迎え撃つ
20代の頃は夜中にウチを飛び出して朝日の写真を撮りに行くことがありました。
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当時住んでいた所では、最も近い海辺まで2時間くらい車を走らせる必要があったと思います。お気に入りの砂浜までなら4時間半ほど。ガソリン代と飲食代程度で精一杯なので高速料金を節約するため、理想的なロケーションの浜辺までは…7〜8時間くらいはかかっていたでしょうか。「泊まりなんてとんでもない。寝過ごしたらどうする。」とばかりに深夜に車のエンジンをかけます。
どうしてそこまでして朝日の写真が撮りたかったかと言えば、大きな目的は年賀状でした。せっかく撮った朝日の写真を「きれいな夕陽だね」と言われてガッカリしたこともありますから夕陽の写真だって言わなきゃ解らないようなものとは言え、やっぱり年賀状に夕陽の写真は使いにくいのです。
それで深夜0時過ぎに車を走らせるとお気に入りの砂浜に着く頃がちょうど日の出を迎え撃つタイミングになります。真っ暗な状態ではカメラを構える位置も決められないので、日の出の1時間くらい前に現場に到着し、駐車スペースを確保して砂浜に出ます。まだ星の瞬く深いブルーの空がやがて透明感を増し、水平線の彼方から太陽が姿を見せます。砂浜に打ち寄せる波は時々刻々と変化するため、たとえ天候に恵まれて美しい朝焼けになったとしても波の描く風景次第で全く違ったイメージになります。
ある時、いつもなら遠くてなかなか出かけられない砂浜で朝日を撮ろうと考えました。旅のついでに立ち寄ったのだったと思います。ついでといっても地図上でそう言っているだけでかなりの回り道でした。ただ、その時に自分のいた場所と日の出の時間を計算したらタイミングが良いと思っただけなのです。今だったらたぶんその選択はしないと思います。ガソリン代が勿体ないですし…言うなれば若かったし、バカだったんですね。
5月のGWの頃だったと思います。暗いうちに海辺にたどり着いたので車中で仮眠することにしました。その砂浜には灯台があります。灯台下には何やらバイクで集合されている方がたくさんいらっしゃったので若干ビビりながら少し離れた防波堤沿いに車を停めました。5月とは言え、海風は冷たく気温も低かったと記憶しています。眠いながらも何度かエンジンをかけてヒーターを入れたり切ったりしていました。車のボディに強い潮風に吹かれた砂が叩き付け大きなノイズが続きます。仮眠すらままならないひとときを車中で過ごしているとやがて夜明けとなりました。
ボクはまだ暗いうちに眠い目をこすりながらカメラと三脚を担いで外に出ました。砂混じりの冷たく強い風が吹きつけます。近くには漁船が停泊していてまだ暗いのに出航の準備をしているようでした。ボクは風に揺れる漁船を眺めながら砂浜に向かいます。
砂浜に出ると三脚を立てる場所を探しました。探すと言っても広大な砂浜なのでどこに立ててもいいようなものです。理想は穏やかに打ち寄せる波が撮れる遠浅の砂浜です。実際に砂浜を歩くと少し歩いただけで表情は変わります。派手な波しぶきを上げるところもあるので暗いうちの場所探しは結構重要なのです。そうこうしているうちにも東の空は明るくなり日の出は近づいていました。
意を決して三脚を立て、カメラを設定します。露出は太陽の少し外側で測光すると太陽の色や形を損なわずに朝焼けの発色の良い作品になることを経験的に知っています。当時のカメラはまだフィルムカメラです。当時はIS0感度50のリパーサルフィルムにこだわりがありました。やがて日の出の刻を迎える頃、港から漁船が次々に出港して行きます。
そして満を持して日の出の刻。薄く霞のかかったような空が朝日を引き立てます。

