もうひとつのミステリー ⑦
—6—
施設育ちの僕は親を知らない。僕の暮らした施設は愛情に飢えていた人もいれば、一度は愛された人もいた。お家に帰りたいと泣く奴もいれば、迎えに来た親を見て震えが止まらない奴もいた。僕には、そのどれもが与えられてはいなかった。僕が施設にいられなくなったのは、事件を起こしたからだ。僕が特別扱いされていると勘違いした上級生たちから毎日殴られるようになって、僕はどこにいても、誰かの不満を満たすために存在するサンドバックでしかなかった。施設長の先生、三上さんは現場を見るたびに怒って僕を守ってくれた。けれどそれが余計に上級生たちの怒りをかうって、どうしてこのおばさんは分からないのだろう。当時の僕は守られていることが嫌でたまらなかった。
『ほっといてくれ、お願いだからほっといてくれ…!』
そうして僕は、誰かに守ってもらうことを極端に嫌い生きた。高校生となったある夏の日。全てが終わればいいと燃えていく施設を庭から見つめた。突然三上さんが現れて、僕の手から燃やすために使った道具を奪った。そして、僕を強く抱き「わかった」と言った。そして施設へ走り出す後ろ姿は、いつもとは別人のような、怒りに満ちている気がした。
「三上さん、元気かな…。」
昔のことを思い出すのは施設を去ってから初めてだ。いつか会えたら、人の優しさを少しは受け取れるようになったと報告しなくては。
…その前に、生かしてもらったこの人生をかけて、僕は僕が犯人じゃないと証明しなくては。そう思い眠りについた。
—7—
「何か、見つかりました?」
東堂さんが少し遠くから声をかける。
「いえ、何も」
神社の裏側をくまなく見ながら僕は答える。
昨日調べることのできなかった神社へ再び訪れた僕たちは、どこか少し緊張していた。僕が昨日倒れてしまったこともあって、東堂さんはできるかぎり僕に声をかけてくれるのだろう。僕は僕で、鳥居をくぐるのは避けて、ズボンのポケットには仲居さんからいただいたお塩のお守り。倒れたことはたまたまではなく、何かのトリガーがあったのだと、ここの神社はそう思わせるだけの雰囲気を纏っていた。
神社裏には頑丈そうな鎖と錠がかけられていて、中を見るには容易でないぞと無言の圧力を感じた僕はくるっと向きを変え森に視線をそらした。何も変わったところはない。神社の敷地内はくまなく探した。けれど目立った何かというわけではなさそうだ。
「東堂さん、事件があったのはここからどのくらい離れた場所なんですか?」
「…」
「あれ、東堂さん?」
先ほどまで聞こえていた東堂さんの声が届かなくなった。突然胸騒ぎがして、僕は走り出した。
「東堂さん!」
僕のいた神社裏手と反対のところまできて、見渡すと鳥居の先に東堂さんは座り込んでいた。姿が見えホッとした僕はゆっくりと背中越しに声をかけた。
「東堂さん」
ハッとしたように東堂さんは何かを隠した。
僕はただじっとその様子を見て黙っていると、東堂さんから気まずそうに話を切り出した。
「…すみません。今、気がつきましたよね。」
「はい、何を隠したかまではわかりませんが、僕に関することなのは確か、ですよね?」
東堂さんは一瞬ためらって、それからため息をついた。
「そうです。あなたについて調べていたことの報告があがってきたので、それを確認していました。」
「僕についての報告…?」
「今井亮太さん、あなたは今井亮太さんではなく本名は御倉佳介、ここ御倉の出身であることがわかりました。あなたが育った施設、三上施設長にも確認済みです。一度署までご同行願えますか?」
「は…?どういうことですか?東堂さん」
気がつくと、僕の後ろには二人の警察が立っていた。全て仕組まれていたかのように。
(続く)
