【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第5話「しっぽのガイドさん」/「A Cat in Sasebo」)

サイドA:「しっぽのガイドさん」——ぶんちゃんと、海から来た旅人
朝の港は、ざわついとった。
海を割るように、白くて大きか船がゆっくりと着岸する。
汽笛、旗、案内放送——
異国のにおいと、笑い声がいっぺんに流れ込んできた。
おれはぶんちゃん。猫たい。
港の朝は好きやけん、よう見に来とる。
でも、こんなにでっかい船が来る日は、ちょっと特別やね。
人の波の中に、ひとりだけ、足音がゆっくりな旅人がおった。
背の高い、白いシャツの男の人。
手にはカメラ。肩にはリュック。
地図を見とるばってん、どこか不安そう。
人はようけおるとに、彼はなんとなく“ひとり”に見えた。
——たぶん、迷っとるんやろね。場所というより、気持ちのほうば。
おれは、彼の前に座ってみた。
男の人は驚いた顔をしてしゃがみこんだ。
「Hello? Kitty?」
……ちがう。
おれは「ぶんちゃん」やし、キティじゃなか。笑
でも、彼はにっこり笑って、カメラを向けた。
カシャ。音と一緒に、空気がやわらかくなった。
おれは立ち上がって、港から少し坂を登った。
商店街の細道、石畳、古か神社。
観光地ってわけじゃなかけど、佐世保の「ふつう」が詰まっとるとこ。
彼は、最初とまどいながらも、ちゃんとついてきた。
途中で見つけたレモネード屋さん。
おばちゃんが彼にカップを手渡すと、彼は少しカタコトで、
「Thank you. Very… very… cool!」
——ふふ、そうやろ。佐世保は、けっこう“クール”ばい。
神社の階段で、おれは立ち止まった。
彼はその横に座って、しばらく静かに空ば見よった。
潮の香りと、鳥の声。
観光パンフレットには載っとらんけど、“佐世保らしか空気”が、そこには流れとった。
ポケットから、小さなノートが出てきた。
彼はそのノートに、ちいさくこう書いた。
“Found peace in a cat’s footsteps.”
(猫の足あとに、平和を見つけた。)
おれは、にゃーとも鳴かず、しっぽばゆるりと揺らした。
ガイドは、ここまでたい。
彼は立ち上がって、おれの頭ば軽くなでた。
「Thank you, friend.」
港へ戻るころ、船が汽笛を鳴らした。
彼は振り返って手を振ってくれた。
おれも、しっぽをぴーんと立てて応えた。
——また来んしゃいね。
ことばは交わせんばってん、ちゃんと伝わっとる気がした。
おれは港の風の中に座って、しばらく海を見つめた。
今日はいいガイド日和やったばい。
また誰かが、心ば迷わせたら、おれのしっぽで導いてやらんばね。
【了】
Side B:「A Cat in Sasebo」——A traveller's memories
I wasn’t looking for anything in particular.
Not a shrine. Not a souvenir. Not even a story.
The cruise ship had docked in Sasebo that morning.
The sea breeze was soft, the voices around me bright.
But I felt… out of place.
Not because I was in Japan.
But because something inside me was quiet.
Too quiet.
I had my camera.
I had my map.
But my feet didn’t know where to go.
And then, I saw a cat.
Just sitting there.
Looking at me like he already knew I was lost.
Not in the city. But in myself.
He didn’t run away.
He waited.
So I followed.
He led me past the main streets, into narrow alleys where time seemed slower.
Past flower pots, old stone steps, and a tiny drink stand where an elderly woman handed me a cup of lemonade with a smile that needed no translation.
“Very… cool,” I managed to say.
The cat — brown and white with calm, clever eyes — looked back at me every so often.
Not to check if I was still following.
But maybe to make sure I hadn’t forgotten how to feel wonder.
At the top of a short stairway, he stopped.
There was an old shrine, quiet and worn.
The sound of leaves brushing against the wind.
No one else was there.
I sat down beside him.
I didn’t need to take a photo.
This memory would stay with me.
I opened my notebook and wrote:
“Found peace in a cat’s footsteps.”
