人生のシナリオ
note作家になれるかな?
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朝、今日はこのテーマで書こうと思って下書きに保存して夜になって続きを書こうとすると…なんか違う。
今はそう言うこと書きたいんじゃないんだよ…と言う心境。じゃあ、何が書きたいかと言うと…はて?こんな感じで下書きばかりが増えて行くことになります。
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簡単にnote作家になれるとは思っていないものの、どうやら長丁場になりそうだ…と気がつき始めた今日この頃。noteがあれば、制作意欲や作品を鑑賞してもらいたい欲求は満たされるので、他のことやってもいいかなと思ったりもしますが、取材やら制作時間を考えるとやっぱり掛け持ちは難しいと思えてしまいます。
noteを始めた頃にやろうと思っていたこと。noteを始めてから企画したこと…そう言うことが、まだどれもスタートライン…種を播いたばかりです。
そう言えば、絵描きを志していた20代の後半もこんな感じだったかなぁとふと思い出しました。あの頃は、深夜に写真現像のアルバイトをしつつ、画材店のデッサン教室に週一回通っていました。車は維持出来ないのでスクーター通勤。給料は生活するのにやっとだったと思います。残業の時に出される夜食の牛丼が楽しみでした。やがてそんな生活が祟って身体を壊すことになりますが、好きなことの為に生活をすることでとても充実していたような気がします。
ところがある時、バイト先の課長さんに呼ばれました。何だろうと思って話を聞いてみると、その企業では新しく子供向けの写真館を始めるのとのことで「店長をやらないか」と部長さんが言っているとのことでした。今ではあちこちにあるこども写真館が流行り始める頃でした。
ボクは短い期間とは言え、写真館に勤めていたことがあります。その経歴が目に留まったのかも知れませんが、退職したとは言えお世話になった写真館のライバル的な立場になることを懸念しましたし、何よりもボクの目的はそう言うことではなかったわけです。
そのお話をお断りしてバイトも辞めました。
辞める必要はないと言われましたが、当時のボクは部長さんの申し出をお断りする形になったことを申し訳なく思いましたし、体調不良の事や人間関係その他のことを考慮して潮時かと判断したわけです。
その頃、週一回通っていたデッサン教室の画材店では、以前の職場で一緒だった友人が勤めていましたが、彼が辞めるとのこと。ボクは彼に相談の上、その画材店に就職出来るよう直談判したのです。
それから3年程だったか…父が亡くなるまでの間、画材店に勤めつつデザイン事務所や画廊さん、絵画教室などに画材を配達し、デッサン教室の他に油彩教室も増やし、夢にかじりついていたのでした。
今の生活はあの頃よりも大変です。でも、もしかしたらあの頃よりも夢に近い所にいるかも知れません。
人生は…思っていた以上に複雑でドラマチックな展開を見せます。
誰がボクの人生のシナリオを書いているか知りませんが、「この展開はあんまりでしょ」とツッコミを入れたくなることもしばしばあります。
どうやら、そのシナリオライターはまだペンを置いていないようです。
「頼むからハッピーエンドにしてよ。」
そう願うしかありません。
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