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そんな風に笑って 小説 第四話

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気まずい……
こんなに人を無視できることってできるのか、俺は
彼女の新人類ぶりに取りつく島がなかった。

誤魔化すようにできるだけゆっくりとした動作でコーヒーを飲むがもうカップの白い肌が顔を出していた。

「早く来てくれ~」と内心手を合わせているうちにようやく中浦が来た。

「おつかれ~神原主任はまだ?」

「お、おつかれ!まだ俺と高山さんの二人だけ」

「おぉ元気やな。仲直りはしたんか?」

「そもそも喧嘩してないけど」

高山さんは俺が言うよりも早くに答えた。顔を動かすことな高山さんはキーボードを叩きながら毅然とした態度で答えた。
切れてはいるじゃん……そんな言葉はぐっとこらえて「へへっ」と情けない笑い声を出した。

「ふーん。なんにせよ今日である程度の役割分担を決めていこか」

少し遅れて神原が来てようやく昨日の続きが始まった。

「僕と中浦君の割り振りは昨日決めたものでいいと思う。
大まかなスライド作りは僕がやるから他の資料や参考になる物を集めるのは中浦君が主体的に動いてもらうのがいいね。中浦君はそれでも大丈夫?」

「俺はそれで大丈夫ですよ」

昨日の役割分担は後味の悪いもので終わったが、すべてが悪いわけでは無かった。
中浦と神原主任の分担はスムーズに決まったが昨日の喧嘩の本題、『発表』と『デザイン』の分担についてとなると神原主任は考え込んでいた。

「どうしようか、正直言うとね安田君にやってほしいんだけどね……どうかな?」
神原主任に「やれ」といわれたら有無を言わさずやるしかないのにもかかわらずこうして話し合うことに重きを置いてくれていることに公平なグループであることを尊重していることわかる。

「まぁ無理はさせたくないからリレー式で発表するのも…」

「あの…俺します」

「すんの!?」

「いや、なんかさこのまま自分のせいで時間割くのは嫌だし……」

「あんだけ嫌言うてたのに?」

「そこはわがままだけじゃいけないかなって思って」

「安田君、本当に大丈夫?」

「大丈夫ですよ!ちゃんとしてみせます!」

神原主任と中浦は怪訝そうな顔をしていたがこれ以上自分のせいで空気が淀むことが嫌だった。
発表さえすれば、できるだけ単純な問題だと言い聞かせてしまえばこの場は丸く収まる。
カラ元気のように明るく返事した俺に中浦はまだ何か言いたげに眉間にしわを寄せていたが俺は彼から目を逸らした。

「……じゃあ安田君が発表でいこうか」

「はい頑張ります!あとはデザインですよね、どうします?」

「高山がやりたい言ってましたし、どうなん高山?」

「やる」

彼女は昨日と変わらずに確信に満ちた返事を最短で返した。
しかし俺も含めた三人はどうしても懐疑的になってしまう。
『デザイン』そもそもそんなすぐにデザインなんて浮かぶようなことは無いからここで躓く人も多いだろう。

ほとんどは営業課から出ていること、いくつか商品開発の人もいるらしいがこちらは全員営業畑の人間なのは不利な話だ。

にもかかわらず高山さんは何の迷いもなく返事をした。
「前にそんな感じのこととかしてたの?」

「まぁ多少は」

そういうと紺色のリュックの背中のチャックを開くと黒い一冊のノートと取り出した。
そこには鉛筆で書かかれた可愛らしい二頭身の動物がいた。
そのどれもが彼女のオリジナルであろう、見慣れないものばかりだった。
ラフに書かれたものはどれも詳細な説明まで書かれ、ご丁寧にプロフィールまでまとめられていた。

「え、すげえ」

「うわ、めちゃかわいいやん」

「おぉ」

俺も含め三人は感嘆の声を漏らし彼女のイラストに好意的な反応だった。
皆の称賛に対して小さくお辞儀をすると彼女はすました顔で続けた。

「まだ試作ですけどけれどここから何かブラッシュアップするようなものがあればお願いします」

「そうやな、高山さんほど絵のことは知らんけど、いいかもしれんな」

「かなりクオリティ高いよね。昨日はごめんね、確かにここまで出来るなら高山さんが適任だ、これでデザインはなんとかなるね」

「いやぁこれは一位取れるでしょ!」

「ありがとうございます……」

高山さんは皆の予想以上の称賛に顔を伏ていた。
普段からそつなくこなすイメージがあるのに褒められることに慣れていないのだろうか。
耳が赤くなっている。そんな高山さんを見ると俺は微笑ましい気持ちになった。

