見出し画像

インドネシアで技能実習生の面接をしてきました(3669字なげーよ)

こんにちは。
今回のインドネシア訪問の目的は技能実習生との対面面接でした。渡航費と宿泊費で一人20万円近くかかる訪問に価値はあるのか、と言えば私は価値があると断言する。本来なら社長である兄一人が行けばいいものを、それに私を帯同させてくれた事を心から感謝している。
実はこの記事を書くに当たって色々悩んだが、今回貴重な体験をした事を人々に知って貰うのが、私に与えられた使命なのではないかと思っている。だから、

身バレが怖くて記事が書けるかっつーの!!!

忘れないうちに思い切っていくよ。
3600字超えだから、付いてこれる人だけカモーン!

インドネシア滞在2日目

現地送り出し機関のインドネシア人のSさんと、人材派遣会社の筋肉ムキムキのMさんと、前回記事のEさんとRさん↓


私は日本で買った7人分のお土産、ヨックモックのシガール(私のスーツケースの半分を占めてたw)を両手に持ち、ホテルのロビーで待っていると、

作業着を着た兄(社長)登場

昨日はスーツに革靴でキメキメでインドネシアを訪れたのに、今日は作業着かよwww

インドネシア人のSさんから、

「前から作業着を着た日本人が来るなと思ったら社長でした。なかなかのインパクトがありますwww」

大笑いされていた。

「実際仕事ではこんな感じだからいいと思ったんだよねー」

コスプレかよ!
と思ったけど言わなかった。
うちの兄は昔から見た目に拘る人間でコロコロと衣装を変える。
この面接の後の飲み会ではラフな服装に着替え、翌日急遽決まったゴルフでは
「ショッピングモールにラコステあったから買っちゃったよ」
と言っていた。

衣装どんだけ変えるんだよ!
と思ったけど言わなかった。

事前に履歴書や性格診断等を見て、

「俺の中ではもう決まってる。4番と6番と7番、この中から2人に絞る」

私も一通り目を通したけど異論は無かったが、今回の面接で私が発する権利は無いと思っている。選考については全て心の中で思う事にした。

一次面接・・・2組ずつのちょっとしたゲーム
二次面接・・・単独面接
三次面接・・・集団で逆質問

一時面接のちょっとしたゲームを終えて兄は、

「3番と4番と6番と7番、2番も悩む…

あー!7人全員に来て欲しい!!!

これは悩むなー」

日本では嫌われている建設作業員に、こんなにも応募が来てくれて兄は喜びを隠せない様子。しかしながら、会社の規模で今回は多くても3人までしか受け入れられない。

二次面接開始

自己紹介と実習生の目的を日本語で話して貰う。

「家族を支える為に日本で仕事がしたいです」

目的はほぼ皆一緒だった。
そこで兄が質問をする。

「何年日本で働きたいですか?」

技能実習生制度は3年と決まっている。
この間は一時帰国は無しで、3年の実習が終わると企業負担で帰国出来るが、そこでもう一度日本に戻るかインドネシアに留まるかは本人次第。

3年、5年、8年

回答は様々だったが、一人だけ

「10年頑張って一時帰国して、結婚して、家族を連れて日本で生活したいです」

5番の最年長の25歳。
経験も無いし兄は最初から除外していたが、この言葉を受けて激しく心を動かされたようだった。面接終了後に私はこっそりと、

「お兄さん、こういう気合い入った子好きでしょ。完全に迷いに入ってるのわかるよ」

「好きだね。最初から10年と言い切る所が、俺は好きだね」

他にも質問で、

「夢はありますか?」

と聞いた所、

「日本とインドネシアを往復して、建設業で会社を興したい」

と言っていた、業界経験者の3番の子は逆質問もバンバンしていたので、この子は決まりだろうなと思った。ちなみに私は履歴書を見た時から3番の子を推していた。(何度も言うが、私は選考に関しては一切口出しをしていません)

これらの質問に対して、

「3年経ったらインドネシアに戻って、シンガポールで事業をしている親戚と仕事がしたいです」

と言っていた4番の子は落ちるだろうなと思った。

あと、

「3年で帰って地元の英雄になりたいです」

と言っていた7番の子も、きっと兄の中ではナシ判定だろうと思った。

三次面接の最後に、私は一人一人に「今日は来てくれてありがとう」と言ってヨックモックのシガールを渡した。これが私の役割でありメインイベントだった。割れてたけどメンゴね。


