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こづつみ【第八話】

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『第八話』

葉が散り、息が白くなってきた十一月、村中が忙しなく動いていた。同月の中頃に年に一度の祭りがあるらしく、皆その準備で忙しいのだそうだ。身重である花浪は無理をしてはいけないと言われ、家で静養していた。せめて家事だけでもこなそうと動くもつわりと大きくなってきた腹で思うようにできない。そんな様子を見て朝と夕方に義母が手伝いに来てくれ、てきぱきと家事をこなしてくれた。時折近所の村人たちも様子を見にきてくれていたが花浪にとっては家を荒らす部外者としか思えず、むしろ心はすり減っていくばかりであった。
花浪はなるべく邪魔にならないよう身を縮こまらせて日々を過ごしていた。
祭りまであと二日の夜、夕飯を食べていると圭呉からお願いがあると話しかけてきた。

「祭りの後にいつも宴会をするんだけどうちでやっていい?」

食べる手が止まる。
宴会をする。それは少なくない数の村人がこの家に入ってくるということだ。妙に甘ったるい匂いのするあの村人たちが土砂のように大量に家へと押し寄せてくる。テリトリーを踏み荒らし、匂いを染み込ませ、我が物顔で居座る。そして村人が去ったあと、自分達は荒らされ、匂いがこびりついた家で過ごさなければならない。考えるだけで気が遠くなるようだった。そのまま身体も遠くへと行ってこの村から出てしまいたい。花浪がそんな風に思っていると彼女が微妙な顔をしていることを見てか再び圭呉が話し始めた。

「ほら、花浪今はあんまり外出れないし、せっかく祭りで交流の機会あるのにこのままだと誰とも仲良くなれないままだしさ。せめて宴会うちでやったらちょっとでも仲良くなれるかもよ?」

聞いてもいない言い訳のような言葉が花浪の耳を通りすぎていく。妊娠してるのに家で宴会だなんて何を考えているの?なんでもっと早くいってくれなかったの?そんな思いが脳内を駆け巡り圭呉を批判する。しかしそんな考えは今まで迷惑をかけっぱなしであったこと、村人たちは自分に親切にしてくれたことからくる罪悪感、未だに村に馴染めていない焦燥感に塗り重ねられた。

祭り当日、花浪は家で一人、宴会の時間を待っていた。空がオレンジ色に染まり、烏が鳴き始めた頃ドアが叩かれた。重くなってきたお腹を抱えながら「はーい」と玄関を開けると圭呉が立っている。

「あれ、宴会ってまだじゃないの?」
「あー、もし体調が大丈夫そうならちょっとだけでも見に来ないかって村長から言われてさ、もうすぐ本格的に始まるし。」
「でも宴会の準備とかしとかないと......。」「みんなで持ち寄るから大丈夫だよ。」
「もうちょっと部屋の片付けとかもしたいし......。」
「全然きれいだし、誰も気にしないよ。」

結局、圭呉に半ば強引に押しきられ、祭りに顔を出すこととなった。

身支度をし、圭呉としばらく歩いていると次第にがやがやとした音が耳に入ってき始める。さらに進むと山に近い空き地となっている場所に屋根だけのテントが大きな円を描くように立ち並んでいた。その円の中心には土が盛られ、小さな山のようになっている。周りのテントでは漬物や梅干しおにぎり、豚汁、はちみつレモンなどを配布しており、皆好きなものを受け取って口にしていた。しょっぱいものが多く、出店というよりは祭りの準備をしてきた人を労うためのものに見え、何も準備を手伝っていない花浪は率先して受け取り行くことが躊躇われた。そんな様子を見かねたのか圭呉が寒いからと豚汁を二つ貰ってきたので二人で食べることにした。
豚汁をすすり、身体の奥からじんわりと暖まっていくのを感じていると、がやがやとしていた村人たちの声はいつの間にかほとんど聞こえなくなっていた。代わりにパチパチと火が燻っているような音と身体中に纏わりつく甘ったるい香りが立ち込めてきた。