昨日のアレは何だったのかと思う程の役割分担はスムーズに決まり打ち合わせ自体はすぐに終わった。



安田が発表。私がデザイン、と無事に役割分担が済んだ。

皆が意気揚々と帰る支度を進める中、例に漏れず私も浮足立つ気持ちがあった。
ここまでの評価は予想外でまだ顔が熱かった。


「高山さん」

「はい?」

「あ、いきなりごめん」
失礼だと思うなら話しかけないでほしい。
チームの一人を邪険に扱う必要もないので私は返事をした。

「どうしましたか?」

「いや。あのさ、すごい良かった!」

「何がですか?」

「イラスト!」

「あぁどうも」

「なんかめちゃくちゃ可愛かったし本物のマスコットみたいでやばかった!昔なんかしてたって言ってたけどそういうのしてたの?」

「まぁ美術部にいたので…」

「おぉ!」

やたら高いテンションと代名詞の多い言葉に頭が痛くなる。

「同じチームでよかった!がんばろな!俺も頑張る!」
なんなんだ……まぁ悪い気はしないけど……

「あ、うん」

伏せがちに答えるとそれで満足したのか安田は跳ね上がるボールのように嬉しそうにしていた。
こちらが気恥ずかしくなる。
別に自分のことでもないのに何がそんなに嬉しいのだろう。

「あのさ、この後皆で飲みに行かない?今まで高山さんとこうして話すことなんてなかったのから改めてよろしく的な?」

「え、」

「もちろん嫌なら大丈夫やけど…あ、でも他の二人も来るからさ!」

普段は仕事を終えたらすぐに家に帰って少しでも自分の時間を過ごしていることに予想外の予定が入った。
入社してしばらくはそのように誘われても「やることがあるので帰ります」と何度か断ってからは誘われることが無かったので久しぶりに誘われた。 

「やることがあるので…」

「え~そんな遅くないから!大丈夫!俺も高山さんのこと知りたいし多分面白いと思い人やと思うんだよな!一杯だけ!」

なかなか引き下がってくれないなこいつ。どう返していいのかわからないまま、まごついていると中浦も安田に助け船を出しやがった。

「まあ一回くらい来たらいいんちゃう?神原主任も行きたい言うてるしなんかこの後あるの?」

「特には……」

「よかった!おいしいところあるから行こ行こ!」

つくづく噛み合わないと思いつつも私は久しぶりに流れに身を任せた。







会社の最寄り駅の地下には露天式の居酒屋がいくつも並んでいた。
スーツ姿の人たちはまだ早い時間にも関わらず楽しそうに顔を赤くしている。
アルコールの香りが漂う中、露店の店を抜けると薄い木目の引き戸式のドアがある所に着いた。

小奇麗にまとまった暖かい木目調の居酒屋は高山さんの想像しているものと違っていたのか目を見開いてあたりをきょろきょろ見回していた。
俺は少し鼻が高くなり意気揚々と案内した。
ドアを開けると学生だろう、黒い髪をひとくくりにした女性が歯切れのよい優しい声で「いらっしゃいませ」と迎え入れカウンターを囲まれているところには焼き鳥を焼いている男性の姿が見えた。
カウンターには女性同士でにぎわう姿もあり手元にはカクテルであろうお酒を飲み、焼き鳥をついばんでいる。

半分だけ吹きさらされた暖色の光が落ちる四人掛けのテーブルに案内されようやく一息ついた。

「では改めて!カンパーイ!」

一人場違いな声量に中浦は笑う。
「お前おったら店の雰囲気台無しやな~」

そのまま静かで優しい賑わいの中に四人も混じった。

並べられたグラスが二、三度ほど形を変える頃、鳥の炭火焼をつつきながら神原は口を開いた。

「そういえば君たちはどうしてここに就いたの?」
「俺は大学のおすすめの就職先でここがええよ~いわれてですかね~」
「評判はいいもんね」とははっと軽く笑う神原が高山の方を見ると面接時の返答のような言葉選びで話した。

「私はこの会社に将来性があること、そして私のやりたいことに一番近いかからです」
「そんなかしこまらなくていいよ人事に話すようなことなんてないんだし。あくまで世間話の一つして砕けてもらって大丈夫だよ」

上司と飲むことがほとんどなかった高山のぎこちない姿微笑ましいく顔をゆがめて声を掛けるとシュンと背中を丸めた。丸めた姿にまた俺たちは噴き出した。

「今回のコンペってなんか変ですね」

「まあねぇ。案外初めての試みみたいだし。営業の人間は営業だけ。企画の人は企画だけって考えからかけ離れたことだからね」

「俺らがコンペで頑張ったらなんかインセンティブみたいなんあるんですかね」

すっかりこてこての関西弁になっている中浦と心地よさそうに目を細める神原主任が他愛なく話していると、カシスオレンジに口をつけた高山さんが仕事の時と違い小さく口を開いて消え入りそうな声で話し始めた。

「あの……実は今回のコンペで異動できるという噂があったので。それで結果を残したくて」

「異動できるんすか?」

「ん~内緒だけどそのような話はあるかな。本人の希望になるけどね」

「高山さんって企画に異動したかったんだ」

お酒のせいか、少し饒舌になり始めた高山さんは口調も砕けてきた。

「うん…昔美術部にいたんですけど、その時からずっと何か絵を描きたい気持ちがあって、ほんとは入社を希望したのも商品企画に入りたかったんです。そして今回こうしてチャンスが来たので…」

