震える心の先に――映画『聴く隣人のいるところ』
前回まで、瀬尾夏美さんと伊藤亜紗さんのワークショップ&トークイベントから聴くことについて考えてきました。よろしければ、ワークショップの記事・トークイベントの記事もそれぞれお読みください。
今回は、瀬尾さんと伊藤さんのお話から見えてきた「近しい関係性において話を聴く難しさ」について、この映画から考えたいと思います。
島根県江津市にある生徒数34名のキリスト教愛真高校。寮で寝食をともにしながら、対話を続けてゆく生徒と教職員の姿を映し出したドキュメンタリー映画です。
鑑賞する前は、対話の素晴らしさを描いた映画なんだろうと思っていました。でも、実際に鑑賞して圧倒的に感じたのは「対話の素晴らしさに行き着く前の、それぞれの声を聴くことの困難さや葛藤」のほうです。
違って当たり前、の見えにくさ
インタビューを受けた一人の生徒がこんな風に語っていました。
「みんな自分と近しい感覚を持っていると思っていた。でも全然違った」
この高校では、スマートフォンもインターネットもない環境のなかで3年間仲間と生活を共にします。生徒たちは学校と誓約書を交わしたうえで入学をするそうです。現代では当たり前になっている便利さを手放すことに納得して入学を決めた者同士「きっと似た感覚を持っているだろう」と考えるのも無理はないでしょう。その前提があるからこそ、仲間と自分の違いを実感したときの衝撃も大きく、言葉でぶつかってしまうこともあるのだろうと感じました。
実際、撮影当時3年生だった35期生の生徒たちも、最初は話し合いができず、どうしたら話し合えるのか、どうしたら相手の声が聴けるのか、何度も話し合ったそうです。
それこそ話し合いの時に、一回聞こうみたいなことを共有して、しばらくして、だんだんそうなっていった。みんな最後まで話させてくれるから、すぐには否定してこなくなって。そう本当に信じられたものがあったので、それから何か言えるようになった。
「声を聴く」というのはお互いの違いを前提としながら、聴く際の姿勢やルールを共有し、関係性を更新してゆくなかで可能になるのかもしれません。
愛真高校の学校運営のルールや教職員と生徒の距離感にも、そう強く感じさせるものがありました。
一緒に答えを見つけてゆく、学校を運営する者同士の関係性
愛真高校では何を決めるのにも話し合いが行われています。
寮や学校の決まりを一つ一つ決める際も、教職員と生徒が対等に一票を持ち、意見を交換し合う「全体会」が持たれます。
もちろん、生徒の安全や教職員の勤務態勢、創立の理念に関することなど、学校側が責任を負うことはありますが、生徒たちも学校を運営する主体として提案をする場が設けられているのです。
教職員が生徒の意見に対して正解を示すような場面は一度もありませんでした。学校を運営する者同士として、何が正解かはわからないまま、お互いの意見を述べているのです。生徒たちと教職員が一緒にベストな答えを見つけてゆく過程が映っている、といえばいいかもしれません。
これは忍耐と冷静さが求められる大変な作業だな、と思います。
それでも、考え・思いが受け止められる仕組みがあり「自分もこの学校の一員として尊重されている」と実感できるからこそ、お互いに語り合えるのでしょう。
時に迷い、考え込みながらも、まっすぐに言葉を投げかける生徒たちと、その言葉を受け止める先生たちの瞳や表情が、そんな関係性を物語っている気がします。
人を繋ぐ、思いの発露としての歌
お互いの声を聴き、受け止め合う信頼関係を築くなかで生まれるものは、言葉だけではないのかもしれません。学校ではたくさんの歌が歌われます。生徒たちが作詞作曲した歌もたくさん生まれていました。
はっとさせられるような歌が生まれる理由として、生徒たちの歌唱力の高さや作曲のうまさも当然挙げられるでしょう。
でも何より、こんなに素直な思いをメロディに乗せられるんだな、と感じました。自分の声を発することを恐れず、思いをそのまま乗せた歌のエネルギーが、スクリーンを通じて届いてきます。
前回の記事で「表現されたものが、体験を繋いで共鳴し合うための媒介になる」と書いた通りの歌が、そこにはありました。
表現されているものはとても個人的なもののはずなのに、なぜか自分が学校生活で抱いていた思いを振り返ってしまうような、人を繋ぐ力に満ちた歌のエネルギーを、ぜひ体感してください。
聴く隣人になる、ということ
相手と自分の違いに愕然とするような体験や葛藤が避けられないとしても、諦めずにいた先に見つかる風景がどんなものなのか、相手と一緒に探し続けることが「近しい関係性のなかで話を聴く」ということなのかもしれません。
スクリーンを通じた生徒たちのまなざし・声・歌は、あなたにはどんな風に届くでしょうか。エンドロールでどんな風景を思い描くでしょうか。ぜひ一度耳を傾けて、生徒たちと一緒に考えてみてください。
