『天使も踏むを畏れるところ』松家仁之 新潮社 を読んで
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巻末に書かれた「史実に基づいて書かれたフィクションです」という一文がこの作品の肝である。
厳然とした史実を扱いながらも、登場人物たちはほぼ実在の人物で、時に名前を変えつつも大筋の行動は史実に沿っており、ところどころで脚色が施されている。
一言でいうなら、空襲で焼失した皇居の宮殿が1968年に新たに建設された史実を基にした物語だ。
語りの視点
章ごとに語りの視点が変わり、文体すらも変わる。分かりやすい説明はなく、最初は誰の視点なのか戸惑うが、やがて慣れてくる。
史実は玉虫色、黒澤明(1910-1998)の映画「羅生門」(1950)の形式を採用している。新宮殿造営という一つの出来事を複数の登場人物の視点から丹念に描いていく。
村井俊輔、建設技官の杉浦、侍従の西尾、宮内庁官僚の牧野、園芸家の衣子など、2人、3人、4人と視点は増えていく。順番に規則性はなく、時に過去の関東大震災や語り手の回顧を挟みつつい、大筋では時間の経過とともに物語は進んでいく。だが、物語の最重要人物である昭和天皇裕仁(1901-1989 以下、裕仁)の視点だけが、空洞のように欠けている。
戦前は現人神であり、日本において最高峰の軍事教育を受けた裕仁は、戦後は一転、全国を巡幸して人間として振る舞った。唯一にして複雑怪奇とも言える人生を送った彼の心情だけはうかがい知れない、そんな畏怖のようなものが著者にあったのだろうか。
結果として、裕仁の孤独、本音の不確かさが浮き彫りになっている。
タイトルが全編を通して常に脈動
作品タイトルは18世紀のイギリスの詩人アレキサンダー・ポープ(Alexander Pope 1688–1744)が22歳で書き上げた”An Essay on Criticism”の一節にある
”Fools Rush in Where Angels Fear to Tread”からとられている。
天使も踏むを畏れるところへ、愚か者は足を踏み入れる。
ポープの生きた18世紀は識字率が大幅に向上し、階級を越えて公的な対話が可能になった。風刺の効いた物語や詩、エッセイが広く読まれ、文学批評が一般化し、大衆化した時代だった。
そのような時代において、真の知識や理解を持たない者(愚か者)が過度に自己主張し、大胆な発言をするのに対し、真の学者や批評家こそがより抑制的かつ慎重にものごとに取り組むことを示唆した、批評的な一節である。真の教養を持たざる者が勘違いも甚だしい暴挙に出てしまうことへの警鐘か。
ともあれ読み進めるうちにじわじわとタイトルが効いてくる。
敗戦後80年という現在
主要な登場人物のほとんどが既に鬼籍に入っていることも重要な点だ。裕仁、建築家村井俊輔のモデルである吉村順三(1908-1997 新宮殿の基本設計を担当、実施設計は辞退)は既に他界している。
敗戦後80年(日本のメディアや有識者とされる人間はこぞって他人事のように、戦後とか終戦記念日などとどこか格好つけた言葉を使う)、新宮殿建設から57年が経過した今、なぜこの作品が書かれたのだろうか。
史実に基づいて書かれたフィクションだとはいえ、関係者の多くが存命のうちは書きにくかったのだろう。波風が立つことは火を見るよりも明らかである。だから時間が必要だったのではないか。この作品は長い時間を経て、史実の中に虚構を組み込むような形で執筆されたことによって通俗性と独自の輝きを獲得している。
例えば、村井と園芸家の衣子の不倫。村井には小児医療に情熱を傾ける医師の妻がいるのに、さらっと軽井沢で逢瀬を重ねてしまう。
吉村順三に不倫相手がいたかどうかは知らない。吉村の妻はヴァイオリニストの大村多喜子(1916-2012 音楽教室も主宰)なので、専門職ということは共通しているが微妙に設定を変えている。
村井は大学では教育者として、建築事務所では所長として振る舞い、時には丹下健三(1913-2005)を思わせる建築家を引き合いに出して、建築におけるオリジナリティーとは何かを語る。その語り口は素晴らしく、建築家として新宮殿にかける強い思いを読者に訴えかけてくる。傑出した人間性を持つ建築家としての顔、その一方での不倫である。人間の矛盾、愚かさ、弱さを見た。
構成について
続いて作品の構成について言及したい。上下巻という大作であり、昭和史や建築に対する知識がないと読み通すのは難しいように思えるが、語り口や構成が卓抜なので、60年代を生きていない人間でも、えっちらおっちらとではあるが読み進めていくことができる。
上巻では物語の土台を丁寧に構築している。新宮殿造営を巡る社会状況が戦前から戦後にかけての大きな時間の流れの中で描写されている。新宮殿は村井という立派な建築家の設計の元で無事に建設されるのだろうと読者に思わせる。
だが、下巻になるとガラリと雲行きが怪しくなる。新しい時代にふさわしい新宮殿を造営するという理念を関係者みなが共有しているにもかかわらず、新宮殿建設プロジェクトという魔物に惑わせられる人間が出てくる。立身出世を果たした切れ者の宮内庁官僚、牧野である。
