Hameln 14
「ニャーン」
猫らしく鳴いた。
男の子はぼくの声を聞いて遊具の穴から顔を出した。
「おまえ、なにやってンだ?」
「ニャーン」
もう一度鳴いた。
「入れよ。寒いンだろ?」
足元の穴から遊具の中に潜り込む。
遊具の中は街灯の明かりがくりぬき窓から入り込みまるで万華鏡のようだった。
「ニャーン」
「来いよ。」
遊具の中で小さく座り込む男の子の足元に猫らしくすり寄って使い捨てカイロと、いい匂いのするマフラーにくるまってぼくは猫の振りをしたまま丸くなった。
「とうま。冬馬、って言うんだ。」
その時はじめて名前を知った。
疲れていたのか、それとも体力が落ちているのか冬馬はぼくをお腹に抱え、すやすやと眠りにつき、落ち着いた寝息が規則的に聞こえてきて僕も安心して冬馬の膝の上で眠った。
明るくなる前に出ていこう。
冬馬が願うなら、
ぼくは冬馬を連れ去ると決めた。
この前野原に連れ去った葉月のように。
葉月はぼくがはじめて「あの方」の野原に連れ去った、とても大人びた考え方を持っている小さなレディだ。
葉月が継父にされていることが最初なんだかわからなかった。たぶん葉月もよくはわからず、ただ「嫌だ嫌だ、嫌なんだ」という気持ちしか伝わって来なかった。どれだけ嫌なことをされているのかそれは葉月の言葉でわかった。
「猫さん。
猫さんがもしも、もしも。
猫なのに、ちゃんと猫だってわかってるのに、
"おまえは猫じゃない。おまえは悪いことしかできない悪魔だ。"
って毎日言われ続けたらどうする?」
「え?」
「悪魔だって、
悪魔を追い出してやる。
って言われるの。
あたしの中に悪魔なんかいない。
あたしは悪魔なんかじゃない。
毎日思ってた。
でも毎日言われる。
もしかしたら、自分ではニンゲンだって思ってるけど本当に悪魔だったらどうしよう。
言うことを聞かないとどんどん悪魔になっていってしまう。
それでずっと
嫌だったけれど、言う通りにしてた。」
その告白は誰にもしていないと、葉月は言った。
「お母さんが、」
話は続いた。
泣きながら、しゃくり上げながら、
どうにもならない状況をぼくに言った。
「お母さんは、
お父さんが大好きなんだよ。
お母さんがあたしに言ったの。
あの人があんたにしていることは
ホントはあの人があたしにする事なんだよ。
オトナになったら、そうやって
お互いホントに好きなのか確認するんだ。
でもあの人はあんたにする。
あの人は私ではなく
あんたに確認してるんだ。
なのに、あんたがちゃんと答えないから嫌なら嫌だと言わないからいつまでもつづくんだよ。
って。」
だから言ったのだ。
こんなことはやめてほしい。
お母さんはお父さんを大好きだから、お母さんの思いに答えてほしい。
「言っちゃだめだったんだって。
猫ちゃん。
そんなことを言っちゃうのが、あたしの中の悪魔なんだって。」
言ってはならないことを言ったから、葉月の母親はそれから葉月を無視するようになり継父からの行為はエスカレートしていった。
葉月の心は蝕まれ誰にも心を開かず、唯一安全な学校にもそのうち行けなくなった。ほんの半年も経たない間に。
「猫ちゃん。
あたしは悪魔なの?」
ぼくは否定するために葉月の顔を見ながら一生懸命頭を横に振ったが、葉月の目には涙がたくさん浮かんでいて、頭を振ったのを見えて居なかったかもしれない。葉月がいつもいる場所は住んでいたマンションの非常階段の途中だった。
葉月が住んでいた三階よりももっと上の階の階段に居てそこから下を見つめていた。マンションの裏手は林がありいつもそこでニンゲンになったりねこになったりしていたがすぐそばに葉月が居ることに気がつかず、葉月の方が僕を見つけた。
ある朝猫の姿のまま、葉月の住むマンションの非常階段の脇を通りぼくを求める子どもを探そうと街に向かって林を出た。階段が地上に付いてる踊り場で葉月は僕を待っていた。
「おいで。」
しゃがんで呼んだ。
「見えるの?」
驚いて話をしてしまった。
「しゃべれるの?!」
葉月はうれしそうにもう一度ぼくを呼んだ。そばに寄ると優しく抱き上げられ、葉月が一日の大半を過ごす非常階段の上の階に連れていかれた。
「あたし、
葉月って言うの。猫ちゃんは?」
「ニャーン」
猫らしく返事をした。
葉月は首をかしげ僕のひげを引っ張ったり、前足をムギュムギュしたり、長いしっぽをふわっと触ったりいろいろしたがぼくが「ニャーン」としか言わないので
「しゃべれるんじゃないの?」
とがっかりした。
「なんだ、話相手が出来たと思ったのに。」
とつとつと自分のことを話す葉月の顔をじっと見ていた。小学生の低学年だと聞いたのになんだかとても大人びた横顔で、週末お父さんがいない日の夜中お母さんがダイニングの椅子に腰掛け考え事をしていた時の顔を思い出した。
何日かそうして葉月の話を聞き静かに寄り添っていた朝、その日は朝から葉月は泣き顔でぼくは心配して葉月の涙をなめ取った。
「ありがと。猫ちゃん。」
そしてようやく全ての話を聞くことが出来た。
「葉月、行こう。」
声を掛けた。
Hameln 14
つづく
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