第四章: F部長
本シリーズは特定の企業を批判する目的で書いているものではありません。
むしろ、あの時代に社会へ出た多くの人が
どこかで感じたかもしれない違和感の記録です。
それが個人の問題だったのか、
それとも時代の問題だったのか。
その問いを、冷静に辿っていきます。
シリーズ一作目はこちら:第一章 高熱
私の直属の上司になったのが、F部長だった。
この人は、それまで社内で見てきた人たちとは明らかに種類が違った。
何が違うのかを最初からうまく言葉にできたわけではない。
だが、少し話をすればすぐに分かる。
この人は「今ある仕事」を処理しているのではなく、「これから使えるもの」を見ていた。
経歴を聞くと、ある一部上場企業の特約店営業をやっていた人だという。
その言葉だけで全部が説明できるわけではないが、少なくとも営業の世界で修羅場をくぐってきた人間特有の切れ味があった。
相手が何を見ているか。
何に反応するか。
どこで話が動くか。
そういうものを、感覚だけではなく構造で見ているように感じた。
この会社に入ってから、私は社内の歪みや、過去の事業の残骸のようなものを見ていた。
だがF部長は、その残骸の中から「まだ戦える部分」だけを拾い出していた。
その中心にあったのが、クレジットカード与信のインフラだった。
ガソリンスタンド向けの売上処理の流れの中で、クレジットカードを扱う仕組みはすでに存在していた。
だが、それはあくまで既存業務の一部として残っているにすぎなかった。
普通なら、そのまま維持することだけを考える。
壊さず、減らさず、細く長く回す。
傾いた会社であればなおさら、そういう発想になりがちである。
F部長は、そこを逆に見ていた。
この与信基盤を使えば、まだ別のことができる。
しかも、それは単なる延命ではなく、新しい収益の柱になりうる。
そう考えていた。
そのアイデアが、ガス料金のクレジットカード払いだった。
今でこそ、月額料金をクレジットカードで払うこと自体はごく普通の話になっている。
だが当時は、まだその仕組み自体が珍しかった。
特にガス料金のような月額課金をクレジットカードに乗せる仕組みは、少なくとも地方の現場感覚では「普通のもの」ではなかった。
F部長が例として挙げていたのが、ある都市ガス企業の事例だった。
日本で初めてその仕組みを採用したのがその会社だった、というタイミングだったと思う。
つまり、話としてはすでに世の中に出始めている。
だが、まだ「誰もが後に続く」とまでは思っていない。
その、ちょうど狭い隙間のような時期だった。
ここでF部長が私に読めと言って渡してきたのが、『V字回復の経営』だった。
今振り返ると、この一冊はかなり大きかった。
単にビジネス書を読まされた、という話ではない。
当時の私は、会社全体としてはかなり歪んだものを見ていたし、事業としても傾いた残骸の上に立っている感覚しか持っていなかった。
そんな中で「V字回復」などと言われても、普通なら空理空論にしか聞こえない。
ところが、読んでみると妙に腑に落ちた。
もちろん、本の内容を完全に理解していたわけではない。
だが、ひとつだけ強く残った感覚があった。
これは、いける。
会社そのものに対する信頼が高まったわけではない。
社長に対する見方が変わったわけでもない。
組織が急にまともに見えたわけでもない。
そうではなく、F部長に対する信頼が一気に上がったのである。
この人は、思いつきで話しているのではない。
会社が死にかけていることも分かっている。
その上で、どこを使えば立て直せるかを考えている。
しかも、その構想を現実の商談に落とし込もうとしている。
この人の頭の中には、確かに未来がある。
そう思えた。
たぶん、この時点で社内でその未来を描けていたのは、私とF部長だけだった。
他の営業たちは、ガソリンスタンド向けの給油の仕組みや、既存の延長線上にあるものを売っていた。
それ自体は間違っていない。
むしろ、その時点の会社の収益を支えていたのはそちらの方だった。
だから、そちらを売るのが営業として自然だったとも言える。
