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夜のブランコ 20


志野と一緒に住むと決めたのは紘子が大学三年の時、志野の10歳年上だった祖父が急逝したからだった。

「おばあちゃん。私必ず青葉に住むからね。一緒に暮らそう!」

葬儀の夜、志野の手を握り約束した。

祖父、建造は中学校教師だった。
紘子の家は両親共に教師で、母方の祖父母も教師だ。紘子も小さな頃から「センセーになる!」とよく言っていた。大学も最初からそれを見据えて入り、教育学部を専攻していた。
基子から孝太郎の話を聞いたとき

「ディスレクシア」

という言葉がすぐに浮かんだ。

似たようなひらがな、例えば
「ろ」と「る」。
「あ」と「お」。
「は」と「ほ」。
カタカナも然りで
「二」と「ミ」。
「オ」と「ナ」と「ラ」。
「ア」と「ヤ」。
などの判別がつかない。

カタカナは読めるが、ひらがなは読めない。
反対の人もいる。
ひらがなは読めるが、カタカナは読めない。

ひらがな、カタカナは読めるが漢字が読めない。
「右」と「左」の漢字のような対になっている漢字がどちらだかわからない。

自分の名前は書けるが両親の名前は書けない。
(話すことは出来る)

説明されたままを記憶している。

そして、そもそも文字がわからない。
目に映るその文字の読み方、書き方どころか、文字が頭に入ってこない。
線が動いて形が移動するように感じる。

縦線も横線もナナメの線も書けるし見えるのに、それが文字になるとわからなくなってしまう。


そうか、それであの文字だったのか。

紘子は合点がいったのだ。
どうやって教えてやったらいい?


帰りにそのんに寄ろうと思ったが、まっすぐ家に帰った。
たしか祖父の書斎に「読字障害」に関する蔵書があったはずだ。昔の本だがきっと何かヒントになることが書いてあるにちがいない。
祖父は何故読字障害の本などを持っていたのか。今さら思う。

「志野さん。只今戻りました。」

まだ夕方5時にもならないのに紘子が帰って来たので驚きながら志野は玄関に迎えに出た。
「早かったのね。」
紘子は「うん」とか「まあね」とか軽く返事をすると玄関にカバンを置き洗面所に行って顔と手を洗い、うがいをして居間に戻った。

「志野さん。おじいちゃんのお部屋の本を少し借りるわね。ちょっと調べたいことがあるの。」

二階に行く階段の途中で振り返った。

「志野さん。私ちょっと今日は晩御飯たべる時間がないかもしれない。」

階段の下で祖母がなにか言ったが、紘子は黙って二階にある祖父の書斎に向かった。
祖父の書斎は北向きの四畳半。
畳に座卓、ドア以外の壁は書籍で全て埋まっている。窓はあるが本棚の隙間から手を入れ解錠し、やっとのことで開けられる。
しばらくぶりに入った部屋の中は少し埃っぽく紘子はドアと窓を開け放った。
本棚は意外に整理されており、やはり国語教師だった祖父の本への思いは本物だったのだな。と、改めて確認した。

座卓のある壁と向かい合わせの本棚のいちばん上の段にそれはあった。
本棚にあったので、本だとばかり思っていたがそれは祖父の作ったファイルだった。
分厚いファイルの背表紙に書かれたタイトルは

吃音
読字障害

おそらく生徒にどちらか、もしくは両方の子どもがいたのだろう。祖父なりに勉強したのだな。と思いながらファイルを手に取った。
読めない、
書けない、
読めても、書けても、話せない。
生活するのに、どれが欠けても不便なものだ。

紘子はファイルを開いた。


……吃音……
吃音の生徒の担任となった。
しかし、彼は学校にあまり来ない。
どれほどの症状があるか確かめたいが、学校にしばらくぶりにやってきても誰と話すでもなく、わからない勉強を誰かに聞くでもなく
ただ、そこにいる。
その日の最後まで授業に居たためしがない。
いつの間にか帰宅している。
話をしなければ、
話をして、少しずつ周りと関わりを持てるように。


「日記?」
そう思ったがそのページ以外は、
吃音の子どもにどうやって訓練していくか。
吃音について。
親と子の関係性。
教師と子の関係性。
など専門的なことが綴られている。
おそらく、吃音のことを調べているうちに読字障害のことに触れ一緒に調べだしたのにちがいない。背表紙にあったとおり

……読字障害……
と書かれた中の仕切りが続けてあった。

吃音を調べていたら、
読字障害(ディスレクシア?)という症状があると知った。これについても調べていこうと思う。


「これだわ。」

紘子はファイルをしっかり持ってページを開いた。


つづく

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#三年生
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