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夜のブランコ 23

「そのん」で孝太郎の母、基子を待っている間、土曜日限定メニューの

パンプキンパイとシナモンティ(ホット)

を注文した紘子は、なにやらカウンター前にいつも陣取っている三人組がざわざわしながらこちらを見ているのに気がついた。

おかしいなあ、まだこっち見てる。


「お、おまえらな、何をだ誰がたのんだっていちいいちか、関係ないだろっ」
圭太が三人組に言うと、口の立つ信が

「そんなこと言って。やっぱり俺たちでなんとかするよ。」

と、チラチラ紘子を見ている。

「ほ、ほらそそそんなにじろじろ見、見てるんじゃないよっ!」

顔を赤くして、自分が怒ってるのか恥ずかしいのかわからなくなりながら紘子の居るテーブルを見ないように圭太は努力した。

父がこの店をはじめた時、圭太は小6から中学一年に上がる頃だった。自分の吃音を気にして、はじめから高校に行く気はなく、もう中学を出たらその上の学校には行きたくなかった。ではどうやって大人になってから生計を立てるのかと聞かれてもなんの計画も立てているわけではなかった。高校を出たからと言ってそれらがすぐ決まるわけではないだろうと、よく屁理屈を言った。
ただ、学校へ通ってこれ以上人に自分の話し方を揶揄されるのはもっぱらごめんだった。

「も、ももももうが、が学校にはい、行きたくななないよ。」

母は泣きながら謝り続け、父は憤怒の顔で圭太を叱責した。

「高校は出ろ。その後はおまえの自由だ。」

中学三年の進路指導の時、圭太の家は両親共に教師と面談しさんざん揉めた挙げ句高校に行くのを止めた。
勉強が嫌いなのではなかった。
むしろ何かに夢中になって、勉強している間は話さなくてもよかったから好きだった。けれど勉強だけではない高校生活のほとんどが圭太には重荷だった。
教師があきらめて、ではこの先どうするのだと聞いて来たとき圭太は案の定黙りこくったが、父が代わりに話はじめた。

「コイツは。」
圭太をつついて
「コイツは、こんなコンマイ頃から」手で背丈を示して
「いろいろ大変でした。先生。」
母もうなづいた。
「あたしもいろいろ考えて脱サラしまして、喫茶店をはじめましたが。おかげさまで細々ながら食って行かれるようになりました。」
教師は深くうなづいた。
「コイツにコーヒーを仕込みます。」


圭太には寝耳に水だったが、あまりのうれしさに飛び上がりそうになった。
あれほど、学校に行け、おはなし外来に行け、と言っていた父から出た言葉が「あたしが仕込む」だったから。
圭太はコーヒーの香りが好きだった。
店の中でお客さんが新聞を読みながら、美味しそうに飲むコーヒーの香り。
おいしいものを口にした後のお客さんの眉間のシワ。
新聞を見ていた目が、コーヒーに移り、たまらずもう一口飲む。
新聞にまた目をやって、カップを持った手は離さない。コーヒーと新聞とを何度か見比べて、結局コーヒーを全部飲んでしまう。
カウンターの内側からよく観察していた。
そのコーヒーを自分が淹れる。

圭太は父を見て言った。

「いいい、いいの?」

「いいも悪いも、おまえが他にやることがあるか?」

担任の柏木建造は深くうなづき、圭太を見た。

「お父さん、圭太君の吃音に力になってやれず申し訳ないといつも思っておりました。私も今年61になり圭太君の卒業と共に定年になります。いちばん気がかりだった圭太君の行く末が今日聞けてまことに喜ばしいです。」

圭太の父は担任と握手をした。
自然発生した、あたたかい握手だった。
中学卒業まであと10ヶ月。
そして柏木健造の定年もあと10ヶ月。


紘子がパンプキンパイを食べ終わるのと、ほぼ同時にそのんのドアが、鐘の音も高らかに開いた。
「こんにちは。」
基子が入って来た。
「鈴木さん。」と声をかけた。基子はその声に気がついて圭太に頭を下げ、紘子のテーブルにやってきた。

「先生。」

基子が座席に座り
二者面談がはじまった。
テーブルには、祖父柏木建造の遺したファイルがノートや資料のいちばん上に置かれていた。

つづく

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