ただ、見ている時間軸が違っていた。
他の営業が「今あるもの」を売っているのに対して、私とF部長は「まだ存在していないもの」を売ろうとしていた。
もちろん、この時点ではまだ売れる保証など何もない。
仕組みも未完成で、導入事例も少ない。
営業資料で説明したところで、すぐに相手が飛びつくような話でもない。
それでも、未来が見えている感覚だけはあった。
これは、今の会社の延命策ではない。
会社そのものの時間の流れを変える可能性がある。
そういう意味での「次の柱」になりうる。
F部長と話していると、その感覚が不思議と現実味を持った。
この人は大声で人を煽るタイプではない。
精神論で押すわけでもない。
むしろ話しぶりはかなり冷静で、場合によっては淡々としていた。
だが、その淡々とした口調の中に、「どこを攻めれば勝負になるか」はすでに見えていた。
私は最初の会社で営業という仕事そのものは経験していた。
だが、そこでは数字を取ることが先にあり、構造を理解することは後回しだった。
もちろん営業にとって数字は大事だ。
だがF部長を見ていると、数字は結果であって、その前に「どの市場を、どのタイミングで、どんな理由で攻めるか」があるのだと分かった。
後から思えば、ここで私の中の営業観はかなり変わったのだと思う。
売り込みが強い人が営業なのではない。
口がうまい人が営業なのでもない。
まだ市場になりきっていないものを見つけ、その意味を相手より少し早く理解し、現実の案件に変えていく。
そういうことができる人が、本当に強い営業なのだと感じた。
そして、その視点を最初に見せてくれたのがF部長だった。
この時点では、私はまだこの人とどこまで長く関わることになるのか知らない。
だが、少なくともこのタイミングで、私の中ではっきりと一本の線が引かれた。
この会社には未来がないかもしれない。
だが、この人についていけば、少なくとも「戦う意味のある未来」には触れられるかもしれない。
そう思えたのである。
だから私は、その後かなり無茶なことをすることになる。
まだ存在していない仕組みを売りに行く。
九州と中国地方を、一日おきに県をまたいで回る。
何を売っているのか自分でも完全には分かっていない状態で、それでも「これはいける」という感覚だけを持って営業を始める。
普通に考えればかなり乱暴な話だ。
だが、この時の私は、その乱暴さを乱暴だとは思っていなかった。
未来の形は、たぶん最初から整って現れるものではない。
たいていは、未完成のまま目の前に転がってくる。
それを信じて動けるかどうか。
この時、私はその入口に立っていたのだと思う。
第五章はこちら:第五章 ないもの
(公開前の場合があります)
■ 始まりの物語
ここまで書いてきた時間のさらに前に、
自分の基礎を形づくった時期があります。
大学時代、ラグビーに向き合っていた頃の記録です。
当時はただ目の前に取り組んでいただけでしたが、
今振り返れば今へ続く一本の線の上にあった出来事のようにも感じます。
興味を持っていただけた方がいれば、
その始まりの時間にも触れていただければ幸いです。
この記事を書いている人はこんな人
・・・というのがわかるような書籍を出版しています。
大学の頃に経験したラグビーと、その後留学して取得したMBA にまつわる話をまとめた書籍です。このnote でも「小麦譚」というシリーズ(マガジンでまとまっています)で無料で見れる部分がありますので、是非読んでみてください。
難しい話や専門的な内容はほとんどありません。
むしろ、
「なんでこんなに無理してたんだろう」
と後から振り返るような、そんな話が多めです。
ダイエットの話をここまで読んでくださった方なら、
きっと気負わず読める内容だと思います。
紙版(1518円)
Kindle版(780円:)
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださってありがとうございます。
サポートは、今後の制作を続けるための大きな力になります。
無理のない範囲で、応援していただけたら嬉しいです。