何枚も何枚もシャッターを切るうちに、先刻出航した漁船が朝日の下を通って行きました。
ふと、ボクより先に砂浜に出ている人がいるのに気がつきました。遠目でよく解らないものの背格好から若い女性のようでした。朝の散歩でしょうか。チラリと要らぬ期待が顔を出します。
カメラマンがその一枚の写真を撮影するための経緯を語る機会は少ないのではないかと思います。朝早くに砂浜を散歩していた女性にとっては日常かも知れません。でも、一枚の作品には色んなドラマが隠れていることがあるのです。
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さて、時は流れて…早起きの必要があってたまたま撮影することが可能な場合を除けば、朝日を撮影に出かけることはすっかり無くなりました。撮影しても夕陽ですね。
その気になれば、いつでも誰にでも撮影可能に思える夕陽の写真とは言っても、迎え撃つ気持ちがあるかどうかで意外と撮影が難しいものです。山の写真や虹の写真などスケールの大きい写真は撮影対象の前景が何であるかによって全く違う印象になります。夕陽も同様です。夕陽だけ撮影するなら毎日撮影しても似たようなの写真になりがちです。そこで夕陽を撮ろうと決めたら、まず場所の選定が必要になります。近所で場所探しをする時には自転車の方が有利です。車のように駐車スペースを探す必要がありません。ただ、普段から適切な場所に目星を付けておかないと場所探しだけでかなりの時間を必要としてしまうでしょう。
この時期は田んぼに水が入って夕陽を映します。通りかかった田んぼが美しかったので撮影しました。既に夕陽は赤く色づき始めています。日没には少し早いものの期待通りの夕焼けが見られるとは限りません。残念ながら高圧線の電線が入ってしまいます。自転車を走らせて高圧線の入らない所を探さなくてはなりません。

時間は午後6時26分。日が長い時期とは言え、山に囲まれた盆地の日没は早いので急ぐ必要があります。10分か15分くらいしかないと読みました。しばらく走りましたが、高圧線がなくなったと思ったらビニールハウスが邪魔したりして思うように撮影場所が確保出来ません。走っているうちに少し先に開けた場所があることを思い出しました。夕陽は山の端に迫っています。
開けた場所にたどり着く頃、夕陽はちょうど山の向こうへ隠れようとしていました。贅沢を言えば、近景の田んぼの水量が足りない気がします。先刻撮影したように田んぼに映る夕陽は撮れないようでした。それでももう時間です。覚悟を決めてカメラを構えます。手持ちのカメラはコンパクトデジカメ。最近少しレンズのキレが甘くなっているような気がするのが気がかりです。霞んでいるためか太陽付近の空で露出を拾いたくてもピントが合わず露出をロック出来ません。何度か試して何とか露出を拾いました。
…そして撮影。
平凡ながらお気に入りの山裾に沈む夕陽を撮影出来ました。

何枚かシャッターを切るとまもなく夕陽は山の向こうに隠れてしまいました。
そこからまた待ちます。夕陽は二度燃えることがあるからです。
時刻は午後6時40分…それから10分程待ちました。どうやら今日は二度燃えはないようです。暗くなる前に帰宅することにしました。
しばらく自転車を走らせて…ふと振り返ると、西の空を切り裂くような飛行機雲が出現していました。山向こうの夕陽はまだ水平線に達していないようです。飛行機雲が金色に輝いていました。
あと10分…いや、5分待っていれば…と悔やまれます。
夕陽の撮影は、迎え撃つことに加えて待つ忍耐力が大切なのです。
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ご精読ありがとうございました。
この随想は全文公開のTipスタイルとさせていただいていましたが、砂浜での朝日撮影の時のことをノートに記録したものが見つかりましたので有料エリアに掲載いたしました。内容はほぼ同じですが、記憶が明確だった時に書いたものですので、もしかしたら臨場感は伝わるかも知れません。
また、本文において記憶違いだった部分を訂正いたしました。
ご興味をお持ちいただけましたら、有料でのご購読をよろしくお願いいたします。
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