見出し画像

夜のブランコ 2

六年生の卒業式が終わり、学年修了式が終わり春休みになった。
休みと言っても生徒だけで、教師は新学年の準備でてんてこ舞いだ。
職員室で他の先生方と授業の進め方を確認したり、はじめて担任をする生徒のパーソナルデータを下調べしたり、新しいクラスの名簿を作り、模造紙に組分け表を大きく書いて前学年の教室に貼ったり、とにかく毎日すったもんだだ。
あっという間に明日で三月も終わりとなった。

「そうだ!転入生!面談しとかないと。」

紘子は先日作ったクラス名簿に目を通し、鈴木孝太郎くんの家に電話をかけた。
孝太郎くんの母親が電話口の相手だった。
朗らかに「鈴木です。」と電話の向こうで声がした。

「お忙しい所を申し訳ございません。青葉小学校で孝太郎くんの担任になりました、柏木と申します。」

ご丁寧な挨拶ありがとうございます。と返事をした母親は、紘子が面談をしたいとの申し出を喜んで受け入れてくれた。都合のいい日をたずねると明日の午後からならば、本人と一緒に行ける。との返事で、午後三時からの約束をした。


その日、紘子は授業の準備をするために職員室の自分の机で粘っていたが、なかなかはかどらない。あれやこれや他の用事が湧いてきて集中できずにいた。

「まいったなあ。」

水筒に入れたホットコーヒーを飲みながら時計を見ると午後四時になっていた。子どもたちが長期休みの間は朝は通常通り出勤するが、帰りは比較的自由だ。紘子は荷物をまとめ、パソコンを持ち学校を出ることにした。
車に乗り込み向かう場所は紘子が好きな喫茶店だ。

青葉町にはふたつの小学校がある。
ひとつは駅の向こう側、紘子が祖母と暮らす家から歩いて5分の所にある「青葉西小学校」そしてもうひとつ紘子の勤める「青葉小学校」だ。祖母に
「なんで西小学校にしなかったの?」
と聞かれたことがあったがなんということはない、その時実習の募集がなかっただけのことだ。今は青葉小学校でよかったと思っている。
近すぎると、家に帰るまでに気持ちを整えるのに時間が足らない。
一日子どもと向きあうと、子どものパワーは絶大ですべてを持って行かれそうになる。
その感覚はなかなか慣れず、しかしそれが楽しくて小学校の先生という職業を選んだのだから贅沢な話なのだが、一日のうちクールダウンの時間が少しでも欲しい。

その喫茶店は青葉駅の向こう側、西地区の外れにある「そのん」という喫茶店だった。
マスターが一人で切り盛りしており、お客さんはマスターの知り合いか、大学生のグループがほとんどでコーヒーを飲んだり、話をしたり、適度なざわざわが心地いい。
いい喫茶店だ。

「そのん、に行って仕切り直すか。」

紘子は立ち上がり荷物をまとめ、近くに座る同僚に「すいません、今日は上がります。」と声をかけ、職員室をでた。


つづく

第3話へ

第1話に戻る



#卒業式
#新三年生
#転入生
#夜のブランコ
#そのん

いいなと思ったら応援しよう!