I didn’t know his name.
I still don’t.
But when I turned to thank him,
he simply stood, turned his tail like a compass needle, and walked back into the city.
No meow. No farewell.
Just the wind, and the scent of salt in the air.
Back on the ship, as we left the harbor, I looked toward the hills.
Maybe he was up there somewhere, waiting for someone else who didn’t know they were lost.
It was just a cat.
But sometimes, a cat is more than a cat.
Sometimes, a cat is a guide.
And sometimes, a place becomes unforgettable
— because a cat looked at you like you mattered.
【了】
サイドB:「佐世保の猫」——ある旅人の記憶(和訳)
特別な何かを探していたわけじゃなかった。
神社でも、お土産でも、物語でもない。
その朝、クルーズ船は佐世保に着いた。
海風はやわらかく、人々の声はにぎやかだった。
だけど、わたしは……どこか馴染めないままでいた。
それは、日本にいるからじゃない。
わたしの中の“何か”が、静かすぎたのだ。
あまりにも、静かすぎた。
カメラは手にあった。
地図もあった。
でも、足はどこへ向かえばいいのか分からなかった。
そして、猫がいた。
ただそこに座っていた。
まるで、わたしが“迷子”だと知っていたかのように、じっと見ていた。
町の中でじゃない。
自分自身の中で、迷っていることを——。
彼は逃げなかった。
待っていた。
だから、わたしはついて行った。
彼は、にぎやかな通りを離れ、細い路地へと導いた。
時間が少しだけゆっくり流れるような場所。
鉢植えの花、古びた石段、小さな神社。
観光地ではないけれど、佐世保の“ふつう”がつまった風景。
途中、小さなレモネード屋さんを見つけた。
おばあさんが笑顔でコップを手渡してくれた。
「Very… cool(すごく…涼しい)」
ぎこちなく言葉を発したわたしに、おばあさんはやさしく頷いた。
猫——ぶんちゃんは、たまに振り返ってわたしを見る。
「ちゃんとついてきとるか?」じゃなくて、
「まだ、心を動かせてるか?」と聞いているようだった。
石段の上で、彼は立ち止まった。
古びた神社が、静かにそこにあった。
葉っぱが風に揺れる音だけが響く場所。
誰もいなかった。
わたしは、猫の隣にそっと座った。
写真はいらなかった。
この記憶は、きっと消えない。
ノートを取り出して、こう書いた。
「猫の足あとに、平和を見つけた」
猫の名前は知らなかった。
今でも知らない。
でも、ありがとうを伝えようと顔を向けたとき、
彼はただ静かに立ち上がり、しっぽをピンと立てて、町の中へ戻っていった。
鳴き声も、さよならもなかった。
風と、海の匂いだけが残った。
船に戻り、港を離れるとき、わたしは丘の方を見た。
きっと彼は、あのどこかで——
まだ自分が迷っていることに気づいていない誰かを、静かに待っているのだろう。
ただの猫だったかもしれない。
でも、ときどき、猫は“ただの猫”じゃない。
ときどき、猫は導き手だ。
そして、ある町が忘れられない場所になることもある——
猫が、自分のことを大切に見てくれたという、たったそれだけのことで。
【了】
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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第9話:「ただいま、を言えない夜」/「ちゃんと“父親”になれるだろうか」
第10話:「魚の声、親父の背中、猫の足あと」/「親父の店に、立つ。」
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第12話:「あたたかいしっぽのとなりで」/「においの奥にある、遠い山の気配」
第13話:「夜の出口で待っとった」/「わたしに戻る数分間」
第14話:「まだ鳴りきらん音の前で」/「ごめん。でも、ありがとう」/「残るって、逃げることですか」
第15話:「黙して祈る人の横にて」/「祈る者の祈り」
第16話:「静けさが汗に変わる前に」/「今日もおるね、ぶんちゃん」
第17話:「のれんを上げる理由」/「ぶんちゃん、ここはまだ終わっとらんとよ」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第19話:「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」/「上から見える距離、下から届く匂い」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第21話:「境界にいる者」/「出発も到着も、においでわかるけん」
第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」
第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」
第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」
第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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