かった。今はどこにいるんだ?」
『自分の部屋。病院が終わって戻ってきたの』
「明日は来れんのか?」
コンコンとノックの音がして、柊が気だるそうに一声応じた。
『――ごめん、誰か来たみたい。明日は学校に行くつもりだから』
「柊と話したいことがあるんだ。詳しくは明日話す」
『わかった。じゃあ、また明日ね』
永遠はスマートフォンから顔を離したものの、険しい顔をしている。
その様子を見て眞白が顔を覗き込んだ。
「柊の様子はどうだった?」
「あぁ、怪我は大したことねぇらしい。でも、誰か来たみたいであんまり話せなかった」
「ひとまず良かったね。柊は寮?に住んでるはずだから、ほかの住人の人が来たのかも」
「そうだったっけ?」
「中学の時から住んでるはずだよ」
「そっか。でもなんかあいつ……」
「柊がどうかした?」
「いや、なんでもない」
永遠はスマートフォンを握りしめていた。
*
深夜の都立駒葉高校は警察官が慌ただしく走り回っている。
校門の前には黒い服に身を包んだ柊が立っていた。
「茅野……怪我は大丈夫なのか」
柊にスーツに身を包んだ男が背後から声をかける。
男の視線の先は柊の額に巻かれた包帯だった。
「芝山さん、かすり傷ですよ。問題ありません」
柊は居心地悪そうに答えて包帯を外した。
「性質上――そういうもの――を招きやすいとはいえ、まさか初日から日中に出現するとはな」
「油断していました。騒ぎを大きくしてしまいすみません」
「俺も想定外だった。詳細は歩きながら説明する」
芝山晴と柊が高校内に入ろうとすると、校門の前で警察官に静止された。
「――お待ち下さい。この先は関係者以外の立ち入りはできません」
芝山は顔を上げると胸の内ポケットから身分証を取り出した。
「本件に関して調査協力依頼が来ている。話が降りていないのか?」
街頭に照らされた身分証と柊の服の左胸のエンブレムと確認すると、警察官は「あっ……!」と声を漏らして規制線を持ち上げた。
「失礼いたしました!お通りください!」
芝山はご苦労と言って再び歩き出す。
柊は会釈して校門をくぐった。
校庭でさえ背筋が凍るような冷気を感じる。
柊はその冷気の中心がどこにあるか気配を探っていく。
「……標的は体育館ですか」
「あぁ。人払いは済ませてある」
柊は右腕に巻いているサポーターを外した。
周囲の人間たちには火傷の跡と伝えているが、その腕には獣のような入れ墨が刻まれている。サポーターの下から覗く無駄のないしなやかな筋肉は、彼女が長年過酷な戦闘訓練を積んできた何よりの証左だった。
「では後は仕留めるだけですね?」
「そうだ」
柊は腰に取り付けている短刀の拵に手をかけた。
拵から柄を外すと、その先には刃はついていない。
「いつ見ても不安になるな」
芝山が刃のついていない刀を見て漏らした。
「刀身に実体がないと何度言わせるんですか。心配は無用です」
柊が柄に意識を集中させると、刀身のない空間が陽炎のように歪み、微かな紫電がパチリと瞬いた。
彼女は一切のブレがない体幹で、音もなくスッと重心を落とす。
「5分で終わらせます」
柊はそう言い放つと、一切の足音を立てず、獣のような滑らかな前傾姿勢で夜闇に溶け込むように体育館へと駆け出した。
【次話はこちら】4話 あの日の約束1-遠水近火を救わず-
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