夜のブランコ 4
「いけない、もう三時じゃないの!」
柏木紘子は職員室の自分の席から急いで立ち上がり、昇降口まで慌てて向かった。
お母さんとおぼしき女性と、その子どもであろう少年がくつぬぎのすのこの上でスリッパに履き替え「さて、どちらに行ったものか?」と考えている風であった。
「申し訳ありません!お迎えに上がるのが遅くなりまして。」
声を掛けながら、親子に近寄った。
母親が笑顔になり、少年の肩に手を添え頭を下げた。
「もう、すぐ何かに夢中になってしまって。申し訳ありません。」
紘子は屈んで少年と目線を合わせ
「こんにちは、担任の柏木紘子です。今日は来てくれてありがとう。」
というと、屈んだまま今度は母親に視線を合わせた。
「お忙しい中、ありがとうございます。さ。こちらどうぞ。」
廊下を通り、三年三組の教室に二人を案内した。一階の一番奥の教室だ。
青葉小学校は3階建て。
一階の昇降口を真ん中に右手と左手に分かれている。右は一年生と二年生四月から二クラスずつ。
昇降口を挟んで、保健室、体育館へ向かうためのロビー、奥に三年生三クラス。
二階は専門教室がほとんどで少し人数が多い学年のために、二部屋予備の空き教室があり、三階は四、五、六年生の教室がある。
「ここが、春からあなたの教室なの。学校が始まったらここのお部屋でみんなと勉強するのよ。」
空いている椅子を親子に勧め、間に机をひとつ置き紘子も小さな椅子に腰かけた。
教頭先生から渡された鈴木孝太郎くんのデータは頭に入っている。
「改めまして、柏木紘子と言います。学校のコトやおともだちのことで不安な点や不服等ありましたら、お時間作りますので何なりとご質問くださいね。」
孝太郎の母親、鈴木基子は明るく朗らかで紘子の、質問に考えたり、笑ったりしながら答えてくれるいわば「あたりのよい保護者」だった。
孝太郎はおとなしく、それでも話たいことはよく話すかわいらしい少年だった。
家庭のこと、今いない基子の夫のこと。祖父母のこと。前の学校のこと、担任のこと、いろいろと聞いて、最後に授業や勉強のことを尋ねた。
「なんの授業がいちばん好き?」
孝太郎は即答した。
「算数!」
「わあ。すごい。先生いちばん算数が苦手。」
三人で笑った。
「先生がわからないでいたら助けてね。」
「うんっ!!」
この時なぜ算数がいちばん好きなのか、聞いておけばもっと違った対処の方法があったのじゃないかと、後で紘子は思う。
その子にはその子の理由がある。
どんな小さいことでも見落とさないように、紘子にきっかけを与えた孝太郎との初対面の日を紘子は決して忘れはしない。
つづく
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