下巻はただただ牧野の壁、である。度重なる牧野の仕様変更や妨害で村井は窮地に追い込まれてゆく。ひたすら牧野が悪なのかと言えばそうも言いきれず、生い立ちが語られ、戦後の宮内庁再編を指揮した優秀な官僚が愚か者として物語の壁となって立ちふさがるまでが冷静な筆致で描きだされていく。
裕仁の戦争責任
下巻において特筆すべきは、序盤で裕仁に戦争責任があるということを村井が明確に認識している点だ。
前述のように、裕仁は日本において考えうる最高の軍事教育を受けた人間だ。降伏をする権限を持っていながら、アメリカによる東京大空襲や日本各地の空襲での人的被害や文化財への被害、加えて広島、長崎への原爆投下を許してしまった。空襲や原爆投下の責任はもちろんカーチス・ルメイ(Curtis Emerson LeMay 1906-1990)やトルーマン(Harry S. Truman 1884-1972)にあるが、最高責任者として降伏のタイミングを見誤った裕仁の戦争責任つまり罪はあまりにも重い。
村井はその上で新しい時代にふさわしい宮殿建設のために邁進する。
単なる天皇礼賛、新宮殿礼賛、昭和礼賛の話ではないのである。
また、語りにおいても、陸軍の暴走が太平洋戦争につながったという説、戦争責任全てを陸軍上層部、具体的にはA級戦犯たちになすりつけることが繰り返し強調されてきた戦後の日本の歴史をさらりと批判している。
隠された建築家の名前と褒章
続いて気になった点を一つ。
物語では村井がフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright 1867-1959)に師事したことになっているが、史実は違う。吉村順三はライトの弟子筋であるアントニン・レーモンド(Antonin Raymond 1888-1976)に師事している。
レーモンドの名前は出てこない。なぜこの部分の設定を変えたのか、上巻から気になっていた。
下巻では名前こそ出ないが「戦時中に日本の木造住宅地を空爆するにあたって最大限の被害を与えるためにアメリカ軍に戦争協力をした事実がある建築家に褒章を与えるとは何事か」といった意味の匿名の文書が投稿される。これはそのまま1963年にレーモンドに勲三等旭日中褒章が授与された史実を示している。
ここにも人間の矛盾がある。レーモンドはアメリカのために戦争中多大な貢献をした一方で、戦後の日本の建築界にも多大な貢献をした。建築家としてできうる限りのことをその時々で実行しただけだとも言えるし、空襲の被害を拡大させた犯罪者であるとも言うことができるだろう。
アーティストの鎌田友介(1884-)がこの史実を題材にしたインスタレーション作品を国立国際美術館や丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催した展覧会「ホーム・スイート・ホーム」で発表しているので、興味のある方は調べてみてほしい。
物語では触れられていないが、褒章の話で言えば、東京大空襲を指揮したカルメイにも1964年に授与されている。さすがに裕仁は手渡しすることを拒否したというが当たり前だろう。これ以上の(玉音放送と同様もしくはそれ以上の)屈辱はない。アメリカからの圧力を当時の政権が跳ね除けられなかったのだろう・・・だが、それにしても・・・である。
残念な、あまりにも残念な歴史である。
時間の流れが真の批評を生み出す
脱線した。話を戻そう。
後世の人間が戦時中の過去の人間の行動を批判するのはたやすい。有無を言わせない戦時下という非常事態の社会の風潮の中で、自国の戦争に協力しないという選択肢を選ぶことは難しいことではなかったか。守るべき家族や地位のある者、組織の中で生きる者ほど大きな権力への迎合を避けられなかったのではないか。
何も持たない者、若く、地縁や血縁にも縛られない人間であれば戦争に協力しないことはたやすかったであろう。
ところがほとんどの人間は地縁や血縁に縛られているがゆえに逸脱することは即逮捕、命の危険につながるため、体制に従うしかなかったのではないだろうか。
例え、村井がレーモンドの立場であっても戦争に協力したのではなかろうか。ただ、だからと言って、日本がレーモンドに褒章を授与する義理はなかった。
史実とフィクションの間を往還する壮大なこの物語を読み終えたとき、読者の胸に去来する感情は何か。きっと人それぞれに違うだろう。
私の場合は、文学の可能性を更新する作品にまた一つ出会えたという喜びだった。史実を拠り所としながらも新たな物語を語ろうとする著者の強靭な意志がこの作品に命を与えている。
決して建築に造詣が深いわけでも、強い興味があるわけでもないが、吉村順三の建築(美術館や個人住宅などいくつかを見ただけだが)は同時代の建築家らと比べて、空間の質が飛びぬけているように思う。見た目の派手さや奇抜さ重視ではなく、空間で過ごす人間を中心にして設計がなされていることがよく分かる。いわゆる死んだ場所がない。
おそらく100年後、200年後には現代のコンクリート建築はどれも現存していないだろう。その時になお名を残している建築家は誰だろうか。きっと現代の評価とは異なっているはずだ。吉村順三の名前が残っていることを望む。
この文章を書いている私と太平洋戦争と裕仁との関連性
最後に、ここまで読んできた方が抱いているであろう、
で、あんたは何者なのか?という問いに答えたい。
