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Hameln 12


あれからどれくらいの時間が経過してるのかぼくにはまるでわからない。街の中の人混みに紛れ猫の姿のまま
駅前、
コンビニ前、
学校の敷地内、
商店街、
公園のジャングルジムのてっぺん。
ありとあらゆる所にぼくは立ってた。
中にはぼくの姿が見える人が何人か居て、周りの人には見えていないぼくを見えてる人が驚愕したのがわかった。
大人も、子どももいた。
子どもはおそらく今何か悲しい思いをしながら暮らしている子。
大人は子どもだった頃「経験」したことがある人。

ぼくは街中に立っていた。

あの日、
空から「あの方」が降りてきて、ぼくを救い出してくれた、7月最後の雨の夕方。今度はぼくが誰かを救う。苦しい思いをしている子ども達を一人でも多くあの野原に連れていき、綿毛に戻す。
「あの方」は言う。

ニンゲンは綿毛で居たときのことを覚えていない。
小さな綿毛の中にそのいのちがあったことを誰も覚えていない。
子どもに悪さをする大人達も昔は「あの方」の国からやってきた綿毛だったし、誰もそんなニンゲンに育っていることは知らない。うっかり、本当にうっかりと思ってもいない大人に引き寄せられ魂の片割れでもなんでもないが、その大人もぜんぜんそんなことをするようなニンゲンでなかったとしても、タイミングと勢いと何かのきっかけで始まったら止まらない連鎖の中に放りこまれ不幸な事態に変わってく。
そういう子どもを助けたい。
ぼくは「あの方」に言った。
そして叶った。
やっと一人、成功した。
あの子は今「あの方」の野原の上で心を休め、温かな空気の中で毎日綿毛達と遊んでいる。そして自分で決めるのだ、綿毛になってやり直すか元の姿のままやり直すか。
ぼくがしたことは、助けを求めたあの子に手を貸しあの野原に連れて行っただけ。
「連れて行って」と願ったぼくを野原に戻してくれた「あの方」と同じ。
「たすけて」の声を拾い手を貸し、その先を決めるのは本人。それはなんら変わりがない。
あの女の子が何を選ぶかはあの女の子次第だ。何年かかっても癒える傷ではないかもしれない。だからと言って何も聞かずに綿毛に戻すことなんか出来ない。
「自分で決める」
それはいちばん利に叶った方法なはずだ。誰も急かしたり泣かせたりしない「あの方」の国は静かな国なのだ。


りくは今、公園のベンチに座る少年を見ている。
冬の午後の日差しがちょうどベンチの上にいる少年の足元を照らしている。この町の西側には大きな森があり何をするのにも便利だとりくは町の様子をずっと見ていた。森には不穏な空気が入り交じり、誰も彼もを受け付けるような場所ではなく、きっとここにも何か因縁があるのだとりくは思ったが、それ以外でも町の中をうろついた。一日どれだけ歩いても疲れたり立ち止まりたくなったりしない。時々どこかの家の庭に生えた木の下に入り右目を閉じたり
左目を閉じたりしながら
空を仰ぐ。
あの頃を思い出して。
そしていつも思うのだ、

「空は青い。
ぼくは真実の姿を貰って自由になれた。」

そして二人目を見つけた。

やっと見つけたとたん、公園に現れなくなり心配していた。森に帰り「ささやかなるものの姿に戻って」毎日猫の姿のまま、公園にいた。
学校帰り大きな子も小さな子もこの近所の子ども達はこの公園で遊んでいる。
あの子が公園に来なくなってだいぶ経ち少しあきらめかけた頃、やっと戻ってきた。
遠くからあの子の姿を右目で見つめた。

真実を見極める、緑色の右目で。

そうか、だから公園に来れなかったのか。

再び見つけてから少し経った日の真夜中、後ろを振り返りながら寒そうに公園に現れたあの子は公園の遊具の中にもぐり込みカチカチと鳴る自分の顎を両手で押さえじっとしていた。
何かあったのだと思ったぼくは、あの子の前に進み出た。

「ニャーン」

「おまえ、一匹?」

「ニャーン」

「来いよ。寒いだろ?」

「ニャーン」

その晩、寄り添って眠った。
ぼくはあの子の持っていたいい匂いのする長くて大きなマフラ―にふたりぐるぐる巻きになって、あの子の持っていた使い捨てカイロの温かさに少しホッとして遊具の中で眠った。
久しぶりの深い、深い眠りだった。
その翌日の夕方、ぼくはもう一度あの子と接触を試みた。真実を見極めるぼくの緑の右目がやはりこの子の危険な立ち位置を知らせてくれる。
殴られたのか、
それとも踏みつけられたのか、
洋服に隠れて見えない位置にも、寧ろそちらの方が傷やアザが多い。長いこと消えない大きなアザが右の鎖骨の辺りにくっきりと残り、引きずられるときはいつもあそこを握られているのだとわかる。指の形が食い込むように出来たアザ。

「おまえ言葉がわかるのか。」

「ニャーン」

「はいなら一回、いいえなら二回。」

「ニャーン」

少し話をした。
その次の日の晩またあの子と眠った。
そして、二回目に遊具の中で眠った夜にぼくはあの子に声をかけた。


「冬馬、起きて。」
寝ぼけ眼でぼくを見る冬馬の目が輝きだし、ぼくの体をしっかり抱き寄せると冬馬は「ゆ、ゆめ?!」と言って自分の目の高さにまで僕を持ち上げしっかりと顔を見た。
遊具の中の少しの隙間で丸くなって座り込む。
遊具に空いた大きさの違う丸いくりぬき窓から冷たい夜風と暗い夜空の小さな星と街灯から漏れる小さな明かりがぼくと冬馬を静かに照らす。
遊具の中はまるで万華鏡のようだった。

「冬馬。ぼくは知ってる。
君の家で何が起きているのか。」

その言葉に冬馬はぼくを放り投げた。

「おまえ、味方じゃないのか。
ぼくの家のこと知ってるって、何を知ってるんだよ。」

「ニャーン」

「ねこの振り、するなよ!」

出来るかどうかわからなかったけれど、公園のブランコの脇にある大きな桜の木の下に行って
「ささやかなるものの声を聞け」
とつぶやいた。
冬馬の小さな指が遊具のくりぬき窓の縁を掴み目玉が僕を追って桜の木の下まで視線を届けた。
声までは聞こえなかったと思う。

サヤサヤと風が吹いてきて葉っぱの落ちた桜の木の枝を揺すった。
つかの間ぼくは居なくなる。
風がぼくの周りをぐるりと周り螺旋状になって上へ上へ吹き上がるとぼくはニンゲンの姿に戻る。
約束があった。
姿を変えるときの約束。
それが出来ればどんな木の下でもいいのだろうか。
今日はたまたまか。


Hameln 12
つづく


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