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夜のブランコ 9

「ね、ね、マスター。」
信がそのんのマスター佐々木圭太に言い寄る。
「あの、ときどき来るお姉さん。何やってる人なの?」

紘子がそのんを知ったのは、祖母、志野からの情報だった。小学校教諭になって両親との家を出て志野と暮らすようになり、それまであまり飲まなかったコーヒーを飲むようになった。
志野はコーヒーが好きで行った先々で喫茶店やカフェでお茶をするのが楽しみな人だ。
年齢は八十歳に近いはずたが何しろ元気でいつでも楽しいことを探している。
コーヒーも、どこそこのなんとかブレンドがおいしいとか、缶コーヒーはコーヒーじゃないとか、独自の理論がある。
その志野が、「青葉町でね、おいしいコーヒーを出すところはそのんだけよ。先代のコーヒーもおいしかったけど圭太くんのコーヒーはこの辺りじゃ誰にも負けないわよ。」と、語るほどだ。
今までインスタントコーヒーしか飲んで来なかった紘子には半信半疑だったが、折に触れコーヒーを飲む機会が増えてくると確かに「そのんのコーヒーはおいしい。」と思えてくるから不思議だ。
志野に淹れてもらうコーヒーも、共同生活するようになって3ヶ月後には、「どこそこのコーヒー」と紘子もわかるようになってきた。
今はコーヒーを買って帰るならそのん。
寄るならそのん。
に、なってしまっている。

志野はそのんの常連で先代にも、圭太にも名前が知れていてよく見慣れたお客だが、紘子は志野の孫であることを話していない。
圭太は志野の孫が小学校の先生をしていることは知っているが、紘子がその孫だとは知らない。
お互い、話だけはよく知っている二人なのにそのんの中では「マスター」と「最近よく来るお客さん」の関係だ。
したがって、信の質問の
「あのお姉さん、何やってる人だろう?」
には、まるで検討が付かない。

「そ、そ、そんなのしら、知らないし。お、お客さんだし、」
信がからかう。
「マスター。俺わかっちゃうんだよ。こういうの。冗談でなくてマスターの思い伝えてあげようか?」
小さな声で話をしながら、圭太はチラチラ紘子を見た。

どうか、この話があの人に聞こえませんように。

「も、もういいから、は、早くコーヒー飲んでか、帰ったら!?」
圭太は後ろを向き、そのんオリジナルブレンドの豆を100g図ると自動ではなく手挽きのミルに入れて、カリカリ音を立てて挽き始めた。
100gくらいなら、手挽きのほうがおいしいに決まってる。


カウンターでマスターがカリカリ音を立ててミル挽きしている音を聞くと、紘子はなんだか安心する。
大学生となにやら話し込むマスターをチラチラ見ながら紘子は、今日の終わりに飲むコーヒーはやはりそのんだなあ。と感心していた。


「志野さん!ただいま戻りました。そのんのコーヒー、買ってきたわよ。」
志野は、共同生活をはじめる時に紘子に真っ先に言った。
「私をおばあちゃんって、呼ばないで。ちゃんと志野って名前があるんだから。ね?」
共同生活の唯一の条件だった。
志野は、紘子を「紘子さん。」と呼ぶ。

「あ、お帰り。早かったのね。」
そう言って、コーヒーを受け取ると作りかけの晩ごはんの手を休めてお湯を沸かし始めた。
「飲むでしょう?」
と聞かれたが、あいにくさっき圭太の淹れたコーヒーを飲んで来た紘子は
「んー。今はいいかな。志野さんの分だけにして。」
と言い残し、洗面所でうがい、手洗い、洗顔を済ませて自室に行った。

あ、そ。飲んで来たのね。(笑)
そりゃま、そうか。

お湯が沸くのを待ってコーヒーを淹れる。
至福の時だ。
今日も一日が終わろうとしている。


つづく

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#喫茶店のコーヒー
#マスター
#パンプキンパイとシナモンティ
#夜のブランコ

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