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インドネシア実習生が日本に来たかった本当の理由

こんにちは。
インドネシアから実習生が日本に来て約半年が経ちました。
今回、3人のうちの1人最年少で20歳のRと2人で話をして、とても思い出深かったのでここに記します。

先日社長である兄から、
「3人の仕事のレベルに雲泥の差がついたね」
「雲泥?それは随分大袈裟じゃない?」
「いやいや大袈裟じゃない、現場の職人達皆言ってる。Rが1人別格で仕事ができるって」
「Rが?そうなの?」
「Rは当たりだと皆言ってる」

ここで私は昨年のジャカルタでの面接を思い出した。一見不器用っぽく見えるRを最初に指名したのは兄だった。
「この子はお父さん亡くなってるし、真面目に頑張ると思うよ」
これまで何百人と送り出してる仲介業者のMさんも、
「自分もこの子いいと思います。社長見る目ありますよ」
Rは日本行きが決まった瞬間、歓喜のあまり人目もはばからず号泣した。兄がそれを見て貰い泣きしたのを覚えている。

「スラマッ パギー」
「おはようございます」

その日私はRと2人で、新大久保にモバイル契約をしに行った。電車に揺られながら、私のお得意の根堀り葉堀りが始まった。

「お母さんは今1人で住んでるの?」
「ハイ、母は今1人です」

Rのお母さんは61歳、随分前にお父さんを亡くして長い事2人暮らしだったとの事。

「お兄さんとお姉さんは結婚してるの?」
「ハイ、近くに住んでいます」

お兄さんは30歳、お姉さんは27歳、2人共結婚して子供がいて、お姉さんには4人の子供がいるとの事。

「Rがいなくなってお母さんも寂しいよね」
「ハイ、寂しいと言ってます」
「Rは寂しくない?」
「ハイ、私は大丈夫です」

Rのインドネシアでの職業は車の運転手だった。高校を卒業して18歳で運転手になるって、インドネシアの免許事情はどんなものかと思うけど、ひとまず私はR自身の話を聞いた。

「へー、どんな車運転してたの?」
運転手時代の写真を見せて貰ったところ、
「ヤダこれベンツじゃん、Rベンツ運転してたの凄いね」
「ハイ、運転してました」
私はまた根掘り葉掘り聞く。

Rの実家は首都ジャカルタから離れた、インドネシア第二の都市スラバヤに近く、そこには日本企業の工場が沢山あって、よく日本人を乗せて送迎していたとの事。

「ワタシ、日本のお客さんから言われました。Rは日本に行った方がいいって。そういうの何て言うんでしたっけ、インドネシア語では◯◯ですけど、あー日本語だと何だっけ、あーニホンゴムズカシイ」

一生懸命言葉を見つけようとしているRは、私と話す時は一切翻訳機は使わない。

「ところでさ、Rは何で日本に来たかったの?」

面接では「家族のために働きたい」が無難で、それ以外の答えは無いに等しい。むしろ余計な事は言わない方がいい。「地元で英雄になりたいから」とか余計な事を言った結果、落とされるのがオチだから。

しかしながら、Rはもう日本に来ているから私は本当の理由が知りたかった。表向きは家族のためだけど、本心はどうなんだろう。軽い調子で質問したら、Rは少し考えこんでしまった。

電車を降りて暫くしてRが、
「エイコさん、さっきの質問の答えです」
「え?何?質問?」
「ハイ、なんで日本に来たかったのか」
「あーそれね、考えてくれたんだ」
「ハイ、ワタシの兄さんが言いました。Rは好きなように生きなさいって」
「お兄さんが?カカッ ラキラキ?」
「ハイ、kakak laki-lakiです。ワタシの家はキビシイです。母も兄もカタイ人です」
恐らく真面目で封建的な家柄と言いたかったのだろう。
「ワタシの家は田舎で、周りは何も無い、お店も遠い、不便です」
「そっか…家を出たかったんだね。だけどさ、ジャカルタじゃダメだったの?ジャカルタは都会だし、仕事もいっぱいあるよね」
「うーん…」

ここでまたRは考え込んでしまった。気持ちにピッタリ合う日本語が出てこないのだろう。

ジャカルタの三つ星ホテル


私達はナシゴレンを食べながら、Rがまた思い出したように言った。

「エイコさん、近代的です」
「え?何?近代的?随分難しい日本語使うのね」
「さっきの質問ですが、ワタシは近代的になりたいからインドネシアを出たかったです。そのために日本に来たかったです」

それはとても若者らしい答えだった。Rは「都会に憧れる若者」そのものだった。このままインドネシアの田舎で燻ってる訳にはいかない、家族を助けるためという名目で、近代的な人間になることを夢見て、海を渡ってきた若者だったのだ。

私が思うに、恐らくRは今後日本だけには留まらないだろう。この先、円安が進む日本では稼げない事を知り、世界の言語と知識を身に付けて、色んな国を渡る事になるだろう。Rにはその意欲が見える。かつて私の友人で、東南アジアから日本に来て、帰化して日本人になったけど、更なるビッグマネーを求めてアメリカに渡ってしまった。その友人の姿がRと重なって見える。

帰りの電車で、Rは斜め掛けのショルダーバッグから「みんなの日本語」というテキストを出した。見てみると相当使い込んでいて、アンダーラインも沢山引いてあり、メモもぎっしり書いてあった。Rは電車移動の際はいつも勉強していると言う。他の実習生2人は、Aは彼女とワッツアップでチャットして、Cはスマホゲームをしている。こういう所でRは一人差がついたのだと感じる。

「エイコさん、ワタシは日本語話す時緊張します」

テキストを見ながら、Rは年上の人には丁寧語で話さなければならないのが難しいと言った。私はRに伝えた。

「R、尊敬語とか丁寧語は、日本人でも出来ない人が多いから、あなたは外国人だから気にしなくていいよ。だからね、どうか話す事をやめないで欲しい。緊張して話せないからと黙ってるより、どんな日本語でもどんどん話す事が大事だと思うよ。今日はRの話を沢山聞けて楽しかった。トゥリマカーシィ」

するとここでRが突然思い出したように、

「エイコさん、お墨付きです!ワタシ、インドネシアで運転手だった時、日本人のお客さんからお墨付きを貰えたです!」

お墨付きってアンタ、随分渋い日本語を知ってるのねw
私からもお墨付きだよ。Rは日本全国どこでも通用するインドネシア人だと思うよ。だってさ、今回のサッカーワールドカップで解説の本田圭佑が「ウザイ」を連発していたように、Rもすっかり「ウザイ」を言いこなしてたから。

「エイコさん、それはウザイですよー」

ってねw

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