「できる介護」から「考える介護」へ
この業界に関わって、気づけば20年を超えました。
右も左も分からなかった頃から、
制度や病気、介護方法を学び、
今では一応「経験者」と言える立場にはなったと思います。
ただ、当時を振り返ると、
少し複雑な気持ちになることもあります。
措置時代。
その頃は、「経験者のやり方」がそのまま正解とされることが多くありました。
「オムツ交換、1晩で15回やった」
「食事介助、3人同時にできる」
そんな言葉を、
“すごい技術”として聞いていた時期があります。
オムツは、少しでも濡れたらすぐ交換。
食事は、口が開いた順に流れ作業のように入れていく。
当時の私は、それを
「できる人の技術」だと思っていました。
でも、あるとき考えました。
もし、自分がされる側だったらどうだろうか。
眠れないほど何度も確認される夜。
何度も露出される身体。
落ち着かない食事の時間。
それは本当に「介護」なのか。
効率や回数は上がっても、
その人の状態や尊厳は見られていたのか。
そう考えるようになりました。
とはいえ、当時のやり方を否定するだけでは足りません。
少ない人数で、多くの利用者に対応しなければならない現場。
その中で「なんとか回す」ために生まれた方法だったのだと思います。
個人の問題というより、
構造の中で生まれた形です。
そして現在。
サービスの質は、確実に上がっています。
昔と比べれば、
利用者の状態や尊厳に目を向ける視点は広がりました。
それでも、まだ完成ではありません。
今のやり方も、10年後に振り返れば
「無駄だった」「違っていた」と思う部分が出てくるはずです。
介護は、正解が固定されるものではない。
だからこそ、
“できること”だけでなく、
“考えること”を続ける必要があるのだと思います。
今のサービスに違和感がある方もいるかもしれません。
ですが、確実に前には進んでいます。
その流れを止めず、
次の10年でさらに変えていくのは、
今関わっている私たちです。
「あの頃は無駄なことをしていたな」
そう振り返れる未来のために。
日々の関わりを、少しずつ変えていきたいと思います。
皆さんはどう思いますか?
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