口をすぼめながらも言葉に残す彼女は顔を上げて俺たちを見まわして姿勢を正した。

「皆さんにとってはただの一つの企画かもしれませんが、お願いします。訪れたチャンスなんです。どうかお力添えください」

ぽつりぽつりと肩を縮めて夢を語る彼女の声は喧騒の中にも関わらずはっきりと聞き取ることができた。
少しでも手を伸ばそうとするまっすぐな言葉は小さい音ながらも耳に反響した。

俺は昔からある物って何だろうと考える。
自己投影した物が見当たらないことに気付くと震える体はおとなしくなっていた。

「ええやん俺なんか今何したいかわからんけどな。今は主任目指して売上、
上げてやりますよ」

「心強いねぇ。いつでも変わるよ」
眼鏡を曇らせて笑う神原主任は中浦の言葉を嬉しそうに聞いていた。

「神原主任は何か夢みたいなものってありました?」

腰掛けていた神原主任はハイボールの入ったグラスを持ったまま机に肘掛けると小さくうなり、微笑みを携えて顔を上げた。

「家族が健康ならいいかな。僕もこうしてもう十年になるけどこうして奥さんと子供に恵まれているからねそれが今は生きがいになっているよ。ほら、見てよ」

ポケットから取り出したスマホのロック画面には歯の抜けた女の子が笑っていた。

「かわいい…」

「でしょ!この顔見たらもう疲れ吹っ飛ぶよ~」

高山さんの本音が漏れると神原主任はふくよかな体を揺らした。スマホをポケットに戻すときに見た薬指の指輪が光を目いっぱい反射して眩しいくらいだった。

「俺もそうだなぁ。高山さんみたいにやることがはっきりしてるってすごい素敵だと思う」

「あんなけ可愛いの書くならもっと笑ったらええのに全然笑わんねん。緊張してんの?」

「うるさい中浦」

「うわー冷たっ優しくしてくれよ暖かい春海ちゃんになって~」

大げさに胸を抑える中浦に高山さんはむすっとした顔のまま皿にあったつくねの串を中浦の取り皿に置いた。

「やった~!って冷めてるやんか…」

二人のやり取りに俺も神原主任も笑った。

「仲、いいんだな」

何の気なしに言った言葉は音にすると少し寂しそうに聞こえた気がした。

「まぁ同じ部署にもおったらそんな多少は話すからな」

「こいつうるさいだけだし」

「そんなうるさないやろ」

「いつもうるさい。その関西弁が目立つ」

「アイデンティティやぞ、仕事中はうまくしてるわ!」

「時々出てるけどね」

「え、嘘?」

高山の冷静なツッコミに中浦はおちゃらけて口を抑える素振りをした。

「確かに仲いいねぇ。高山さんってあまり話すイメージがなかったけど中浦君と話すときは少し楽しそうだね」

「いえ、別に、たまたま中浦が同じ同期ってだけで……」

二人とも営業の花形である第一課にいてイケメンで面白い上に仕事中は綺麗な標準語を話せる器用な面を持つ中浦。
そして入社当時は口説かれてもバッサリと冷たく断りすぐに高嶺の花を認定された高山さん。
憧れのビジネスマンと言われると俺は真っ先にこの二人を想像するだろう。

正にお似合いの二人だ。

「そうかなぁ?中浦君だけ呼び捨てなのも親密度が伺えるよ。ね、安田君」

「え?あぁそうですよね~お似合い的な奴ですね」

不意に振られたふりに自分の上唇を舐めて話した。

「そんなわけないから」

冷や水を掛けられたような言葉にまた唇を舐める。

「じょ、冗談だよ~」
ふざけた誠意いっぱいの『冗談』は高山さんは返事をしなかった。

「そう見えても困りますわぁ俺も忙しいからなぁ」

「うるさい中浦」

冷えた言葉を浴びせられたのに顔に熱い。
席を立つこともできずに俺はBGMのように相槌を打つことしかできなかった。
もっと中浦みたいにうまく話せたら、高山さんみたいにまっすぐ意見を言えたらそんなことを考え出す自分に嫌気がさしてきた。

「すいません~『生』をメガジョッキで」

「おぉ、よく飲むねぇ」

神原主任の言葉に俺は笑顔を作ったのかもしれない。

「やっぱ飲まないとやってられないすよ~」

ほんのり熱がこもる体に暖色の光がやけに眩しく煩わしい。

喧騒の賑わいに乗じてはしゃいだ自分は滑稽に映ることを願った。踊るように声を上げて笑う度に胸には鈍いものがまとわりつく。

その後はどんなことを話したのだろうかあまり覚えていない。
翌日覚えていたのは無理して釣り上げた頬がひきつった後の違和感だけだった。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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