【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第3話「しっぽの地図」/「しっぽの矢印」)

サイドA:「しっぽの地図」——ぶんちゃんと迷子の男の子
今日は、風の強か日やった。
おれは、港ん近くの商店街ば歩きよったとよ。魚の匂いと、人の声と、風のざわめき。
そん中で、ふと聞こえたとが——泣き声。
小さか、小さか声。ばってん、まっすぐ届いてきた。
振り返ると、アーケードの柱の影に、ちょこんと座っとる男の子がおった。
リュックも、スニーカーも、ピカピカやった。
でも、その目は、しょんぼり濡れとる。顔のほっぺたには、涙のあとが筋になっとった。
おれは、そっと近づいて、男の子の前に座った。
「……ねこ?」
しゃくりあげながら、そうつぶやいた声には、少しだけ安心がにじんどった。
そうそう。猫やけん、安心してよかよ。
おれは男の子の前で、背中を見せた。
すると、ちいさな手が、おそるおそる、そーっとおれの背中ばなでた。
「……あったかいね」
次の瞬間、おれのしっぽがふわりと立った。
それは、まるで“地図の矢印”のように、ひとつの方向ば指しとった。
——ついておいで。
おれは歩き出した。
途中で何度も、男の子がついて来とるか、振り返って確かめながら。
おれが向かったんは、坂の途中にある文具屋さんやった。
小学校帰りの子どもたちがよく立ち寄る、小さくて、どこか懐かしかお店。
店の中には、泣きそうな顔をしたお母さんが一人。
「ごめんねぇ……目を離したらすぐいなくなって……!」と、店主に説明しよった。
そこで、トコトコと、おれが現れて——
すぐに、ちいさな足音がつづいた。
「ママぁっ!」
お母さんの目から、ぽろっと涙がこぼれた。
男の子はお母さんにぎゅっと抱きついて、もう一度泣いた。今度は、安心の涙やった。
店主のおばちゃんが、おれの方ば見て、目を丸うして言った。
「……この猫、ぶんちゃんやろ?また誰かば助けたとねぇ」
男の子が、ハンカチで目をこすりながら、おれに近づいて言った。
「ねこちゃん、ありがと。……ねこちゃんのしっぽ、かっこよかった!」
おれはにゃーとも鳴かんかったけど、しっぽばピンと立てて応えた。
そいは、“ここまでが、おれの地図”ちゅうサイン。
しばらくして、男の子とお母さんは手をつないで坂を下りて行った。
振り返りながら、何度もおれに手ば振ってくれた。
おれはまた、町に戻っていく。
この町には、まだまだ迷子がいる。心が、道が、夢が、どこに行ったかわからんなっとる人が。
でも、だいじょうぶ。
おれは、猫やけん。しゃべらんけど、気配でわかるとよ。
——どこに届けたらいいのか。
——なにを、思い出してほしかのか。
今日も、おれのしっぽは、誰かの地図になる。
風の中で、しっぽがふわっと揺れた。
それは、迷子の心に向かって描かれた、やさしか矢印。
【了】
サイドB:「しっぽの矢印」——ある日のぼくの冒険
知らん道やった。
人がいっぱいおって、店がずらーって並んどって、においも音もバラバラに飛んできて、頭がぐるぐるした。
ママの手、さっきまでつないどったとに、いつの間にかはなれてしもうてた。
ぼくは、立ち止まったまま動けんかった。泣かんようにがまんしてたけど、目からは、勝手にぽろぽろ涙が出てきた。
そのときやった。
「……ねこ?」
ふわっと音も立てずに近づいてきた猫が、目の前にちょこんと座った。
茶色と白のぶち模様。目がきらきらしとって、しっぽがぴーんと立っとった。
ぼくの方ば、じーっと見とる。
なんか、しゃべらんばってん、「だいじょうぶばい」って言ってくれよる気がした。
おそるおそる手を伸ばすと、猫の背中はふわふわしてて、あったかかった。
心ん中のさみしかのが、ちょっとずつほどけていく感じ。
猫はくるっと背中ば向けた。
しっぽが、空に向かってぴーん!と矢印みたく伸びとる。
「ついてこんね」って、そう言いよる気がした。
ぼくは、気づいたら歩き出してた。
知らん道やけど、不思議と怖くなかった。
猫のしっぽば目印にして、ひとつひとつ角をまがっていった。
しばらくして、猫が止まったのは、小さな文房具屋さんの前やった。
中から、聞きなれた声がした。
「……このへんで見失って……ええ、はい……」
——ママ!
お店に飛び込んで、思いきりママにだきついた。
ママのあたたかさが、わーって体にしみこんできた。
なんも言わんかったけど、ママも泣いとった。
「ねこちゃんが……連れてきてくれたとよ」
そう言って振り向いたら、猫は外でじっと座っとった。
しっぽが、まだぴーんと立っとる。
「ねこちゃん、ありがと!」
大きく手ばふった。猫はなにも言わんかったばってん、しっぽをふわんと揺らしてくれた。
あとで、ママが教えてくれた。
「あの猫、“ぶんちゃん”っていうんだって。町で困った人のとこに、ふわって現れる猫らしいよ」
ぼくは思った。
——ぶんちゃんは、たぶん、魔法つかい。
言葉のかわりに、しっぽで道ば教えてくれる魔法の配達屋さん。
あの日から、ぼくは猫が好きになった。
絵日記にも、「今日のぶんちゃん」って名前つけて、いっぱい描いとる。
いつか、また会えるといいな。
迷子やなくても、ぼくのとこに来てくれる気がするけん。
もしまた誰かが道に迷ったら、
——しっぽの矢印が、きっと導いてくれる。
【了】
前話です▼
次話です▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第9話:「ただいま、を言えない夜」/「ちゃんと“父親”になれるだろうか」
第10話:「魚の声、親父の背中、猫の足あと」/「親父の店に、立つ。」
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第12話:「あたたかいしっぽのとなりで」/「においの奥にある、遠い山の気配」
第13話:「夜の出口で待っとった」/「わたしに戻る数分間」
第14話:「まだ鳴りきらん音の前で」/「ごめん。でも、ありがとう」/「残るって、逃げることですか」
第15話:「黙して祈る人の横にて」/「祈る者の祈り」
第16話:「静けさが汗に変わる前に」/「今日もおるね、ぶんちゃん」
第17話:「のれんを上げる理由」/「ぶんちゃん、ここはまだ終わっとらんとよ」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第19話:「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」/「上から見える距離、下から届く匂い」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第21話:「境界にいる者」/「出発も到着も、においでわかるけん」
第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」
第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」
第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」
第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
📮 感想や応援メッセージ、いつでも大歓迎です!
いいなと思ったら応援しよう!
「クリエイティブの世界へようこそ!」
創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!