認知症が進んでも消えなかったもの ー施設で出会った、ふたりの話ー
「住み慣れた家を離れて、知らない人ばかりの中で、寂しくないでしょうか」
親御さんの施設入所を考えるとき、多くのご家族が、この不安を口にされます。家族と離れて、ひとりぼっちになってしまうのではないか。可哀想なことをしているのではないか、と。
その気持ちは、痛いほど分かります。現場で相談員やケアマネをしていると、入所を決める前のご家族が、最後の最後まで悩まれる姿を、何度も見てきました。
そんなとき、私はいつも、あるおふたりのことを思い出します。今日は、その話をさせてください。
施設で出会った、おふたり
同じ時期に入所された、おふたりの女性がいらっしゃいました。AさんとBさん。年齢は、ともに86歳でした。
食事の席が隣同士だったこともあり、おふたりはすぐに意気投合されました。当時は、おふたりとも認知症はほとんどなく、とてもお元気でした。
一緒に編み物をしたり、創作活動に取り組んだり。いつも並んで過ごされていて、施設の中では、すっかりおなじみのおふたりになっていきました。
生まれも育ちも違う。たまたま同じ時期に、同じ施設へ来た。ただそれだけのご縁が、いつのまにか、かけがえのないものになっていたのです。
いつも隣にいた日々
それから2年ほど経った頃でしょうか。Aさんの認知症が、少しずつ進み始めました。
それでも、Aさんは、Bさんのことだけは分かっておられました。何かが分からなくなって戸惑うとき、隣でそっと支えるのは、いつもBさんでした。
おふたりの時間は、形を変えながらも、変わらず続いていました。
認知症が進んでからも
けれど、さらに1年ほど経つと、Aさんの認知症は進み、とうとうBさんのことも分からなくなりました。会話も、少しずつかみ合わなくなっていったのです。
私たちは、少し心配していました。
Bさんは、寂しいのではないか。話が通じなくなったお相手と一緒にいるのは、つらいのではないか、と。
けれど、Bさんは、Aさんのそばを離れませんでした。
言葉を交わすことは、ほとんどなくなっていました。それでも、隣に座って、手を握る。Aさんの調子が悪い日には、黙って背中をさする。返事が返ってこなくても、Bさんは、いつもそこにおられました。
守り続けた花
そんなある日、Aさんが脳梗塞で倒れ、救急車で運ばれていきました。
そのときのBさんの、悲しそうなお顔を、私は今でも忘れることができません。
Aさんが運ばれていったあと、Bさんは、あることを始められました。
Aさんは、入所された頃から、居室のベランダのプランターで花を育てておられました。そのプランターの水やりを、自分にやらせてほしいと、Bさんが申し出られたのです。
Bさんは、毎日、水やりを続けられました。Aさんが大切にしていた花を、絶やさないように。
そして、花はしっかりと咲いたのです。
「きれいね」
2か月ほどして、Aさんが退院されました。
けれど、Aさんは、入院前よりもさらに認知症が進み、表情も言葉も少なくなっていました。
それでも、Bさんは、Aさんを連れて、あのプランターの前まで行かれました。自分が毎日守ってきた花を、Aさんに見せるために。
私も、その場におりました。
花を前にしたAさんは、確かに微笑まれたのです。そして、ぽつりと、こうつぶやかれました。
「きれいね」
言葉を失ったと思っていたAさんの、その一言。それを聞いたBさんの、嬉しそうなお顔。あの光景は、今も私の胸に焼きついています。
言葉がなくても、残るもの

認知症が進むと、多くのものが失われていくように見えます。記憶も、言葉も、相手が誰かということさえ。
ご家族が「もう私のことも分からないんです」と、肩を落とされる姿を、私は何度も見てきました。
けれど、おふたりを見ていて、思うのです。
たとえ言葉を交わせなくなっても、たとえ相手の名前が分からなくなっても、その奥に、消えずに残っているものがあるのではないか、と。
手を握れば、伝わるぬくもり。背中をさする手のやさしさ。そして、花を「きれいね」と感じる心。
それらは、認知症が進んでも、最後まで失われなかったのだと思います。
Bさんが水やりを続けたのも、理屈ではなかったのでしょう。ただ、大切な人が大切にしていたものを、守りたかった。その気持ちだけは、何があっても、揺らがなかったのだと思います。
施設での暮らしで生まれるご縁もある
施設への入所を、可哀想だと感じるご家族は、決して少なくありません。住み慣れた場所を離れることが、寂しさにつながるのではないかと不安になるのは、とても自然なことです。
もちろん、すべての方に、AさんとBさんのような出会いがあるわけではありません。施設での暮らしに慣れるまで時間がかかる方もいますし、最初は戸惑われる方もいらっしゃいます。
それでも、施設はご家族と引き離すだけの場所ではありません。
ときに、思いがけないご縁が生まれ、人生の最後に、かけがえのない誰かと出会える場所でもあるのです。
AさんとBさんが、もし出会っていなかったら。そう考えると、不思議な気持ちになります。別々の人生を歩んできたおふたりが、最後にあの施設で出会い、言葉を失ってもなお、寄り添い合った。
施設での暮らしは、決して孤独なものとは限らない。
私は、おふたりからそのことを教えていただきました。
最後に
今、入所を迷っておられるご家族の心が、少しでも軽くなりますように。
施設入所は、住み慣れた家を離れる大きな決断です。不安があるのは当然ですし、寂しさがまったくないとは言い切れません。
けれど、施設での暮らしの中にも、人との出会いや、安心できる時間が生まれることがあります。
家では出会えなかった誰かと出会い、言葉では説明できない関係が育っていくこともあります。
AさんとBさんの姿は、私にそのことを教えてくれました。
どこかの施設で、今日もまた、新しいご縁が静かに結ばれているかもしれません。
そう思うと、施設という場所を、少し違った目で見られる気がするのです。
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