会計は会社の心臓 ―仕訳と数字に命をかける人たち ‖ #04-仕組み屋の記録帖
谷川です。
今回は「もっと成長したい」と
はじめて自分の口で言った頃の話です。
※今回の登場人物はすべて仮名&
当時の雰囲気からフィクション交じりでつけています。
どうか広い心でお許しください🙏
🧑🤝🧑登場人物紹介はこちら
👇️前回の話はこちら
📝今回のお話について
💓「開発の最前線にもっと近づきたい」
当時の私は大阪本社所属。
出張で関わることになった
ERP開発の最前線に立つ東京チーム――。
BrillanIT(ブリラント)
開発元のソリダテック社内の
「辣腕マネ」の日野さんが率いる現場は
空気がまるで違っていました。
静かだけど、速い。
厳しいけど、合理的。
大阪に戻る日が近づく度に
どこか物足りなさを感じる自分がいて。
「開発の最前線にもっと近づきたい」
そんな気持ちが
はっきりと言葉になるようになっていました。
✈️ 東京転勤という選択
「今後、どうしたい?」
東京常駐メンバーを
増やしたい話も聞いてて
大阪に戻るか、東京にいるか。
意外と迷わず、私は答えました。
「ソリダさんで、
もっと一緒に仕事がしたいです。
東京転勤でお願いします!!」
その数カ月後――
東京転勤が決まり
私はソリダ開発チーム
会計ユニットの実装担当へ配属されました。
🌪 Tempesta 4.0 プロジェクト開幕
配属からしばらく経った頃
嵐吹き荒れる
Tempesta(テンペスタ)4.0
機能アップ プロジェクトがスタート。
私が担当することになったのは
仕訳入力画面。
入力制御の見直し
項目30個追加
工数:2ヶ月
いわば、会計の“心臓部”の画面です。
💥 辣腕マネからの一言
修正内容の説明時、
「辣腕マネ」日野さんからこう言われました。
「経理は会社の要。
仕訳入力画面を落としたら
システム自体の信用がなくなる。
だから
信頼してる人にしか託さへん。頼んだで!!」
⋯ 一瞬で背筋が凍りました。
📄 渡された設計書と現実
受け取った設計書とテスト仕様書。
テスト項目数は 300以上。
目の前がクラクラ。
💻 コードを開いた瞬間、絶望
受け取った設計書を読み込み
早速、画面修正から開発開始。
「イメージできた!
レイアウト通りに画面も引けた!!」
よし、いけそう。
と、画面制御のプログラムを開いた瞬間。
○○マスタが××の場合はA
△△区分が□□ならB
ただし◯◯かつ▲▲のときはC……
複雑怪奇な条件分岐の迷宮。
気づけば、1万ステップ超。
お、終わった⋯😇
さよなら、私の平穏な日々。
素直に絶望しました。
🧠 それでも、やるしかない
でも、嘆いても仕方がありません。
プログラムを見ながら
「ここは書き換えが必要」
「ここは影響なし」
デバッガを追い
一つずつ条件を確認、コード修正。
「よし、これでいいかな〜」
そう思って、デバッグ実行。
❌ 画面、真っ白
画面が真っ白。
私の頭も真っ白。
「えっ、どこ??」
大慌てで修正。
再実行。
真っ白。
うわー、マジで?!
書き直しては真っ白。
書き直しては真っ白。
気づけば23時半。
終電まで、残り10分。
先がまったく見えない😇
🥊第二ラウンドは単体テスト
そして2週間後
なんとか実装が終わり単体テストへ。
「よし、形にはなった。
早速、動かしてエビデンスを取ろう」
項目Xの場合の動きを確認と。
ポチッ。
❌ 今度はエラー
出てきたのはエラー画面。
私の頭の中もエラーだらけ。
書き直してはエラー。
書き直してはエラー。
テストも振り出しに…😇
このエラー、もう見飽きたつーの。
こうして私は
終電組常連になりました。
トホホ。
🔴 最終関門は受入試験
連夜終電でヘロヘロになりながら
なんとか1ヶ月半。
単体テストも全終了。
残すは 最終関門・日野さんの受入テスト。
「ここまでやったし、さすがに大丈夫!」
そう思った、その瞬間。
「谷川ちゃん、
テスト仕様にないけど
このパターン、漏れてるよ」
印刷された仕訳入力画面に
真っ赤な赤入れ。
私の顔も恥ずかしさで真っ赤😇
書き直しては赤入れ。
書き直しては赤入れ。
正直、もう心が折れそうな毎日でした。
🔥 数字に命をかける人たち
そんな中
隣で受入テストをしてくださっている
日野さんがこう言いました。
「仕訳入力画面は
会社を守る経理さんが使う画面。
経理は命かけて数字を合わせてる。
絶対、1円でも数字は狂わせたらあかん。
だから
今わかるパターンを全部洗い出して
不具合ゼロを目指すで。 」
「⋯はい!!」
その一言で気が引き締まりました。

日野さんのこの言葉は
今も私の中に残っています。
現場、経理、システム。
立場は違っても
一つ一つの数字を
みんなで作り上げていく。
数字を守るために
その時、自分にできる最善を尽くす。
今の私が現場で大切にしている姿勢は
このとき、ここで教わったものです。
🏁 ギリギリのゴール
ラストスパート。
そして――
ソース凍結日ギリギリ。
滑り込みセーフ!!!
Tempesta4.0 リリース完了後
ソリダ開発チームで打ち上げ🍷
みんなの兄貴分
⚓️赤木さんは大阪本社へ栄転。
私は東京に残り、春を迎えました。
後輩を受け持つことになり、
日野さんと呼吸を合わせながら
会計まわりの保守と小バージョン対応を担当。
しんどいけれど
確かな充実感のある日々でした。
🛑そして、突然のブレーキ
そんなある日。
「あれ、左脇腹が⋯」
深夜に突然の激痛。
翌朝病院に駆け込むと
1ヶ月の入院と告げられました。
🚑 大阪本社へ強制送還
入院回復後、会社からの通達は⋯
強制・大阪送還。
東京で積み上げてきた日常は
そこで一度止まりました。
悔しかった。
やっと
この場所で役に立てていると
実感できたところだったから。
日野さん、真鶴さんに
「本音を言えば、大阪に返したくない」
と言われたことは
とても光栄でうれしくて
同時に胸が痛かった記憶です。
🔜 次回予告
次回は
大阪へ戻ることになった私が
まだ仕事でも、副業でもない
「パステルアート」に出会いまして。
ただ触れていた頃の話です。
