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「甘え」じゃなかった──働けない同期のことを、私は何も知らなかった

「なんであの人、ちゃんとできないんだろう」
職場で、そんな風にイライラした経験はありませんか?


私にも、そう思っていた同期がいました。
でも今思えば、それは「甘え」じゃなく、「できなかった」だけかもしれない──。
そんな風に思えるようになったのは、『貧困と脳』(鈴木大介)という一冊の本を読んだことがきっかけでした。




彼は、私の同期だった。
技術職として入社し、最初は真面目に働いていたけれど、ある時期から遅刻を繰り返すようになり、会社に来なくなった。

その後、休職を経て社内で職種を変え、PCの設定やトラブル対応といった“得意分野”に配置された。
軽めの仕事で、彼にとってやりやすいように見えた。

でも、問題は変わらなかった。
遅刻、欠勤、納期遅れ。
そのうえ本人はまるで深刻さがなく、「昨日、夜中までゲームしてて」と笑って話すこともあった。

私は、内心イライラしていた。
「好きな仕事なのに、なんでちゃんとやらないの?」
「社会人として甘えすぎじゃない?」
「遅れて来たあげく、なんで夜中まで遊んでたこというかな?」

とはいえ、私は彼の直属の上司でもないし、実害を受けたわけでもない。
それでも、見えすぎる距離にいたからこそ、モヤモヤはずっと残っていた。



そんな彼のことを、ふと思い出したのは、
鈴木大介さんの『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』という本を読んだときだった。この著者は自身が高次脳機能障害を負ったことで、以前は当たり前にできたタスク(約束を守る、物事の段取りを組む、文章を読むなどが)極めて困難になった経験を赤裸々に記したものだ。

この本では、病気や過度のストレス、発達障害で脳の機能が低下すると
「やらなきゃ」とわかっていても“実行に移せない状態”になることがあると書かれていた。

それはもう、怠けや意思の弱さではなく、
「脳の遂行機能がうまく働かない」という、
周りからは“見えない障害”のようなもの。

• 計画が立てられない
• 未来へのイメージが持てない
• 目先の快楽に流されてしまう
• 大事な手続きも後回しにしてしまう

──それらが、本人の性格や努力だけではどうにもならないことがある。

読みながら、彼の姿とぴたりと重なった。



もちろん、彼が本当にそうだったかは分からない。
でも、「自分に甘いだけだ」と切り捨てた過去の自分の視野が、
いかに狭かったかに気づかされた。

そして、私自身にも思い当たる節があった。
• やるべきことが山積みなのに、何も手をつけられなかったとき
• 小さな失敗を重ねて、「自分はダメだ」と決めつけたくなった瞬間

あの彼と私、そんなに遠くなかったのかもしれない。



彼はその後、退職し、地元の市役所で元気に働いているらしい。
環境が変わり、役割が変われば、人は再び自分を取り戻せるのかもしれない。
それを知って、少しだけ救われたような気がした。



これからまた、あの頃の彼のような人に出会うことがあるかもしれない。
正直、またイライラするかもしれない。
でもそのとき私は、少し立ち止まって考えたい。

「やらない」のではなく、「やれない」だけかもしれない──と。

無理に助ける必要はないけれど、
切り捨てる前に一呼吸置ける自分でいたいと思う。




“理解しようとすること”が、最初のやさしさかもしれない。


最後まで読んでいただきありがとうございました。
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今回参考にした本
貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」 (幻冬舎新書 751) | 鈴木大介 | | 通販 | Amazon

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