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裁判傍聴がやめられない理由

ディズニーランドよりエンタメ!?リアルな人間ドラマが詰まっている現場

「え、裁判所? なんでそんなところ行くの?」
裁判傍聴に行った話をすると、周りからだいたいこの反応が返ってきます。

でも、私にとって裁判所はディズニーランドよりワクワクする人間観察の場所。現実でしか味わえない、生身の人間のストーリーがぎゅっと詰まった場所なんです。

チケット詐欺と窃盗の事件

最近傍聴したのは、ある女性被告Aの裁判でした。彼女の罪状は、SNS上でのチケット詐欺と、複数のコンビニでの窃盗。やり方も手口もパターン化されていて、「実質的には常習犯」という印象。

たとえばこんなことが起きていました。
推し活仲間を騙す
SNSで知り合ったBさんから「チケットがある」と偽って代金を騙し取り、渡す段になると「私も貰う予定だったCさんからチケットを渡されていない、だから私も被害者」と言い出して返金もしてくれない。
納得いかないBさんはSNSで被害を報告したところ、同様の被害者が名乗り上げ今回の事件が発覚した。

コンビニ勤務中の犯行
単発バイトアプリに母親名義で登録して働き、レジの公共料金やギフトカードをポケットに入れたまま「体調不良」で早退。その後、自宅でギフトカードを即チャージして推し活代に使ったそうだ。
コンビニ側は当然収支が合わないので、防犯カメラをチェックする。すると彼女がポケットに現金やギフトカードを入れる姿がバッチリ映っている。
(いやいや、盗む前に犯行現場録画されちゃうって分かるよね?と彼女にツッコミたい)
犯行に及ぶと彼女はバイトに行かなくなり、そして次のバイト先でも同じ手口を繰り返す。まさにバイト先ホッパーだ。

被告の様子に感じた違和感

驚いたのは彼女の法廷での佇まい。
黒髪ロング、毛玉だらけのカーディガン、色褪せたジーパンにくたびれたスニーカー。椅子の背もたれに所在なさげに寄りかかり、背中を丸めて座る様子は、見た目だけなら気弱な10代の女子のよう。
毛玉まみれのカーディガンにジーパンって、、、反省した姿を見せて量刑を少しでも軽くしようと思わないのか?そもそもそんなことを考える余裕もない生活なのか?
裁判官に対する返事もか細くて、とても40代とは思えない印象でした。

「なぜこんなことを?」が気になる

裁判を見ていると、怒りというより「なぜこの人はこうなったのか?」という思いが先に立ちます。
家庭環境は? 心理状態は? 彼女は本当に事件の内容を理解しているの?
裁判官や検察官、弁護士の会話に対しても、Aはほとんど無反応。自分の裁判なのにどこか他人ごとのような感じ。
自分の客観的状況をまるで把握していないように見えました。

被告の母親にも感じた違和感

Aは「今自分の口座が使えない」と母親に頼んで、借りた母親名義の口座を推し活詐欺の入金先に利用。また単発バイトのアプリに登録して働いていました。
え、母親もそこでホイホイと自分の口座を貸す?
「口座が使えないって、あんた何しでかしたのっ!?」って親としては突っ込むところじゃない?
銀行口座か使えないってことは、何かしらの理由(多重債務、犯罪等)で銀行口座が凍結したと考えてないのかしら?
何故母親は娘の娘の銀行口座が使えないのか考えもしないで、自分の口座を貸してしまうのか?裏側にある問題に親子関係や感覚のズレも、この事件の裏側を感じさせる部分でした。

人間ドラマの宝庫

裁判所は、人間の弱さ、愚かさ、そして時に救いの場でもあります。
一つひとつの事件が、単なる「ニュース」ではなく、背景にある人間模様がとてもリアル。

そして私自身、こういう裁判を観察することで、見抜く力」「想像する力」が磨かれていくのを感じます。

さいごに

傍聴席で周りを見渡すと、何となく来てるだけの人もいれば、淡々とメモを取る人もいます。もちろん多分被害者なのかなって人も。
私はと言えば、毎回全身全霊で「観察&洞察」。
周りからは変わり者扱いされますが、私にとってはこれ以上ない学びの場。人と事件があるだけドラマも多い。

学校の勉強は苦手だったけどね(笑)

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