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発掘

横道に逸れてばかりですが、昔のデッサンを引っ張り出してデジカメにて撮影。劣化した紙は時間の経過を物語っています。

 アナログ作品のリハビリをしていたつもりがいつの間にか発掘作業を始めてしまいました。考えてみればフィルムカメラ時代のポジフィルムもお蔵入りのままデジタル化していません。デッサンも写真もいつか役に立つようにと抱えて来たものです。でも、時代は変わりました。光を当てる為には発掘することが必要になっています。それでも、いくらかでもお披露目する機会があるならそれは幸せなことがも知れませんね。ボクがやらなければいつかゴミになってしまうだけですから。

 昔のデッサンを見返していると、集中力を高めることに苦慮したことを思い出します。今、同じものを描こうと思っても無理でしょう。それが寂しいような悔しいような…。
 劣化したのは紙ばかりではなくボクも劣化したのかな。

 発掘作業で一日が過ぎてしまい外出しなかったお陰で随想のアイディアに困ってしまいました。それで発掘ついでに昔のノートを発掘してきました。いつかネタに使うこともあるかもしれないと思ってましたが、こんなに早いとは…そうしてページを捲ってみたのです。
 すると、使えないネタばかりです。
「使えないぞ〜!」と若い頃のボクにツッコミを入れたくなります。でも、ボク自身が何にも変わってないのかもしれません。何故なら今日書こうとしていたことと同じような文面があったからです。

〜のこすべきもの〜

 ボクはこの人生の中で何をのこして行くべきなのか
 たまたま絵とかギターとか残すべき手段がいくつかある
 しかし
 この世紀末にボクが残すべきものは何だろう
 荒らされた自然
 …松食い虫や酸性雨に枯れて行く樹々か
  どんよりとした空か
 そんな絵をのこさなければならないのだろうか
 それとも社会に対する反発や日々の生活へのなげきのうたか
 そんなものをのこさなければならないのか

 自分自身がいとおしくて仕方ないような作品は
 ある意味で自己満足に過ぎず
 のこすべきでないようにも思える

 一体ボクは何を残すべきなのか

 ボクはいつか死ぬ
 しかし作品は残る

 いずれにせゴミ同然なら
 残さなくても同じか

 若いなぁ…ボク。そう、あの頃はわけもなく焦ってて、わけもなくもがいていました。あの頃はまだ都会っぽい地方で生活してました。

 自分の作品をゴミ同然と言ってしまう辺りが何も進歩してないわけで…。それでも悩みながらのこして来た作品を発掘する日が来るとは思ってもいませんでした。少し進歩してるのでしょうか。

 ひとつだけノートを書いてた頃のボクに伝えるなら…。
「ボクの作品はゴミじゃなかったよ。
 その悩みも苦しみも無駄にはならないから安心してもがいて大丈夫。」

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