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Hameln 5



2日間、冬馬は熱に魘された。
今度こそ危ないと加奈子は思っていたが冬馬の心臓が強いのか、それともアイツが純粋に "また愉しむ" ために手を抜いたせいか、回復していた。
まだ目は離せない。
殴られたのは日曜日の晩。次の週末までにはなんとか布団の中で半身起きれるくらいになっていないと、アイツが居る週末の全部の時間冬馬の面倒は見てやれない。私がアイツの言う通り動かないと次に思うがままにされるのは春乃だ。
春乃を守らなければ。
冬馬もそれをいちばん気にしている。

「お姉ちゃんが殴られるなんて。
それならぼくが殴られたほうがいい。」

きっと春乃に手を出すときは、アイツはそれ以上のことを春乃にする。
手を上げることなんか序の口に決まってる。春乃のうしろ姿を目で追うときアイツの目は獲物を狙う恐ろしい生き物のように春乃の背中をまるで舐めるように見つめている。

手出しはさせない。

冬馬をあんなにされて、春乃を慰み者にされたら私はあの子達の父親になんて詫びればいいんだろう。

冬馬の額のタオルを替えてやりながら私は考えていた。
どうすればいい?
どうすればあの子達と三人助かることが出来る?
電話線は切られ食べ物は最低限、アイツが買ってくるだけ。余分な金など一切渡されず、洗濯も掃除も無駄に水を使えばすぐにわかってしまう。
お風呂すら自由に入れない。
なにもかも管理され、指示通りに動かなければ私も春乃もあの三畳間行きだ。

どうすれば。

どうすれば。

どうすれば。いい?


金曜の夜が来た。
月曜の朝まで地獄がつづく。
アイツが帰って来るギリギリまで春乃と二人、冬馬の居る三畳間に寄り集まっていた。
「約束。春乃。
あなたもこの週末なるべく寝室から出てこないで静かに過ごすの。
アイツは今週は冬馬に手出しはしない。
これ以上やれば冬馬の命が危ないことに気がついてるから。」
春乃はうなづいた。
「もし、家の中で会っても
目を合わせず、静かに行き過ぎるのを待ちなさい。わかった?」
冬馬を見た。
「昼間は来られないけど、アイツが寝ている間はずっとそばにいる。
心細いだろうけど待ってて。
あんたをひとり残して出て行ったりしない。」

時計を見た。七時十五分。
あと十分もしたら、アイツが帰ってくる。

「急いで。春乃。部屋に入るの。」

春乃を二人で寝ている寝室に押しくった。夕食の準備はできている。
お風呂も用意してあるし、布団も敷いた。パジャマもきちんと洗って畳んであるし私がヘマさえしなければ問題ないはずだ。

七時二十三分。
私は玄関の板の間の隅にきちんと正座をしてアイツの到着を待つ。
足音がする。
正座をして、アイツの顔を直に見ないように目線を反らしドアを開けたアイツに手をついて
「お疲れ様でございます。
お鞄頂戴いたします。」
と、腕を差しのべる。
革の大きな鞄が手渡され、私はアイツのあとに続きキッチンへと急ぐ。
「風呂。」
それ以外何も言わず風呂場へ行き来ていたスーツを脱ぎ散らかしてアイツは風呂場へ消える。洗濯物を選り分けスーツはアイツの部屋に運びきっちりホコリ取りをかけてからハンガーにかけ所定の場所に仕舞い、キッチンに取って返すと夕食を温め風呂から上がったアイツに食べさせる。少しテレビを見てアイツは部屋に戻って行く。
そこまででだいたい九時だ。

十一時にトイレに入りに来るまでは冬馬のそばにいてやれる。

何事もなければ。

アイツが怖い。
アイツが憎い。
アイツなんか死ねばいい。
いっそ殺してやろうか。
どうやって?
毒を入れるとか?
どうやって手に入れる?
自然界の毒。
フグ、水仙、すずらん、トリカブト、彼岸花、朝鮮朝顔、
あとは、あとは何がある?
どれが効果が高い?

いつもこんなことを考えてしまう。

再婚したのが間違いだった。
私の大事な人が死んで、心も体も弱っていた。でも赤ん坊だった冬馬とこれから小学生に上がる春乃を育てていかなければと奮起して何年か頑張った。
あと少し、
あと少し、頑張りさえすれば。
そうすればアイツと再婚なんてしなくてすんだのに。
あのおばさんにうっかり言ってしまった。

「誰か好い人いませんか。」

まさか連れて来るなんて。
最初はとても感じが良かった。
春乃も冬馬も懐いて三人並んでアイスを食べてる姿はとても微笑ましかった。
だから、
アイツが言った
「僕たち、いい家族になれそうですね。」
の言葉にうっかり
「はい。」
と答えてしまったのだ。

少し神経質だな。とは思っていた。
きれいな細い指。
いつも整えてある髪型。服装。
磨かれた靴。
こどもなんか居てうるさいとか思ったりしないのかな。
家を汚したら怒られるかな。
春乃はともかく、冬馬が。

「そんなことないですよ。
こどもって、そんなもんでしょ?
汚すし、悪たれつくし、笑うし、元気だし。」

その言葉を信じた私は
アイツと再婚してしまった。
眠っている冬馬のおでこを撫でながら思い出していた。
この家に来た頃を。


いけない。
ぼやっとしていては。
また、ひどいことになる。


Hameln 5
つづく


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