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0か100かではない世界へ――『体の居場所をつくる』から考える身体と感じること

難波優輝さんと伊藤亜紗さんのトークイベントに参加したことをきっかけに、お二人の近著から日常・身体・感じることについて考えています。
よろしければ、きっかけとなったトークイベントの記事、『批判的日常美学について』の記事もそれぞれお読みください。

今回は伊藤亜紗さんの『体の居場所をつくる』から考えたことをまとめたいと思います。

なお、『体の居場所をつくる』には人種的マイノリティの方や、様々な病気や障害の方、そもそも診断が難しかったり、治療法が確立されていなかったり、同じ診断名でも症状がそれぞれ異なる方が登場します。

病名や診断名に触れると、ひとまとめに語ってしまう危険性があるため、あえて具体的な診断名や障害名には触れずに記事を書くことにしました。
ぜひ、実際に書籍にも触れてみてください。

病気や障害と「0か100か思考」

前回『批判的日常美学について』の記事で、「丁寧な暮らし」の背景にあるすべてをコントロールする理想と自己責任論について触れました。
この「自分が頑張ればコントロールできるはずだ」という考え方が、しばしば病気や障害に対するネガティブな捉え方と結びついてしまうことが、『体の居場所をつくる』でも語られています。

「0か100か」で物事を捉えて、体を自分の支配下に置くような考え方では、コントロールできない・しにくいものは、単純にないほうがいいと捉えられがちです。

けれども、体を支配するのでもなく、かといって体に乗っ取られるのでもない、その人なりの体との付き合い方を見つけてゆく過程は、「0か100か」では単純に割り切れません。絶えず複雑で、グラデーションのある世界に『体の居場所をつくる』は誘ってくれます。

「症状」と「コーピング」という捉え方

『体の居場所をつくる』で繰り返し登場するのが、「症状」に見えるものが実は現状に向き合うための対処法「コーピング」だった、という表現です。

「息しなきゃ」と意識しなくてはいけないほど身体の内側が大変で疲れているので、身体が内側を守ろうと集中するあまり、表情を作れずに「抜け殻」のようになる。

第八章 「因果関係の外で」より要約

「自分の体が信用ならない」しんどさがある「症状」であることもご本人の口から語られています。
ただそれだけではなく、体も内側で起こっている状況に対処して守ろうとしてくれている。そんな風に捉え直すことも、体との関係性が変わるきっかけになり得る。そんなことが、多くのインタビューから読み取れます。

身体のあり方を拡張する

体のあり方を捉え直す、身体の可能性を広げるという意味では、第九章に登場する分身ロボットも大きな意味を持ちます。

光や音、匂いといった刺激が引き金となって重い吐き気やめまいなどの症状が出るため、外出に困難を抱える方が使用しているのが、OriHimeという分身ロボット。
遠隔で操作することができるロボットで、第九章でも少し触れられているように、今ではそのOriHimeを操作して接客を行うカフェも東京に常設されています。

まるでその場にいるかのような強い臨場感を作り出せるこの分身ロボットを使って、そこに「いる」ことと機械として「ある」ことのグラデーションを調整することができます。

その調整について、インタビューではこんな風に語られています。

体の感覚的には自宅にいる感覚に強く引き寄せて、OriHimeを「操作する」っていう感じにしちゃうこともできる。でもそれだと外に出たい欲求は満たされないから、プライベートとかで使うときは、なるべくOriHimeのほうに自分を寄せています。だからそのグラデーションの割合を自分で都合のいいように変えているんだと思います。

第九章 「グレーの中で生きる」

刺激が少なくて症状が出ないという安心と、外に出たいという欲求は、やはり「0か100か」ではなくて、テクノロジーはちょうどいいグラデーションを実現するためにある、ということを強く感じます。

点ではなくプロセスのなかで

すべての章に触れて思うのは、こうした「0か100か」ではない体のあり方を探究し、体の居場所をつくってゆく取り組みのなかで、体の捉え方も絶えず変化してゆく、ということです。

経験や状態を点としてだけ見ると、しんどさも面倒なことも、たくさん感じ取れます。一方で、決してその状態が固定されている訳ではなく、様々なことを感じ揺らめきながら、変化してゆく可能性を秘めている。たとえ苦しさがつきまとうとしても、すべてをプロセスの一部として見たら、感じたことすべてが「その人の一部」になってゆくのだと思います。

当事者お一人お一人への贈り物としてまとめられた各章からは、そのプロセスを一言でまとめない、一言で塗りつぶさないという伊藤亜紗さんの思いも込められているように感じます。

「11人の永い回復。それぞれが生きづらいはずなのに、奇妙な快活さと楽天性が本書を貫いている。一人ひとりの「工夫」、それに対する著者のリスペクトが織り合わされ、私たちは生を見つめ直す視点をもらう。あえて言いたい、なんと面白いのか!」

濱口竜介さん(映画監督)

濱口竜介監督が寄せられた上記の帯コメントにある「永い回復」という言葉も、伊藤亜紗さんのそんな思いを受け取ったものかもしれません。次回は帯コメントの内容も踏まえながら、伊藤亜紗さんと濱口竜介監督が、インタビューや作品作りを通じて他者の身体と向き合うことについて語り合ったトークイベントをご紹介したいと思います。


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