夜のブランコ 5
四月九日、新学期が始まった。
午後からの入学式前に新学年、新クラスのメンバーと今日が初日だ。
転入生が来ると、どこかから聞き付けた生徒が朝早くから職員室にやって来て「センセー、センセー」と、付きまとっている。
「ハイハイ。もうすぐ鐘がなるから早く教室行って!その時居なかったら、遅刻にしちゃうわよ!」
「はあい。」と返事した三人組はきゃいきゃい言いながら走って教室に向かった。
紘子は廊下に顔を出し
「ほら!廊下は歩くのじゃないの!?」
と声を掛けると三人組は急に止まり行進するように歩き出した。
うふふ。と笑って職員室に戻り、鈴木孝太郎くんとお母さんの基子さんを待つ。
職員室のドアがノックされた。
他の先生方はもう教室に向かっていて、職員室に残っている先生は教頭先生と紘子、あとは担任を持たない先生だ。
紘子が出て行くと、静まり帰った廊下に親子が立っていた。
「おはようございます。孝太郎くん。それにお母さん。」
「おはようございます。今日からお世話になります。」
紘子は孝太郎をしっかり見つめ、母親の基子を見て「お預かりします。」と、孝太郎を自分の方に寄せた。
基子はぺこっと頭を下げ、孝太郎に手を振り帰って行った。職員室の前の廊下から基子を見送り、改めて孝太郎を見て「よろしくね。孝太郎くん。」と声をかけた時、授業開始の鐘がなった。
廊下を歩きながら、孝太郎の背中に手を添えて
「緊張するよねえ?」
と話しかけ、面談の時に三人で話をした教室に向かう。
教室のドアの前に立ち、紘子は深呼吸した。
孝太郎もそれに倣う。
「行くよ?」
孝太郎がうなづくと、紘子はイッキにドアを開けた。
「おはよう!」
ざわざわしていた生徒が一斉に教壇の方に向く。入り口でヘドモドしている孝太郎を手招きして中に呼び込む。
「新、三年三組のみなさん。おはようございます。」
生徒は興味津々で孝太郎を見つめながら
「おはようございますっ」と、声を揃えた。
黒板に向かって「鈴木孝太郎」と漢字で書くと、脇にひらがなでルビを振った。
孝太郎は黒板に書かれた自分の名前をじっと見つめていたが、紘子の声にはっとして皆の方に向き直った。
「すずき、こうたろうくん、と言います。春休みに青葉町に引っ越して来たのよ。川端地区に住んでます。おうち、近い人!!」
新しく越してきた、鈴木家の場所を知っている数人が手をあげた。
「川端地区に住んでる人っ」
クラスの半分以上が手をあげた。
「鈴木くん、みんなに自己紹介出来る?」
紘子がたずねると孝太郎はうなづき、深呼吸した。かわいらしい声が大きく教室に響く。
「ぼくの名前は鈴木孝太郎ですっ。お父さんとお母さんとぼくと犬ののんちゃんと新しい家に引っ越して来ました。なかよくしてくださいっ!」
ぺこっと体をふたつに折り曲げお辞儀をした。
孝太郎が顔を上げると、皆が拍手した。
「さっ。じゃあそこ。夏実さんの後ろ空いてるわね、あそこに座って。夏実さん、永美さんよろしくね。」
転入生の受け入れは、少々緊張するがあの二人のうしろにつければ問題はないだろう。
三年生になると、ワイワイした中にも序列が生まれ勉強が出来る子出来ない子、運動が出来る子出来ない子少しずつ差が出てくる頃だ。
今まで仲良しだった子も、別のグループの子となかよくなり仲良しさんの入れ替えが起こる。
ここでうまくやり過ごせないと、高学年になったとき一人きりで居る子になってしまう。
一匹オオカミの子はどこまでいっても一匹オオカミだが、それはそれで本人も周囲もむつかしいのだ。
なるべく早く、孝太郎をクラスに馴染ませてやりたい。
知り合いしかいないクラスに、何も知らない子が入って行くのはなまなかではないだろう。
夏実は成績がよくクラスでもリーダーシップをとれる優秀な子どもだ。三年生になって初めてクラス委員を決めるようになるが、おそらく夏実が委員長になるだろう。
他の生徒にそれだけの信頼がある、まっすぐでいい目をしている。
一方、永美は歳の離れた姉が居て両親と姉に愛される甘えん坊だ。
いつも夏実と一緒にいる。
決して、腰ぎんちゃくとか金魚の○○のような卑屈なタイプではなく、夏実と一緒にいることを楽しんでいる。
そしてまた、夏実もそれを求めている。
この二人はなにがなんでも離れることはないだろう。
夏実がお姉さんぶりを発揮して、孝太郎に世話をやいている。
紘子は安心して孝太郎から目を離し、皆に向き直った。
「ハイハイ。三年生になりました。三年生になったら、一年、二年のオチビさん達より少しお兄さん、お姉さんです。やることがたくさんあります。」
プリントを配った。
後ろに回してね。と声を掛けいちばん前の席の子にプリントを渡す。
① 教科書配布 四月十日
② 学級委員を決める。
③ 他の委員を決める。
掃除委員
朝の会委員
帰りの会委員
図書委員
号令委員
④ 席順
「はいっ。みんな見ましたか!明日それをみんなやらなければなりません。明後日から授業がスムーズに始められるよう、立候補したい人、あとはやってほしいと思う人を考えておいてくださいね。」
子どもたちがザワザワしながらプリントを読んでいる。
「さっ。あと15分で始業式が始まります。みんな廊下に並んで、体育館に行きますよ!」
ガタガタと椅子や机を鳴らして子どもたちが名前順に廊下に並んでいく。孝太郎のうしろは夏実だ。
先頭に紘子が立ち体育館に向かって22名の行進が始まった。
つづく
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