【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第20話「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」)

サイドA:「ふたりの間に光が灯る」
——ぶんちゃん、美術館のイルミネーションの夜にて
おれは猫。ぶんちゃん。
佐世保の町を、風のにおいと足音の響きで歩く者たい。
今夜は冷える。
風が耳のうしろまで抜けてくる、12月の佐世保。
ばってんこの寒さは、嫌いじゃなか。
なぜなら、あの場所に光が灯るけん。
佐世保市博物館島瀬美術センター 。
通称”しまび”。
冬になると、白い外壁が、青や金のイルミネーションで飾られる。
この明かりは、町の人にとっての「今年も終わるばい」の合図みたいなもん。
カップルも、親子も、ひとりの人も、
この光の下で、それぞれの冬を確かめに来る。
おれは、毎年この時期になると、
決まってこの光の下に立ち寄る。
人の表情が、いちばん静かに揺れる時間帯。
言葉にせん気持ちが、よく見える場所やけん。
今夜、そこに彼女が来た。
あの、進学校に通う女子高生。
おれが以前、駅前の坂の上で会ったあの子たい。
今日は制服のまま、ひとりで立っとった。
白いマフラー、手袋、すこし赤くなった頬。
目線は光を見ているけど、どこか誰かを待っている気配。
……そして数分後、
来たとよ。彼女の“だれか”が。
遠くから歩いてきたのは、工業高校の制服の男の子。
彼女よりひとつ下。
近所の幼馴染。でも、今は少し距離がある存在。
2人は、はっきりと目を合わせん。
でも、心だけが静かに近づいていくのがわかる。
おれは、そっと彼女の足元に座った。
彼女は気づいて、小さく「ぶんちゃん」とつぶやいた。
それに気づいた男の子が、ふっと笑った。
名前を呼ぶでもなく、手を振るでもなく。
ただ、“思い出がそこにある”って顔やった。
おれは知っとる。
この2人、最近はほとんど会っとらん。
学校も違う。進む道も違う。
でも、今夜だけは、“昔”と“いま”が交わっとる。
イルミネーションの光が、
2人の影を、やわらかく地面に映していた。
その影の距離が、少しずつ、にじむように近づいていく。
しばらくして、彼女がぽつりとつぶやいた。
「……今日、来ると思った」
その言葉に、男の子は何も返さず、
でも目元がすこし緩んだ。
おれは立ち上がる。
もう、おれの役目は終わったけん。
2人のあいだに、ことばはいらん。
光がある。風がある。
そして、“変わっていく季節”がある。
おれはまた来年、この光の下に来るつもりたい。
そのとき、2人がまたここに並んどったら、
今度はちゃんと隣り合っとるかもしれんね。
【了】
サイドB:「来ると思った。根拠なんてないけど」
——冬、美術館の光の下で
美術館のイルミネーションは、
佐世保の冬の景色のひとつ。
もう何年も、わたしが生まれる前から続いてるイベントで、
“今年も終わるんだな”って、毎年ここで思う。
わたしは今日も、学校の帰りにひとりで立ち寄った。
制服のまま、”しまび”の白い壁に揺れる光を、ぼーっと眺める。
風が冷たくて、マフラーの中で小さく息を吐いた。
べつに、誰かと来たかったわけじゃない。
でも、今日に限っては、
ちょっとだけ、誰かが来る気がしてた。
その“誰か”は、たぶん——あの人。
家が近所で、昔はよく一緒に帰ってた。
今はお互い、学校も違えば、通学時間もすれ違う。
たまに朝、家の前で会っても、
「おー」とか「久しぶり」とか、そんな言葉で済んでしまう。
でも、あの人のこと、
わたしはたぶん、まだ気にしてる。
と、足元にふわりとあたたかい気配。
「……ぶんちゃん」
白と茶色のぶち模様。
しゃがまずとも、そこに“いる”感じがわかる。
この猫は、町のどこかでそっと出会う不思議な存在。
ぶんちゃんが現れたとき、
なんとなく——本当に、なんとなくだけど、
「やっぱり来る」って思った。
その数分後、
人の足音が、横から聞こえてきた。
わたしは振り向かない。
でも、足音のリズムでわかる。
——彼だ。
昔、駅前で一緒に買った肉まんの列。
公園でダンボールそりをした帰りの、はしゃいだ声。
彼の歩き方は、そのときと同じリズムを持ってる。
「……来ると思った」
その言葉が、口から出たのは、
ほとんど反射みたいなものだった。
彼はなにも言わなかった。
でも、なにも言わなくてよかった。
たぶん、いまはこれでちょうどいい。
ぶんちゃんが、まっすぐ彼を見て、
そのあと、ふっと目を細めた。
まるで、「ほらね」って笑ってるみたいだった。
あのイルミネーションの下で、
わたしたちは、たしかにまた“出会い直した”気がする。
それだけで、今日という日が、
ちょっとだけ特別なものになった。
【了】
サイドB’:「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
——佐世保の美術館、冬の灯りの下で
クリスマス前の12月、
工業の実習が長引いた帰り道。
ふと、少し歩いてみようと思った。
図書館前のバス停で降り、コンビニで肉まんを買った。
理由は……たぶん、自分でもうすうすわかっとる。
あいつが、いるかもしれんけん。
最近は、たまに朝、家の前で会うくらい。
同じ町に住んどっても、
通う高校が違えば、話す理由も、タイミングも、なくなってくる。
でも、なんか——
あいつの声とか、顔とか、
冬になると、ふいに思い出すとたい。
美術館が見えてきた。
外壁に、青と金の光がきらきら揺れとる。
毎年恒例のイルミネーション。
子どものころ、あいつが「見に行こー!」って言って
無理やり連れてかれたの、いまだに覚えとる。
そしたら——いた。
「まじか……」
白い息とともに漏れた。
制服のまま、マフラーに顔を埋めて、
少しだけ背を丸めて立っとった。
そしてその足元には、
例の猫——ぶんちゃん。
この猫、ほんとにどこにでも現れるっちゃけん、不思議なやつたい。
声、かけるか。
いや、変に思われたらどうする?
「なんでここに?」って聞かれて、なんて答える?
そうやって迷っとる間に、
目が合った。
あいつは何も言わんかったけど、
目が、ちゃんと気づいてた。
——そして、ぽつりとつぶやいた。
「……今日、来ると思った」
驚いた。
そんなふうに言われると思わんやった。
だけど、変なもんで、
その一言で、全部どうでもよくなった。
「なんで来たの?」とも、「久しぶり」さえもいらんかった。
ただ、同じ光の下で、
ぶんちゃんと、彼女と、自分が並んでおること。
それが、なんか、すごくよかった。
「……ん」
まだ温かい紙袋を手をまっすぐ伸ばして差し出す。
彼女の目が少し見開いた。
風がちょっと強くなって、彼女の髪が揺れる。
記憶の中の無垢な笑顔が重なった。
ぶんちゃんはしっぽを立てて、どこかへ行ってしまった。
でも、心のどこかで思った。
——たぶん、ぶんちゃんが引き合わせてくれたっちゃろね。
言葉はなくても、
心のなかで、「また来年も、ここで会えたらいいな」と思った。
そして、来年はもうちょっとだけ、
ちゃんと声に出してみようか——そう思った。
【了】
女の子の登場回です▼
前話です▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第21話:「境界にいる者」/「出発も到着も、においでわかるけん」
第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」
第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」
第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」
第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
つでも大歓迎です!
いいなと思ったら応援しよう!
「クリエイティブの世界へようこそ!」
創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!