書類すら通らなかった23歳が知った起死回生の一手|新卒の早期退職・就活後悔談|実績ゼロの第二新卒|シリーズ第4話(全7話)転職|失敗|自己分析|キャリア|人事|仕事
両親に「無理せず辞めたら?」と言われたあの日から、私はすぐに転職活動を始めました。(前回の話はこちら/シリーズ全話はこちら)
でも、いざ動き出してみて、すぐに気づくことになります。「辞めたい」と「転職できる」の間には、想像以上に高い壁があるということに。
職務経歴書の「経歴」の欄が、白紙同然だった
まず最初にぶつかったのは、職務経歴書でした。
パソコンを開いて、テンプレートに沿って書き始めようとする。でも、書けることがない。
「担当業務」の欄には、5日間の研修と、1ヶ月にも満たない現場業務しか書けません。「実績」の欄には、社内資格の検定に同期で一番に合格したこと、くらいしか思いつかない。それも、就活における「実績」と呼べるレベルなのか、自分でも自信が持てませんでした。
何十社と受けても、大半は書類選考すら通らなかった
とにかく数を打つしかないと思い、人材業界にこだわらず、条件に合いそうな求人に片っ端から応募しました。
結果は、散々でした。
応募して1週間、2週間経っても連絡が来ない。来たと思ったら、決まって同じ文面のお祈りメール。面接にすら進めないという、新卒の就活の悪夢再び。精神的に削られていきます。
とはいえ新卒の就活では、少なくとも「大学名」や「未経験でもポテンシャル採用」という土俵に立てていました。でも第二新卒の転職活動は違う。「社会人としての実績」で見られる土俵に、いきなり放り出された感覚でした。そしてこんなに短期で転職活動を志す自分のような人間は市場でも受け入れられにくいので、転職ノウハウや成功体験が調べてもなかなか出てこない。何社目かのお祈りメールを見たとき、「私には市場価値がないんだ」と、本気で思ったのを覚えています。
「短期離職の理由」を聞かれるたびに、しどろもどろになった
数少ない、書類選考無しの会社で受けた面接でも、聞かれることは決まっていました。
「なぜ、2ヶ月というタイミングで転職を決めたのですか?」
この質問に、私はまともに答えられませんでした。
「労働時間や夜勤がきつくて」
「大学の同期と比べてしまって」
——本音を話せば話すほど、面接官の顔が曇っていくのがわかりました。
今思えば当然です。私は「事実」を話していただけで、「その経験から何を学び、次にどう活かすのか」という視点が、完全に抜け落ちていたんです。
何社目かの面接で、はっきりと言われたこともあります。
「うちは、忍耐力がない人だと困るんですよね」
「労働時間が体力的にしんどいなら、オフの日にランニングして体力つけるなりできるよね」
その場では「そうですよね」としか言えませんでした。でも帰り道、涙が止まりませんでした。忍耐力がないんじゃない。私なりに努力して掴んだ就職先のつもりだった。でも、それを「ちゃんと考えて選んだ」と伝えられる言葉を、私は持っていなかったんです。
転機になった、1件の書類添削
このままではダメだと思い、当時登録していた転職エージェントの担当者に、思い切って相談しました。「正直に話しても大丈夫ですか」と前置きして、夜勤の実態も、同期と比べて苦しかったことも、全部話しました。
その担当者は、私の話を最後まで聞いたあとに、こう言いました。
「Asukaさん、事実は変えなくていいんです。ただ、"再現性"と"キャリアテーマ"を意識してみましょう」
言われるがまま、一緒に職務経歴書を書き直しました。
◆自己PR
Before:電話でのコミュニケーション力
学生時代の飲食店アルバイトの接客、受付において発揮しました。
After:ニーズ察知型の「伴走・インサイドセールス力」
学生時代の飲食店アルバイトの予約受付において、短期間で知識をインプットし、お客様の潜在的なニーズを引き出しながら最適なコースや部屋を提案し、店舗の売り上げ貢献に努めてきました。
同じアルバイトの話なのに、後者は「今、企業がインサイドセールスやカスタマーサクセスに求めているスキル」として、ちゃんと再現性のある強みに変換されていました。これなら、未経験転職でも使える武器になりそうです。事実は一つも変えていないのに、見え方がここまで変わるのか、と衝撃を受けたのを覚えています。
◆転職理由
Before:夜勤が体力的にきつく、生活リズムが崩れたため退職しました。
After:配属初日から連日の夜勤シフトの中で、自分自身のキャリアテーマ「誰かのきっかけになる」との相違と、会社が用意しているキャリアパスの現実にギャップを感じ、早期に軌道修正すべきと判断し退職しました。
「誰かのきっかけになる」。
この言葉が出てきたとき、自分でも驚きました。担当者に聞かれるがまま、幼少期の記憶や、憧れていた人の話をしていくうちに、自然と浮かび上がってきた言葉だったからです。
思い返せば、人材業界に惹かれたのも、Q氏に憧れたのも、根っこは同じでした。誰かの人生の分岐点に立ち会い、その人が前に進むきっかけを作る存在でありたい。ずっとそこに惹かれていたんです。夜勤に疲弊していたあの数ヶ月、私はその軸から一番遠い場所にいました。
◆当時の私同様、書類選考に悩んでいる方は、ぜひ以下の記事を合わせてご覧くださいね。
自己PRに「再現性」を出して通過率を上げるには?⇒こちら
書類・面接で使える「キャリアテーマ」を探るには?⇒こちら
短期離職でも通過する「職務経歴書の書き方」は?⇒こちら
実績ではなく、「判断軸」を評価してくれた面接官がいた
書き直した職務経歴書を持って、また面接に挑みました。
正直、期待はしていませんでした。でも、ある会社の面接官は、それまでの誰とも違う反応をしました。
「2ヶ月という短い期間で、そこまで自分の状況を客観視して、行動に移せたのはすごいことだと思いますよ」
見られていたのは、「なぜその判断をしたのか」「そこから何を学んだのか」という、私の思考のプロセスそのものでした。
このとき初めて、「実績で戦えないなら、判断軸と学びの深さで戦えばいい」ということに気づきました。今振り返れば、これが私にとって最初の「自己分析」だったのだと思います。
このあと私は、ある決断をして転職することになります。それが、のちに私が「キャリアアドバイザー」という仕事に出会うきっかけになりました。次回は、なぜ私があえて人の転職を支える仕事を選んだのか、その理由についてお話しします。
続きはこちら → 新卒で早期退職した私が人材業界を選んだ話|「逃げた人間」が気づいたこと|シリーズ第5話(全7話)
「実績がなくて、何を書けばいいかわからない」——今まさにそう感じている方にこそ届いてほしい話です。もし共感する部分があれば、スキやフォローで教えてください。
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