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初恋みたいな最後の恋をしませんか?_5永遠


《前回のお話》
ようやく気持ちが通じ合った咲良(さくら)と(そう)。爽は恋人の存在を公表して堂々と、尚且つ誠実に咲良と交際する。幸せいっぱいな咲良に、同居人まどかの影が忍び寄り……?


 淑やかだが世間離れした、まどかは大学で浮いた存在だった。
 喋れば喋るほど疎まれ、見かねた私が「友達になろう」と言った(彼女は酔うとこの話と感謝ばかりする)。
 まどかにとっての私は卒業後に同居を迫るくらいの親友で、特別とは分かっていても、彼女の祖父を巻き込んでどうのこうのまでは想像しておらず、「自分の家を買ってもらったの」という素っ頓狂な言葉を素直に信じた。


「持ち物は全部同じが良くて、咲良の彼氏も、私が把握できていないと不安で。ごめんなさいはこちらの台詞。大好きなあなたの選択肢を奪った。ただの依存だわ」
 打ち明けながら赤ワインのボトルを持ち上げてぐるりと円を描く等、潔癖気味の彼女に有るまじき行為を目にし、あーとかうーとか返事ではない何かが唇から漏れる。
 初めて彼女のことを重荷に感じた。


 恋人の爽とは大好きの意味が違う。成る程、まどかの言う通り依存だ。
 率直に述べると私たちは頭を冷やすためにしばらくの間、距離を置いた方がいいと思った。
 今、こんな暴露をされて私が下手に口を開きでもしたら形はどうあれ、彼女を突き放してしまい、それでいつか必ず後悔するだろう。


「えーっと。何しろ突然でしょ、混乱しちゃって。少し時間をくれる?」
「また彼氏のところに行っても構わないわ。私は嫌われて当然だもの」
 まどからしからぬネガティブな発言が耳を通り過ぎる。今朝の彼女は全体的におかしかった。
 が、私は普段より朝の支度を短めにし、着替えや化粧品をスーツケースに詰め込んでふたりの家を後にする。
 無慈悲? 恩知らず? 確かに。


 更には、幾ら恋人とはいえ爽にも迷惑がかかるので、1日2日空けてうちに帰ると決めていた。
 しかし、追撃のようにまどかから送られてきたメッセージ『今回の件がなくたって、いつまでもふたり暮らしは難しいでしょうし、先を考えてみて』を読み、モヤっとして爽に「ちょっと、まだ帰りたくないかも」と伝える。


「同棲っぽくて俺は嬉しいよ。でも、まどかさんとの関係もどうにか修復できるといいな」
 彼はヘアブラシで私の髪を梳かしながら優しくこう言って「実際、何としても咲良ちゃんの側に居たい気持ちはよく分かる」と、うんうん頷いた。
「しっかり者のクール系に見えて、最初もツンツンしてたけど付き合うと甘えんぼなの。あとはシンプルに面白れー女」
「貶してる?」
「まさか。全世界に自慢してんじゃん、おいしいご飯載せてさ」


 スイッチが入った様子の彼にたくさんキスされて、せっかく整えた髪が乱れる。
 いっそ爽と暮らしてしまおうか。
 先日、発表されたハイローファイ・コラージュの新曲は間違いなく私たちのことを歌っており、『爽くんと彼女さん、いよいよ結婚かな』などとファンがざわついた。
 あれほどバンドマン、取り分けベーシストに恋をしてはならないと警戒したのが馬鹿みたいに思えてくる。


 そうして、あっという間に7日経った。
 まどかは何のメッセージも寄越さず、私と爽はひたすら愛を重ねる。心情的にこれでめでたしとはいかなかった。
 されど時間の経過に伴い、意地を張るようになって、転がり込んだ彼の1LDKに図々しく〈咲良のスペース〉を作る。ここで化粧を施し
「行ってきます」
仕事中は制服ゆえに数パターンの通勤着と爽の地味めなアウターで賄えた。


 現実逃避なのか、接客すると楽しくて気分が晴れる。
「あっ、顔色がパッと明るく。すごーい」
「シアーなブルーでしたら、また印象が異なりますよね」
「うん。お姉さん、魔法使いみたい!」
 自身の職業がビューティーアドバイザーで本当に良かった。未だに心地好い夢を見ているようで、お客様にいただける言葉で涙腺が緩む。



 感極まる女はさておき、どちらの仕事も休みな爽は都内の高級住宅街に向かっていた。
「俺が挨拶しに行って拗れなきゃいいな。に、しても弱った。同じような建物の連続で」
 だいぶお節介だろうとも、恋人の同居人・まどかと話して〈本来の形〉に戻すべく、彼は記憶の中の住所を辿る。


