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Hameln 2




街灯に照らされて、小さな男の子が部屋の中を覗いていた。

「あ。」

紗綾はすぐに気がついて、それでも大きな声は出さずに母親の左腕の肘の辺りをつついた。母親が紗綾の方を見て小さく「なあにさあちゃん」と聞くと紗綾は目だけ窓の方を見て、声に出さずに「誰かいる」と告げた。
母親は怪訝な顔をして吐き出し窓の方向を確認すると、小さな頭が外から家の中を覗きこんでいた。

外に居る、小さな頭は家の中の紗綾と紗綾の母親が自分に気がついているのに気がつかない様子で家の中をじっと覗き込んだまま動かない、母親は夫の顔を見た。
紗綾と母親の様子から夫はなんらかの異常があることにすでに気がついており、母親が夫を見たとたんに「うん」とうなづくと小さな声でふたりに「そのままで居なさい」と言い置いて小さな頭を観察した。

どこの子どもだろう。
まだ小さいのに、こんな暗い時間になにをしてるのか。
親は心配しないのか。
それにしてもボサボサだな。
なぜうちを覗いてるんだろう。

一、二分観察して、妻に
「声を掛けよう。」
と言った。

紗綾は母親と父親のやり取りと窓辺に立つ小さな頭を順繰りに見て思い出した。
いつも公園のベンチに座り込みニタニタ笑っているあの男の子だ。と。
「小林さんとこの春乃ちゃんの弟」仲良しのあっちゃんのママから聞いたわずかな情報。
母親が吐き出し窓をじっと見て立ち上がりそばに行った。
男の子は見つかったことに驚きもせず部屋の中を覗いたままで、吐き出し窓の鍵に触れ窓を開けて話そうとした母親に夫は「それはやめなさい」と声をかけられ手を止めた。
夫を見て、窓を閉めたまま小さな少年に声をかけた。

「どうしたの。
こんなに暗くなってるのに。
早くお家に帰らないと、お母さん心配するわよ。
お家、わからなくなっちゃった?」

少年は声をかけられたことに驚いて窓辺を去った。

窓は閉ざされ、決して交わることがない。こもった声が外に小さく聞こえてくるのを少年はほぼ毎回聞いていた。
違う家で。
どの家からも晩ごはんのいい匂いと蛍光灯の小さな灯り。テーブルを囲みこどもが居たり居なかったり、テレビがついてたりついてなかったり。カチャカチャと食器や箸がぶつかり合う音や、「お醤油取って」の小さな声や、笑い声、スリッパが床に擦れる音が聞こえてきていた。

夕食の家族団欒。

「知っている子?」
ママが紗綾に聞いた。
紗綾は首を傾げ口を尖らせて考えた。
ぜんぜん知らないわけではない。毎日公園であの男の子を見ている。見ているというか観察している。あの子の名前は知らないが、あの子のお姉さんの名前は知っている。
小林春乃ちゃん。
通学班の班長さん。
毎日汚い服を着て、公園のベンチで座り込み地面に無数にいる蟻を棒キレでつついている気味の悪い子。

それ以外は知らない。

紗綾は首を横に振った。

「そう、知らない子なのね。
どうしたんだろうね、迷子かな。
お父さんと、お母さん、心配しているだろうね。早く帰るといいけど。」

紗綾はうなづいて、すでに日常に戻っている父親の顔を見てなんだか安心して晩ごはんのつづきをはじめた。
それを見て、母親もまもなく日常へ戻った。
それだけだ。
紗綾があの男の子のことを知っているのは。



頭の中で警報が鳴る。
カンカンカンカンカンカン。
ものすごい小さな音で、それでも危険を知らせるには十分すぎるほどの音だ。
表に聞こえたら、アイツがぼくをどうにかしてしまう音だ。
誰にも気がつかれないように、暗くなってからこそ泥みたいに家に入る。
母さんが玄関の植木鉢の下に隠してくれている合鍵を使い最小限の音でドアを開け内鍵を閉め、廊下を通り過ぎ階段下のほぼ物置になっている三畳間にそっと入り込む。お姉ちゃんが今よりもっと小さかった頃、ぼくたちの本当のお父さんが買ってくれた大きな熊のぬいぐるみの下に隠れてじっとしている。
公園のトイレで用を足し人に会わないようにベンチの下や滑り台の影に隠れて夜が更けるのを待ち月が真上に上がった頃家に帰る。冬馬はここ一年そんな暮らしをしていた。
本当のお父さんは冬馬がまだ赤ん坊の頃、突然事故で死んだ。
お姉ちゃんが六歳になったばかりの頃だった。母さんは生まれたばかりのぼくと小学生に上がったばかりのお姉ちゃんを世話して、働いて、世話して、働いて、大変だった時知り合いのおばさんからあの男を紹介されて結婚した。
学校の区画も変わらない、通学班が変わるだけの小さな引っ越しをしてぼくたち三人はあの男の家族になった。
お姉ちゃんは小学四年生。ぼくは四歳になっていた。
最初の半年は新しい生活をお互い探り探りしていたが半年を過ぎた頃あの男が本性をむき出しにして、母さんを殴った。
一発、平手打ち。
テーブルのあった部屋の真ん中からなんメートルか離れた入り口のドアまで母さんは吹っ飛んだ。ほっぺたはすぐ赤くなり腫れてきて唇が切れ血が滲み、ぼくは母さんとあの男の間に立ち塞がり両手を大きく広げて母さんを守ろうとした。

あれがきっかけだ。

あの日、母さんとあの男の間に何があったかなんてどうでもいい。
ぼくは、ぼくの母さんを守らないと。
だってぼくの本当の母さんなんだから。こんな男は赤の他人なんだから。

「母さんを殴るな。」

そう言ったのを覚えている。
あの男はそれから、母さんを殴りたくなるとぼくを殴るようになった。


Hameln 2
つづく


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