皆大好きシガール

その場で2人に決めなければならない。
1人は3番、この子に関しては誰も何も異論は無い。
もう1人は2番、長年現場の職人たちを見てきた兄の感覚で、

「2番の子は不器用だけど頑張る子だと思う」

との事。するとムキムキの営業マンのM君が、

「わかりますわかります。2番の眉毛繋がってる子いいですよね。自分も社長の選考悪くないと思います」

そして、
「やっぱりもう一人いいですか?もう一人は5番でお願いします」

履歴書だけを見て決めていた、4番、6番、7番とは別の子達ばかりを選んでいた。更に2人から3人に増えた事に対して兄から、

「ごめん。一人増えると手続きも大変になるよな。でも俺、どうしても3人採用したくて」

兄よ、別に書類の手続きなんてどうでもいいけど、一人増えるという事はその分の費用も増えるという事なんだよ。しっかり仕事が途切れないように、一生懸命営業して、現場を増やさなければいけないんだよ。その覚悟が出来ているのなら、私は何も言いますまいだよ。

話合いの末、Sさんが一人部屋を出て面接の結果を発表しに行った。
私達はその間2階で待っていたのだけど、暫くすると階下から

グォーーーーー


という、雄たけびのような声にならない嗚咽が聞こえてきた。

ガラス張りになっている階下を見てみると、2番の子が号泣していた。
3番と5番の子が抱き合って喜びを分かち合っていて、泣き崩れている2番の子を2人が支えていた。
それは言葉にならない光景だった。

傍では派遣員のEさんが貰い泣きをしていた。

「私、何度見ても泣いちゃうんですよ。良かったなーと思って」

横にいる兄を見ると、兄もまた何かを堪えているようだった。

インドネシア人のSさんが戻ると、

「いやー今回は2人って言ってたんで、最初に5番、3番と言った後に少し間を置いてから2番と言ったら、2番の子が泣いちゃいましてね。いやー面白かったなー」

それを聞いて、

「Sさんてなかなかの演出家ですよねwww
わざと感動するポイント作ってるのわかりますよwww」

私達はゲラゲラと笑っていた。

そして最後に、私は今回決まった子達に向けて下記の言葉を放った。

「私には高校生の娘がいます。彼女は国際人を目指しているので、皆さんと友達になりたいと言っています。今から彼女の動画を見せますので、日本に来た際はどうか友達になってあげて下さい」

インドネシア人のSさんが通訳をしてくれた後、私は自分のスマホを彼らに見せた。そこには、斜めのアングルからバリバリに加工して自撮りした、インドネシア語を流暢に話す娘が映っていた。(キャプチャー付きで)

こんにちはー
私の名前はリリーです
日本に来た際は
私と友達になってくださいねー
待ってまーす
バイバーイ

正直誰だよコイツwと思ったけど

「か、かわいい」

という声が実習生達から聞こえてきたので、私のミッション2は成功したと言っていいだろう。
娘よ、協力してくれてありがとう。(たった5分で動画を作った娘を誇りに思う)

この後、私はEさんとRさんとジャカルタを観光した。

オランダ時代の建物が残るコタトゥア


Eさんから

「いいなー、彼らは3年も日本に行けるんですよねー、いいないいなー」
(本当に日本語が上手なEさん)

これは本音だと思う。
誰もがチャンスを掴める訳じゃない。
今回志望した7人のうち、日本への切符を掴んだのは3人だけ。
他の4人はこの先何度挑戦することになるのか。どうか今回はダメでも、絶対に日本行きを諦めないで欲しい。

ジャカルタには若者が集う場所がいくつかある。上記のコタトゥアや、日本人街があるブロックMなど。
イスラム教だからお酒は飲まないのが基本なんだけど、地べたに座って、屋台で買ったモノを食べたり、各々語り合うのが若者の文化らしい。私はその光景を見て思った。


ジャカルタにいる若者は
実習生にはならない
彼らはまだ
ジャカルタで生きていける若者だから
実習生にはならない
日本で実習生になるのを希望する子は
ジャカルタにいる子達ではない
きっともっと田舎の町出身で
事情がある子達ばかりだ
家族の為に働く
それはどういう気持ちだろう
言葉もわからない遠い日本で
不安も山ほどあるだろう
ただ
まだまだ若いから
日本行きを楽しみにしている部分もあると思う
好奇心の気持ちもあると思う
どうかその気持ちをずっと持ち続けて欲しい
ワクワクする気持ちをもって
日本に来て欲しい

私は心の中で想像しながら、実習生の3人と来年1月に日本で会えるのを楽しみにしている。

どうかこの時の気持ちを忘れないで欲しい

そういえば、帰りの便で缶ビールを飲みながら兄から言われた。

「1人増えると負担はいくらだっけ?」

「1人ざっと40万だね。3人で120万」

「ゲ!ヤバいじゃん。何も考えずに3人にしちゃったよ、ヤベーなオイ」

頼むよエニキ…

いいなと思ったら応援しよう!