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第三章: 心臓部

本シリーズは特定の企業を批判する目的で書いているものではありません。
むしろ、あの時代に社会へ出た多くの人が
どこかで感じたかもしれない違和感の記録です。
それが個人の問題だったのか、
それとも時代の問題だったのか。
その問いを、冷静に辿っていきます。

シリーズ一作目はこちら:第一章 高熱

その会社の事業は、大きく二つに分かれていた。

一つは、ガソリンスタンド向けのサテライトセンター事業。
もう一つは、クレジットカードやバンクカードの作成請負事業である。

入社した当初の私は、当然ながらその全体像を最初から理解していたわけではない。
ただ、少しずつ話を聞き、現場を見ていくうちに、会社の今と過去がどう繋がっているのかが見えてきた。

どうやら、もともとの柱はサテライトセンター事業の方だったらしい。

当時、ガソリンスタンドの業務には、今ほどネットワークも整っていない時代特有の仕組みがあった。
売上や伝票、各種の処理をセンター側で受けるような構造があり、その一端をこの会社が担っていた。

元になっていたのは、ある石油系大手企業の仕事だったと聞いている。
だが、その事業は時代の変化とともに役割を失っていった。
元の大手側が、サテライトセンターを使わない方向へ舵を切ったからである。

それがどの程度の時間をかけて進んだのかは分からない。
だが、少なくとも私が入社した時には、すでに主力と呼べるような状態ではなかった。

残っていたのは、地方のガソリンスタンド向けの帳票出力が中心だった。
言い方は悪いが、「よくこれだけで会社が残っているな」と思うような状況だった。

つまり、入社時点でその会社はすでに、一度大きな流れを失っていたのである。

後から考えると、あの会社には“残骸”のような空気があった。

完全に死んでいるわけではない。
だが、かつて主役だったものが主役ではなくなり、過去の仕組みだけが惰性で回っている。
そういう企業に独特の、時間の止まり方があった。

そして、その中で社長がどうやって力を持つようになったのかも、徐々に輪郭が見えてきた。

これは推測を含む話になるが、サテライトセンター事業を通じて中規模のガソリンスタンドのデータを扱う営業を行い、そこから売上を大きく伸ばしたのが、後の社長だったのだと思う。
その成果が、結果として会社内部での力を持つ足場になり、最終的には経営権そのものを握るところまで行ったのだろう。

ここには、ある種の皮肉がある。

会社を立て直した、あるいは一時的にでも売上を作った人間が、やがて会社そのものを支配する。
そして、その支配の果てに残るのは、組織としての健全さではなく、人を中心に歪んだ構造だった。

だが、この会社はそれだけではなかった。

崩れかけた事業の中に、まだ生きている部分がひとつだけ残っていた。
それが、クレジットカードの与信に関わるインフラだった。

ガソリンスタンドでは当然クレジットカード決済が発生する。
そしてカードを扱う以上、売上承認、つまりオーソライゼーションが必要になる。
そのために、この会社はクレジットカード与信のサーバを保有していた。

ここが、この会社の本当の意味での“心臓部”だった。

面白いのは、この部分だけ明らかに空気が違っていたことである。

私はサーバそのものを触る立場ではなかった。
だが、管理のされ方を見れば、それがただの地方企業の片手間の設備ではないことは分かった。

温度管理も、設備も、運用もかなり厳密だった。
火災対策ひとつ取っても、今の基準で見ても相当高い水準で管理されていたと思う。
消火設備の性質上、残留すれば人間にとって危険なレベルの対策まで組まれていた。

つまり、会社全体としては傾いているのに、そこだけは本物だった。

外から見れば、地方の少し怪しい会社に見える。
社内を見れば、人事や空気もかなり歪んでいる。
だが、その内側には、お金が動く瞬間に直接関わる仕組みが残っていた。

このギャップはかなり大きかった。

今振り返ると、私はこの時初めて「会社というものは、きれいに一枚岩ではない」と知ったのだと思う。

組織文化は腐っている。
経営も歪んでいる。
だが、技術や仕組みの一部だけは本物であることがある。

逆に言えば、一部に本物が残っているからこそ、全体がまだ延命してしまう。
あの会社は、まさにそういう状態だった。

しかも、その“心臓部”はただ残っていただけではない。

後から考えると、まだ次の時代に繋がる可能性すら持っていた。
帳票出力や、かつてのサテライトセンターの名残だけなら、いずれ完全に終わっていたはずである。

だが、クレジットカード与信のインフラだけは違った。
それは過去の残り火であると同時に、未来の入口にもなりうるものだった。

そして、その未来に目をつけていた人間が、社内にひとりだけいた。
私の直属の上司となる、F部長である。

この人が現れてから、私にとってこの会社は
「残骸の中にいる会社」ではなく、
「まだ使える心臓部を抱えた会社」
へと姿を変えることになる。

この時点では、私はまだその意味を十分に理解していなかった。

ただ、ひとつだけはっきりしていた。

この会社は、表面だけ見て判断すると必ず間違える。
外から見れば斜陽。
中に入れば歪み。
それでも奥には、まだ動くものが残っていた。

私はそこから先、その“まだ動くもの”に巻き込まれていくことになる。

第四章はこちら:第四章 F部長
(公開前の場合があります)

■ 始まりの物語

ここまで書いてきた時間のさらに前に、
自分の基礎を形づくった時期があります。

大学時代、ラグビーに向き合っていた頃の記録です。
当時はただ目の前に取り組んでいただけでしたが、
今振り返れば今へ続く一本の線の上にあった出来事のようにも感じます。

興味を持っていただけた方がいれば、
その始まりの時間にも触れていただければ幸いです。


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