Hameln 15
「やっぱり!話せるんだ!」
葉月の笑顔をはじめて見た。
子どもらしい、喜びであふれたチャーミングな笑顔だった。
これが本来の葉月なのだとその時思った。
「行こう。」
「どこへ?」
「葉月を自由に出来る場所に。」
小さな祈りがきっと届く場所。
葉月がなにをしたいか決められる場所。
葉月と共にマンションの裏の林に入りなるべく林の中央で
「ささやかなるものの声を聞け」
とつぶやいた。
ニンゲンの姿に戻ったぼくに葉月は驚いて戸惑い、一瞬逃げようとしたが思いとどまり見つめた。
「ホントに?
ホントにねこちゃんなの?」
ぼくはうなづいた。
今より悪いことは起きない。
今より酷いことはない。
今より苦しく、悲しいことは何一つない。
「葉月を助けに来た。」
真剣に葉月を見つめた。
こんな子どもの姿でも男であることに葉月は躊躇して少しの間二人は見つめ合っていたが、ふわっと葉月が笑った。
「そう。今ほど悪いことはもう無い。」
と、ぼくの手を取った。
「ささやかなるものの祈りよ届け」
右目を瞑り、左目を三回閉じ、木々の間から見える空をみる。ざわざわと風が吹き林の奥から冴え渡る楠の香りがふたりを包み、瞬間ものすごい金属音の耳鳴りが頭の中に鳴り響きぼくは左手で、葉月は右手で耳を抑え座り込んだ。
耳鳴りが止んだ時二人でそっと目を開けた。
目の前に見覚えのある野原が広がり野原を囲む木々がざわざわと揺れていた。
ダレ?
アノコダレ?
リクノトモダチ。
リクノトモダチ、ボクラノトモダチ。
ソウ、ボクラノナカマ。
「ここ、どこ?ねこちゃん。」
ナアニ、リク。
ネコチャンテヨバレテルノ?
ネコチャン。
ネコチャン。
ネコチャン。
綿毛たちがおもしろがって揺れていた。
どこからか聞こえてくる声を葉月は不思議そうに聞き耳を立て聞いていたが、しばらくすると元気よく
「相馬葉月です。
よろしくお願いします!」
と、大声で言い
野原の真ん中の泉の前でお辞儀をした。
アラ、イイコ!
ワタシダイスキアナタノコト。
ヨロシクネ、
ワタシタチハワタゲナノ。
ホラ、アナタノアシモトニアル
タンポポノワタゲナノヨ。
あれから葉月は、ぼくが初めて野原に来たときのように心と体を休めている。
よく寝て、よく遊んで、よくしゃべって。
綿毛たちと遊んでいる。
何人もの子どもたちを見てきた。
辛い経験をしたことのある大人に姿を見られてしまったこともある。
それでも探した。
探して、探して、
冬馬の元にやって来た。
遊具の中で一緒に眠ったその翌日、冬馬にもう一度接触を試みた。
頭のいい子だと最初に思った。
冬馬の考えには一本筋が立っている。
僕は決して冬馬の母親を信用していないけれど、冬馬にすれば母親だから言うことはよくわかる。
「ぼくはオトコだから
オトコはオンナを守らなきゃ。
ヒーローはやさしいんだ。
悪いヤツを倒す。
機嫌が悪いからって自分より弱いヤツを叩いたり、殴ったりするのは最低の悪いヤツ。
アイツを倒したい。
いつかきっと。絶対倒したい。
今はぼくはチビでやられるばかりだけど、ぼくがやられてる間はお母さんも、お姉ちゃんも殴られたりしない。
ぼく一人をアイツに与えてやればいい。」
言っていることはとてもよくわかった。
けれどそれでは冬馬が死んでしまう。
「ニャーン」
返事をした。
「わかるだろ?おまえ、オトコか?」
「ニャーン」
「そうか。オトコなんだ。」
「ニャーン」
返事はイエスなら一回、
ノーなら2回鳴くこと。
会話は成立した。
冬馬はぼくにイエスかノーで答えられる質問しかしなかった。
冬馬を助けてやりたい。
そう思った。
けれどどうやってこの『本気でアイツから母親と姉を守る』ことに集中している冬馬一人を野原に連れて行くことが出来る?
冬馬が幸せに思わないことをして、冬馬が幸せになるわけがない。
野原に連れて行ったところで納得はしないだろう。後悔をさせないように説明を繰り返す必要が出てくるかもしれない。
冬馬を知らなければ。
ぼくが冬馬の心を知らなければならない。
この子は葉月のように素直に着いて来ないかもしれない。
その夜、冬馬はやはり母親の暖かなマフラーと水筒いっぱいにお湯を入れ使い捨てのカイロを持たされ公園に現れた。
ぼくは木の陰に隠れニンゲンの姿で冬馬の様子を見ていた。時刻は夕方六時
いつもはもっと遅いのに。
あと一時間もすれば継父が帰ってくるが、その前に外に出されることはあまりなかった。
朝から機嫌が悪い時は夕食が終わったら直ぐに。
今日は荒れるかもしれないという時は九時以降。
なにかあったのか?
ぼくは闇に紛れ冬馬の家に向かった。
母親は冬馬の姉にこんこんと説明している。
あの男の前に立ってはならない。
あの男の目にふれてはならない。
家の中でアイツに
うっかり会ったら
目を反らしその場を離れよ。
おまえを守るためだ。
おまえを守らなければ
冬馬に申し訳ない。
知識としてはあった。
僕は詳しいことはわからない。
わからないまま、あの方の国に行ったから。
けれど、そういうことか。
と、合点がいった。
冬馬の姉、春乃は女の子から女性に変わる頃なのだ。春乃を守りきるために一つの対処として、また冬馬にもしもの現場を見せないためにオモテに放り出した。
何があるかわからないから。
ちがう。
この母親は、自分を守るために春乃を差し出そうと言うのではないか。
こんこんと説明しているのは、なにかあったとき自分自身を守るため。
自分は春乃を守るため、最善の出来る限りの努力をしたと自分に、周りに説明出来るなにかを残すために。
どちらにしても、やはりこの母親を信用できない。
したくない。
Hameln 15
つづく
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