最前の柵を掴んだ日はいつも覚悟を決めていた
ライブハウスにしか友達がいなかった。
中学、高校、卒業しても何となく続いた関係は儚く脆い。欲をかいてしがみつくと蜘蛛の糸のようにぷつりと切れる。
そんな私でも、ライブハウスに行きさえすれば自然と仲間が増えていく── しかし、思い出すだけで息苦しくなる〈あの時〉を境に、すっかり足が遠のいてしまったら?
19歳の私が、25歳になった。
仕事帰りの満員電車でいつも通りSNSを見ていたところ、昔好きだったバンドの新曲が人気アニメのエンディングテーマに決まったと知る。
ライブハウスを離れて6年、私が追い掛けていた彼らはいつの間にか売れたようで、ありとあらゆるロックフェスティバルのメインステージに立ち、公式アカウントのフォロワー数もライブのキャパシティも、当時とは比べものにならないほど増えていた(ファンクラブまで存在するらしい)。
その瞬間、私は複雑な心境を覚える。
ちょっと変わったら文句を言うくせに、ずっと変わらなくても愚痴を吐く。自分の思い通りにいかなければ。
(元)ファンとは勝手な生き物だ。
もう、私には関係ない。
日を追うごとに、新曲の先行配信、シングルリリース、〈レコ発〉ツアー決定、最速チケット申し込み受付開始、と情報が流れてきたとしても。ベッドの上で寝返りを打った。
もう、私には関係ない。
『不要不急の外出は避けて』『こういう時、一番に消されるのは娯楽』とても見ていられなくて趣味で繋がったSNSのアカウントを全て削除し、逃げた過去がブワッと襲いかかり、脳内に居座るので、無理やり目を瞑った。
もう、私には関係ない。
眠れなくてつけたテレビで流れた懐かしく心惹かれる声、語りかけるかの如く人を救う歌詞、働き詰めで疲れ切った心と体を包み込む愛おしいメロディ。
ぽた、と真っ白なカーペットに雫が落ちる。
頬を伝って顎から下へ、ぽた、ぽた、瞬きのたびに、止めようとしても止まらなくて、嗚咽を漏らした。
音楽は目に見えないけれど、弱い私はこうしてギリギリの夜を乗り越えてきて、今日も生きている。
そして迎えた2026年5月29日。
退勤後、急いで着替えて職場から程近いキャパシティ3000人のライブハウスを目指しながら全力で走る自分が、まるで物語の主人公のように青春じみており、会場案内の看板が見えた途端に気が抜けて速度を緩め、呆れて笑った。
「はぁ、はぁ。息切れに年を感じて微妙に、嫌だな……」
言葉がひとりでに唇から溢れる。
俯いて両膝を押さえた後、「まだまだ負けらんねえよなあ」と例のバンドの好きな曲を一節歌い、再び顔を上げたタイミングで、
「えっ、アリサちゃん!?」
私のユーザーネームを6年ぶりに呼んだ人が誰か、分かった。
ひとりが気付いたと思ったら、
「やっぱそうだよね」
「足、大丈夫?」
「マジか、久しぶり!」
次々とアルコール片手に駆け寄ってくる。ここは居酒屋なのか、訪れる場所を間違えたのか。
私の友達は、ライブハウスにしかいない。

