旅人は音楽に救われる|アイルランド・ダブリンひとり旅
昨年は夏から半年ほど、ヨーロッパのいくつかの国を転々としていた。
バックパック一つで旅をする。当初はそんな自由な暮らしに“home”を感じられると期待していたものの、家を持たずに異国で不安定な旅人生活を続けることに、限界を感じ始めていた。
旅が最も辛く、苦しかったのは、アイルランドにいた頃。
大好きだった文章を書くこともできなくなり、言葉が頭に降ってくる感覚を失ってしまった。

美しい自然がすぐそばにあるのに、言葉にできないもどかしい毎日。
そんな中で、首都ダブリンを訪れる機会があった。
伝統音楽フェスティバル
アイルランドには、即興で集まった音楽家たちが伝統音楽を奏でる文化がある。
その日、街ではそうした伝統音楽を楽しむための Dublin City Fleadh(ダブリン・シティ・フレイド)が開催されていた。

広場に用意されたいくつものステージでは、朝から夕方までさまざまなコンサートが開かれ、一日中、街に軽快な音楽が響く。
それに合わせて身体を揺らす人々。
時折、ステージとは別の場所でも音楽が始まる。
麦わらで編まれた帽子やマスクを身につけた人々が、楽器を演奏しながら街中を巡る。
大きな太鼓の周りに人が集まり、みんなで叩きながらぐるぐると輪になって回る。
街全体が、一つのステージのようだった。


音楽が教えてくれたこと
一番大きなステージに戻ると、たくさんの人が集まっていた。
どうやら、アイルランドの伝統音楽界で有名な Frankie Gavin と Noel Hill の演奏が始まるらしい。
一曲目が始まってすぐに、明らかな違いを感じた。
バイオリンの心地よい音色。
アコーディオンが軽やかにリズムを作り出し、会場全体が彼らのテンポにのって一つになっていく魔法のような演奏。
私は一瞬にしてその音に引き込まれた。
子どもたちは輪になって踊り、車椅子に座っていた女性は少し立ち上がって身体を揺らす。
私の耳には新しいはずの伝統音楽が、軽快に旅に寄り添う。
彼らの音楽に心を動かし、
「あ、まだ私の中にも感受性が残っていたんだな」
と思って、安心した。
そして、外側の“home”を失った時にも、音楽は私に“home”を感じさせてくれることに気づいた。
忘れられない誕生日
コンサートの中盤、曲の最中に誰かへ向けてバースデーソングのアレンジが入った。
音楽仲間かスタッフの誰かが誕生日だったのかもしれない。
すると前の方で車椅子の上で身体を揺らしていた女性が、嬉しそうに
「今日、私も誕生日なのよ!」
とステージへ向かって声をかけた。
一時間の演奏はあっという間だった。
演奏後、その女性に「Happy Birthday」と声をかけると、とても喜んでくれて、
「帰ったら、良いコーヒーを飲むのよ」
と教えてくれた。
素敵な誕生日だな、と思った。
ステージ上の彼らに「Thank you」と伝えると、Noel Hill が日本語で「いただきます」と返してくれた。
それには思わず笑ってしまった。
音楽という“home”
旅がいつも楽しいわけじゃない。
苦しくて、自分を見失うこともあった。
それでも、こうした瞬間に出会えるから、私はまた旅に出たくなる。
もうすぐ、旅を終える予定だ。
けれど、きっとまたいつか、旅をするだろう。
そう思えるのは、旅の途中で出会う人、景色、音楽が、昨日よりも世界を少し、愛おしくさせるから。
次に旅するその日まで。
あの日、誕生日を迎えた女性のように、日常の中にも愛しいものを育てていきたい。

旅と音楽の話は、以下の記事にも書いてます。
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