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夜のブランコ 16

五月に入ってすぐ子どもたちに渡した「家庭訪問のお知らせ」には
父兄が在宅している日。
在宅可能日。
両方記入してもらうようにして、記入後子どもに持たせて欲しいとお願いしてある。
家庭訪問は5月23日から5月27日と決まっているのでよほどの理由がない限りこの5日間のどこかで紘子が訪問することになっている。
しかしどうにも時間の取れない家庭や、片親で仕事に融通が効かない場合もある。
そういった家庭を優先にすると母親が必ず家にいる家庭が後回しになり、これまた予定を立てるのが難しい。
「いつでも良いです。」
と言ったって、やはり都合の悪い日だって、あるだろう。
それらを考えるとだんだん頭の中が

あーーーーっ!!

と叫び出したくなるので、紘子は荷物をまとめ職員室から脱出しようと早々にあいさつして車に飛び乗った。

ムリムリ。そのん行こう、そのん!!

毎朝、毎晩通勤中にそのんの脇を通るが、しばらく寄れなかったのは長居したあの日にマスターの様子がおかしかったので、それを気にしてのことだった。
車を降り、カランカランとこ気味良い音を立てドアの鐘が鳴り紘子は店内に入った。

「あ、いらっしゃい。」

「お久しぶりです。コーヒーをホットで。」

「この間の二杯目のやつにしますか?」

「あ、はい。」

よかった。いつものそのんのマスターだ。

紘子はいつもの窓際のゴムの木の向こう側に座りカバンから書類や筆箱やパソコンを取り出して作業に入った。

まずは「いつでもいい」と言ってくれている父兄が何人居るかをピックアップした。
パートアルバイトで仕事を持つ4人と、本当にいつでもいいという3人。

7人か……。
今年はまあ、いい方だ。1/3も居るもの。
あと15名。
これをどうにか組み合わせないと。

家庭訪問期間中、学校は全学年四時間授業で給食はお休み。午後1時から訪問開始となる。
各家庭20分程度となっているが、なかなかどうして20分で終わったためしがない。大抵はオーバーになるのがわかっているのできっちり、ひとり一時間の計算でいなければならない。
一日の内4人~5人の計算だ。
残りの15名の内夕方5時以降を設定してきたのは3名。

まあ、3人ならどこかの曜日のいちばん最後の時間にしておくか。

と、一日5枠分の適当な曜日の最後に名前を入れる。

中にはこの日のこの時間しか居ない。

とでも言うように、希望日も在宅日も同じ日、同じ時間を書いてくる父兄も居る。

まあ仕方ない。一応入れておくか。

休みは取りづらいがだいたい3時過ぎなら比較的楽に帰れるとか、逆に夜勤のためいちばん最初の時間が良いとか、

全部言うこと聞いてたら
私がどうにかなってしまうわっ!

と、頭を抱えてしまう時もある。
マスターの淹れてくれたおいしいコーヒーを飲む余裕もなく紘子はパソコンとプリントを交互に見ながら、穴を埋めていった。
カランカランと音がして、大学生が二人入ってきた。
紘子は顔をあげ、

今日居ないのは、あのはにかみ屋さんだな。

と確認し、またパソコンに向かった。


「ね。ね。マスター。
しばらくぶりじゃんね。彼女。」

メガネの色白美男子が圭太に言った。
圭太はうなづき、早く席に座れと手で「しっし」とメガネ君を追い払った。
先にいつもの席に座った背高くんがメガネ君を呼び寄せた。
「光一。なあなあ。」
光一と呼ばれたメガネ君はニコニコしながら背高君のもとへ行き、マスターを振り返り

「アイスコーヒーふたつね!」

と言った。
マスターは片手を上げ、「わかってる」と言う風に手首から先をヒラヒラ振るとグラスを出したりお湯を沸かしたり忙しくしている。

「何?まこっちゃん。」

まこっちゃんと呼ばれた背高君は光一に言った。

「おれ、この前ひとりでここに居たとき、マスターと彼女と3人になってさ。」

信が「あのお姉さんのことどう思ってるの」としつこく聞いたらマスターがあたふたして可愛かったとか、
お姉さんが追加注文したときにマスターが泡吹きそうになっていたこととか、
おもしろおかしく光一に聞かせてやった。

「マスターのあわてぶり、見たかったなあ。」

しれっとした顔で光一は言った。

「和が居たらおもしろかったのに。」

「ほんと。それな!」

今日はアルバイトで居ない戸梶和也の話をしているところで、マスターがアイスコーヒーをお盆に乗せて持ってきた。

「ほ、ほ、ほ、ほら。これの、飲んで早くか、帰れよ。もう。」

と文句を言った。
いつだって、この3人は僕のことをからかってニヤニヤしているンだから。とマスターは迷惑そうな顔でグラスを置いた。


圭太はほんとうは話したいのだ。
紘子と。
もっと自由に。
頭の中ではきちんと話せるのに、思ったことが口を通るとどうしても昔からの吃音がでてしまう。
この3人や他のお客さんには吃音の出る話し方で、もう何年もやっているからなんともない。
けれど、紘子は違う。
紘子には吃音の自分を見てほしくなくて、毎日家の中で
いらっしゃい。と
アイスですか、ホットですか。と
とうぞごゆっくり。と
いつもありがとうございます。と
またどうぞ。を
死ぬほど練習しているのだ。

この5種類なら、いつでも噛まずに言えるようになった。



相手が紘子なら。


つづく

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