夜のブランコ 3
「そのん」に着くと、いつもの客席奥の人目にさらされない大きなゴムの木の向こう側に座席を探した。
「あ、空いてる。」
入ってすぐ目の前にカウンターがあり、マスターが静かにグラスを洗っている。
「いらっしゃい。」
顔見知りになった紘子に目線を投げ掛け、さらにその先のいつもの座席に目をやる。
少し笑顔になって「アイスにします?ホットにします?」と聞いてくれた。
「アイスでお願いします。」
頭を下げて、いつもの座席に腰かけた。
カウンター席の目の前に4人掛けのボックス席があり、そこにいつもの大学生男子の三人組がいる。
この時間だいたい、紘子を含めたいつものメンバーだ。
紘子は鞄の中からパソコンやふでばこや付箋や教材を出して、二人掛けの席を精一杯散らかした。パソコンを開き、画面をのぞきこみながらキーボードを打ち込む。
少し経った頃、マスターがグラスにアイスコーヒーをたっぷり入れて運んでくれた。
「はかどりますか?アイツらうるさくないですか?」
アイツらとは、あの大学生三人組だろう。
いつもマスターと仲良く話し込み、時おり大笑いしたりふざけあったり楽しそうにしている。
「あ、大丈夫です。なんなら居ないとさみしいくらいなので。」
端っこにヒラガナで「そのん」と小さく書いてある、白い紙のコースターを敷いてその上に静かにグラスを置いてマスターは、「これはサービスです。」とクッキーを二枚小皿に乗せて出してくれた。
「ありがとうございます。」
「ごゆっくり。」
マスターはお盆を脇にはさんで一礼すると、カウンターの向こうの定位置に戻って行った。
大学生がなにやらわいのわいの言っている。
紘子は顔を上げ大学生の方を見ながらコーヒーを一口飲むと、作業を再開した。
四時過ぎにそのんに入って、周りの暗さに気がついたのは七時を回ったところだった。
「いけない。こんな時間。」
紘子はとっ散らかしたテーブルの上を片付けて鞄に適当に押し込むと、マスターの居るカウンターに行った。
「ごめんなさい。長居しちゃって。」
「いえいえ。いつでも使ってください。」
こうして、子ども達でもなく、祖母でもなく、同僚でもない人と会話が出来るのは息抜きになる。たいした話でなくていい。天気の話と野球の話だけでもいい。大人と対等な会話。
コーヒー代を払い
「クッキー、ごちそうさまでした。おいしかったです。」
「そりゃよかった。アイツらうるさいので少々お詫びです。」
紘子は微笑み小さく「また来ます。」と言ってそのんを出た。
七時過ぎまで帰らないとおばあちゃんが怒りだす。
そんなに一生懸命仕事したってそうそう給料が上がるわけでなし、疲れるばっかりでろくなことにならないといつもやかましく言われているのだ。
車に乗り込み家まで5分、言い訳を考えながらハンドルを握った。
「おばあちゃん、ただいま戻りました。」
玄関を開けて靴を脱いで居ると、キッチンから祖母の柏木志野が前掛けで手を拭きながら出てきた。
「お帰り。」
鞄を自室に持って行きついでに部屋着に着替えてキッチンまで行くと、テーブルに夕飯が揃っていた。
「ちょうど、出来たとこだったんだよ。」
今日の志野はご機嫌だ。
「転入生が来るから、忙しいんだろ?」
「ん?うん。まあね。」
「さ、手を洗っておいで。食べよう。ばあちゃん汁とごはんよそっておくから。」
手を洗い、一応薄く塗ってあるお化粧を石鹸で洗い流すとぶくぶく音を立てうがいをして、紘子は食卓に着いた。
つづく
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