「もうすぐ始まるよ。」
圭呉が耳打ちをしてくる。花浪には何も説明されていなかったため「何が始まるの?」と口を開きかけたが何やら物々しい雰囲気で誰も一言も喋っていなかったため口を結んだままとなってしまった。口を閉じ、ただその時を待っていると違和感を感じた。違和感の正体を探ろうと周囲に気を向けていると火の燻る音以外何も聞こえてこない。風の音、草木の揺れる音、虫、鳥の鳴き声。何も聞こえない。野外とは思えないほどにあまりにも静かすぎるのである。花浪は火の燻る音と甘ったるい香りが支配するその空間でひやりとした汗が背筋を這うのを感じた。
段々とパチパチとした音と甘い香りが強くなってくる。音と香りのする方向をチラリと見ると村長が大きな松明を持って円の中心に近づいていくのが見えた。足音もたてずに円の中心の小さな山に火を近づける。火の光によって小さな山が照らされた時、斑模様のついた太く長いものが小さな山に巻き付いているのが見えた。最初は「山神さま」を象ったものかと思ったが何やら様相が異なっている。小さな山に巻き付いているそれにはご神体にはあった無数の手足が存在しておらず、胴体も少し太いように思えた。しかし何よりも花浪の目を引いたのは胴体の柄だった。斑模様がところ狭しと敷き詰められている。目を細めてよく見てみると思わず「ひっ」と声をあげそうになった。斑模様の長い皮のようなものが数えきれないほどびっしりと貼り付けられている。次の瞬間じゅっという音とともに山に巻き付いたものに火が広がっていった。しばらくするといっそう強まった甘い香りの中に肉が焦げたような臭いが混ざってくる。
甘ったるい香りと焦げ臭さが混じった異臭に顔を歪め、なるべく吸い込まないよう下を向いていると周りの村人たちが立ち上がるのを感じた。一瞬、下を向いた自分を咎めようとしているのではないかと不安に思い顔を上げると村人たちは花浪のことなど気にもせず中心の小さな山に近づいていった。自分が狙われているわけではない事実に安堵して何をするのかとじっと見ていると村人たちは顔を前に突き出し始めた。次の瞬間、村長がぺっと火の山に向かって唾を吐きつけた。村長を皮切り村人たちもぺっぺっぺっと次々唾を吐く。ある程度吐いたら後ろに並んでいた人に譲り、また最後尾に並び直す。鎮火させようとしているにはあまりにも非効率に感じられる異様な光景を前に呆然としていると唐突に手を引かれた。引いた方を見ると圭呉がおり、お前もやれとジェスチャーをしている。逆らう意思もなく、列に並ぶとあっという間に火の揺らめきが眼前に迫っていた。強烈な甘い香りと熱さに一瞬ふらっとし、目を閉じる。立ち直し、目を開けると花浪は誰に言われるでもなく、自然と、そうするべきであるように火の山に巻き付いたものに向けて唾を吐きつけた。

どれだけ経ったのか、火が消えると村人たちは小さな山から離れていき、代わりに村長が山の麓に立った。

「これで今年の山送りの儀も終わりです。片付けをせなあかんからまだもう少しがんばらないけませんが、ひとまずはお疲れさんでした。」

そう声を張ると深々と頭を下げ、暗闇の中に姿を消してしまった。夜闇の中で村人たちが動き出すのを感じ花浪も何かしようと動くと圭呉に「俺たちは先に戻って宴会の準備をしよう」と声をかけられた。花浪は頷き、圭呉とともに一足先に家へと歩いていった。

家につき、宴会で使う机とちゃぶ台を軽く拭いていると玄関の戸が叩かれた。花浪が返事をする前に「はーい。」と圭呉が返事をし、ドタバタと音をたてながら玄関に向かっていった。しばらくするとお邪魔しますという声とともに村長夫婦と見覚えのある村人たちが十と数人、ずかずかと家にの中に入ってきた。おそらく花浪が顔を合わせたことのある人たちを村長が選んでくれたのだろう。また気を遣わせてしまったと少し花浪が落ち込んでいると村長がグラスを持って立ち上がった。

「みんなお疲れ!今日は祭りの完遂祝いと圭呉、花浪さん夫婦の歓迎として盛大に楽しもう!じゃあ、乾杯!」

村長に合わせて乾杯し、宴会が始まった。しばらく中身のない話に花を咲かせていると催してき、席を立った。トイレに行こうと部屋を出ると村長と出くわし、話しかけてきた。

「今日は家使わせてくれてありがとうな。」「いえいえ、全然準備手伝えなかったですしこれくらいむしろもっと何かお返ししたいくらいですよ。」
「そう言ってくれるとありがたいわ。ほんまやったらうちでやるべきなんやろうけどその腹と男一人抱えて夜道を帰るのはきついやろ」

そう言いながら村長はすっかり出来上がった圭呉を指差して笑った。

トイレを済ませ、席に戻ると今年の祭りについて村長が話していた。聞いているとどうやら今年はいつも以上に寒くなるのが早かったからぎりぎりだったとかなんとか。聞いていてもよくわからないので適当に聞き流していると一つ根本的な疑問を思い出し、村長に聞いてみた。

「あの祭りってどういうものなんですか?」

一同ポカンとし、少しすると「あぁ、そういえば言ってなかったなぁ。」と村長が話し始めた。

「あれは山神さまが冬の間は山に戻るからそれを見送るための祭りなんよ。」
「あの最後にやった火をつけて唾を吐くのは何なんですか?」

「うーん、何から話したらええかなぁ」

そう言いながら村長はポツポツと語り聞かせてきた。

昔、「山神さま」が守る山を奪い取ろうとする蛇がいた。蛇は外の武士を騙して「山神さま」を討ち滅ぼそうとし、武士を山に向かわせたが武士は返り討ちにあった。しかし最後の力を振り絞って無礼にも「山神さま」に向けて唾を吐きつけたという。その唾が「山神さま」の目にかかり、「山神さま」は目がほとんど見えなくなってしまったそうだ。それ以来「山神さま」は蛇と唾を恐れるようになってしまい、山に帰っても中々眠れなくなってしまった。そこで村人たちは蛇はもうおらず、安心して山に戻って休んでも大丈夫ですよという証を示すために蛇の皮を貼り付け、蛇を象ったものを燃やし、唾を吐きつけ始めたのだという。

聞き終わった後、花浪はすんなりと内容が頭に入り、なるほどと自分が納得しているのを感じた。敵対しているものを燃やし、更には唾を吐きつけるなどということは恨みにも近いように感じたが花浪はそれ以上に「納得」し、風習を受け入れていた。
祭り以来、カサカサという音はしばらく聞こえなくなっていた。

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彼女もだいぶ馴染んできましたね。

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