私は1980年代に生まれた。新宮殿は完成し、小津安二郎は逝去し、1970年の大阪万博もとうの昔に終わっていた。政治の季節も水俣病問題も知らず、ただただ昭和という時代の後ろ姿を見ながらバブル崩壊後の世界を生きてきた。
皇居に足を踏み入れたことはなく、園遊会に招待される気配も今のところなさそうだ。
思想的には右でも左でもなく、日本に生まれたということに戸惑いつつも敗戦後の経済復興の恩恵にあずかって生きてきた。
戦争にまつわる記憶と言えば、
父方の祖父が海軍で軍艦に乗っていて戦闘で受けたお腹の銃痕を見せてもらったこと、
母方の親戚のおじが三男なのに兄二人を戦争で亡くし家を継ぐことになったと話してくれたことなどだ。
皇居にまつわる記憶は一つだけある。子供の頃に母方の曾祖母キチ(明治生まれで女学校を卒業し100歳まで生きた)が戦後に皇居の勤労奉仕に参加した時の写真を見たことがある。戦後すぐの頃であろう白黒写真の中の曾祖母は晴れやかな顔をしていた。
原爆の思い出とオバマと達郎
修学旅行で広島を訪れた時、広島の原爆死没者慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という論理的におかしい碑文が刻まれており、被害者となった日本人や朝鮮人、連合国の捕虜たちの無念はそっちのけで、原爆を落とされたのは日本の自業自得だから、とでも言われているようで空しい気持ちになったことを覚えている。
戦争を知らずに生まれたアメリカ大統領バラク・オバマ(Barack H. Obama 1961-)の広島訪問は、戦勝後71年経った2016年5月27日。任期最後の年(つまりレガシー作り)に、のこのこと現職のアメリカ合衆国大統領による広島初訪問だと鳴り物入りでやってきて、何を言うかと思えば、
"Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed.
A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself."
「71年前の雲一つないよく晴れた朝、空から死が降ってきて世界が一変した。
閃光と火の海が都市を破壊し、人類が自らを破壊する術を手に入れたことを実証した。」
と第一声で発した。
ズッコケた。
ここでも他人事である。自身に都合の悪いことになると、国を問わず、主語をあいまいにするのが人間の性なのか。
巨大隕石が落ちたのならともかく、原爆には主語がある。アメリカが原爆を落としたという史実は揺るがない。
そして謝罪もない。まあ戦後生まれの人間に謝る義理もあるまいが。
2009年にノーベル平和賞を受賞した人間が任期の最後に、核廃絶主義者としてのイメージを印象付けて余生を安泰に過ごすために、予定調和的に広島を訪問しただけのことだ。
優秀なスピーチライターにより入念に準備された、初の黒人アメリカ大統領による、しかし空疎な演説であった。
”Fools Rush in Where Angels Fear to Tread”
日本のメディアはオバマを大歓迎していた。
ミュージシャンの山下達郎(1953-)は自身のラジオ番組で、広島訪問を手放しで評価する発言をした。うんざりした。
「達郎よ、君の音楽は実に素晴らしい。だが、私とは意見が違うようだね」
少し寂しかった。
ジャニー喜多川(1931-2019)の件についても、似たような、時代を見誤った発言をしていた。山下は頑固な職人気質の人だから仕方ないのだろうか、いやそんなことはない。
ただ耄碌しただけだ。
”Fools Rush in Where Angels Fear to Tread”
2016年5月27日、広島でオバマと日本の総理大臣は力強い握手を交わし、核兵器廃絶に向けたムードを作り出していた。
だがそれはただのポーズ、ふりだった。
2017年に国連で採択された核兵器禁止条約は、2021年に発効したが、日本は署名も批准もしていない。唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器廃絶に向けた世界の動きに加わっていない。
署名国・批准国は2024年9月24日現在で
署名:94か国・地域、批准:73か国・地域。
広島市 核兵器禁止条約の署名国・批准国一覧 より
アメリカの「核の傘」の下にある国として日本は身動きが取れない。
人間の矛盾、愚かさが生む、残念な、あまりにも残念な現実である。
終わりに
『天使も踏むを畏れるところ』を読んで感銘を受け、感想を書こうと思ったはいいものの、なかなかまとまらず、書いては消し、書いては消し、の連続でようやくここまで来た。
1968年の新宮殿建設の話から、敗戦後80年、裕仁の戦争責任、褒章、優れた建築とは何か、原爆とオバマと達郎と、記憶を掘り起こし綴ってきた。
タイパという言葉が跋扈する現状を鑑みるに、即席の刺激が求められる時代において読書は分が悪い。特にこの作品は上下巻という長さだ。だが、だからこそ読書は有益な行為だとあえて言いたい。時に立ち止まり、自身の記憶の底を探り、過去の人間の営為に思いを馳せる。
読後感は他のどの小説にも代えがたいものがある。
とりあえず手に取ってページをめくってもらえたら嬉しい。
2026/4/30 加筆修正
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