 だがしかし、爽は方向音痴であった。ここら辺はセキュリティの厳しい街だと知っている。角を曲がって、右に目的地がなければ不審者として通報される前に退散しようと決めた。
 と、幸運にも数メートル先に車が停まり、中から若い女性が出てきて、運転手に「ありがとう」と礼を述べる。


 車が去ると、彼女は爽の方をチラッとして場所に似付かわしくないため、眉を顰めた。
 まどかと爽。咲良を巡るふたりの初対面、とはいうものの咲良のSNSに投稿された写真で一方的にまどかの顔を覚えていた爽はほんの少し物理的な距離を縮め、深々と頭を下げる。
「まどかさん。こんにちは、はじめまして。僕は、ご友人の咲良さんとお付き合いさせていただいている者です」


 名刺は敢えて2枚出した。恐らく咲良は恋人が兼業バンドマンだと親友には伏せたまま。彼ははっきりと素性を明かした上でまどかと向き合う強い覚悟を持つ。
「あら、ご丁寧にどうも……はあ、バンド? あの子は全然、教えてくれませんでしたよ」
 一旦まどかは相手に合わせるも、肝心なことを黙っていた咲良に対し、腹を立てて爽に怒りをぶつける。


「咲良は理想が高くて、私が紹介した男性とも交際しなかったんです。なのに、犯罪なんかで逮捕されても才能云々で許されちゃうような人を選んだんですね、本当に見る目がなさすぎる。失礼は承知の上ですけど、私はあなたが嫌い」
 まどかは穏やかな性格だと咲良に聞いていたので、敵意を剥き出しにされ、爽は怯む。
 暫しの沈黙の後、爽は深呼吸してまどかに語り掛けた。


「関係を認めてくださいとは言えません。ただ、僕からすると、〈彼氏〉は時が経つと別れてしまう恐れがあります……絶対に離しませんが。友達は一生ものでしょう。まどかさんが羨ましいです」
「今にも壊れそうでも?」
 感情を昂らせたまどかが大きな目に涙を溜めて切り返し、爽はポケットティッシュを差し出す。
「まだ間に合います。咲良さんは寝言でたまに、まどかさんの名前を呼ぶんですよ。帰るところは俺の家じゃない。ですから、遅くとも週明けには彼女を送り出すつもりで──どうか仲直りしてくださいね。僕は、まどかさんと幸せに暮らす咲良さんも含めて、愛しています」


 爽の熱意が伝わってきて、まどかは受け取ったティッシュで目の下を拭い、
「私は咲良をとられて、あなたにやきもちを焼いたの。何ひとつ敵わないわ。第一、わざわざうちの近くまで足を運んで、面倒事に首を突っ込む人だものね。私も勇気を出して咲良に連絡を取ってみようかしら」
自分の器の小ささを恥じる。
 恋人の為を思って大胆な行動に出た爽のおかげで、揺れ動くまどかの心のロックが解除された(流石は技術員)。
 しかしながら、親友と恋人の板挟み状態だった咲良は、ふたりが会ったとは知らない。


「爽の初恋っていつ?」
 午後9時半ごろ、視聴しているドラマの内容に合わせて私は彼に尋ねる。
「咲良ちゃん」
 ベッドの上で気怠げに寝そべる爽が即答した。恋愛に興味がなく、相手から言い寄られて〈以外〉だと私が初だとか。
 こちらの帰宅時、妙にニコニコしており、不審を抱くも、相変わらずのマイペース加減に安堵する。


「ね、お金貯めて結婚式挙げてさ。咲良ちゃんに似た子供も欲しいな。お家建てられるように仕事頑張る。いっこずつ叶えてくの。どう?」
「素敵だね。ずーっと寄り添ったまんま年老いていくだなんて」
 たった2か月そこらの仲にも拘らず、私たちは本気で「死ぬまで一緒」だと考えていた。
 ──もしも、たまたま行った飲み屋で彼に出会わなかったら?
 人生どんなことが起こるか分からない。


 テレビ台の上に置いたスマートフォンの画面が瞬間的に光り、〈まどか〉のメッセージ通知を映し出す。
『どうしよう。乾燥機が止まらない』
 私が家を空けているため、てっきり例のお手伝いさんでも呼んだとばかり。自力でやろうとするチャレンジ精神はともかく、またも家電製品を壊される。
『無理やり蓋開けないで、時間掛かっても待ってて』
 途中まで打ち込み、爽の方を振り返った。


「やっぱ、まどかっていうか家電が心配だから次の休みでうちに帰ろっかな」
「うん。そうしなよ」
 彼はにっこり笑い、私の頭を随分と愛おしげに撫でる。
「咲良ちゃんが何をして、どこにいても俺は咲良ちゃんのことが大好き」
 爽が私を選び、私が爽を選んで始まった、初恋のような最後の恋は、焦らずとも緩やかに続くだろう。

《了》


★久々にまとまった長さのある連載をして初心を思い出しました。
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