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70年連続増配を生んだP&Gの「勝ち続ける仕組み」

マーケティングを学んでいると、何度もP&Gという会社に行き着きます。

P&Gは、パンパース、アリエール、ファブリーズ、パンテーン、ジレットなど、世界中で使われる日用品ブランドを数多く持つ会社です。

マーケティングの世界では非常に有名で、ブランドの育て方、消費者調査、人材育成、組織文化など、さまざまな分野でお手本として語られてきました。

あまりにも有名なので、「P&Gはマーケティングが強い会社」という言葉で理解した気になってしまいがちです。

しかし、改めて数字を見ると、その表現だけでは足りないと思います。

P&Gは70年連続で増配しています。

増配とは、株主に支払う配当金を前年より増やすことです。

配当そのものは136年連続。2026年度には102億ドルを配当として株主へ還元し、2026年4月の増配によって連続増配記録を70年まで伸ばしました。

70年前は1956年です。

その間にはオイルショックも、IT革命も、金融危機も、パンデミックもありました。消費者も、メディアも、流通も、競争環境も大きく変わっています。

もちろん、70年間ずっと利益が増え続けたという意味ではありませんし、増配だけで企業の優劣を判断することもできません。

それでも、経営者も社員も入れ替わり続ける中で、70年間にわたって前年より多く株主へ還元できる会社であり続けた。この事実は、偶然や一人の天才だけでは説明しにくいものです。

私は、マーケティングの「再現性」を探すうえで、P&Gは最も重要な企業のひとつだと思っています。

マーケティングの再現性とは、「たまたま一度売れた」ではなく、環境や担当者が変わっても、売れる確率を高める考え方や仕組みを持てるかということです。

P&Gの凄さは、強いブランドをつくったこと以上に、強い意思決定をする人を何世代にもわたって生み出してきたことにあるのではないか。

そして、その仕組みを調べていくと、ブランドマネジメント、消費者調査、人材育成、企業文化が、別々の成功要因ではなく一つのシステムとしてつながっているように見えてきます。


ブランドマネジメントは「小さな経営者」をつくる仕組みだった

P&Gの歴史を語るうえで欠かせないのが、ブランドマネジメントです。

ブランドマネジメントとは、商品ブランドごとに責任者を置き、そのブランドをどう成長させるかを一貫して考える経営方法です。

P&G自身も、1931年にNeil McElroyがブランドマネジメントを生み出したことを公式の歴史に記録しています。

その中心にいるのが「ブランドマネージャー」です。

簡単に言えば、アリエールならアリエール、パンパースならパンパースというように、一つのブランドを小さな会社のように見て、その成長に責任を持つ人です。

ただ広告をつくるだけではありません。

市場をどう捉え、商品をどう売り、どこへ予算を使い、最終的にどれだけ売上や利益を残すかまで考えます。

つまり、仕事の視点が自然と「広告」から「経営」へ広がっていきます。

ここで重要になるのがPLです。

PLとはProfit and Loss、つまり損益計算書のことで、簡単に言えば「いくら売って、いくら費用を使い、最終的にいくら利益を残したか」を表す会社の成績表です。

若いうちからこの数字を見るということは、「面白い広告ができました」で仕事が終わらないということです。

その判断によって本当に売上が増えたのか。使ったお金に見合う利益が残ったのかまで考えなければなりません。

マーケティングの仕事をしながら、実質的には経営の練習をする。

これがP&Gの人材育成の強さの一つだと思います。

ただ、ここで私は一つ疑問を持ちました。

なぜP&Gは、若い社員にそこまで大きな責任を渡せるのでしょうか。

「若手を信頼する文化があるから」だけでは、少し説明が足りません。

若手へ会社全体の命運を左右する意思決定を任せれば、経営としては危険です。

そこでP&Gのブランド構造そのものを見ると、別の可能性が見えてきます。

P&Gは「会社の名前」より「ブランドの名前」で市場を取りにいく

スーパーやドラッグストアで洗剤を選ぶとき、「今日はP&Gの商品を買おう」と考える人は、それほど多くないでしょう。

多くの人が見ているのは、アリエールやボールドといった個々のブランドです。

P&Gにはパンパース、アリエール、ジレット、パンテーン、Head & Shouldersなど、多くのブランドがあります。

こうした複数のブランドをまとめて持つ構造を「ブランドポートフォリオ」と呼びます。

「ポートフォリオ」という言葉は金融でも使われますが、ここでは会社が複数のブランドを組み合わせて事業を持っている状態くらいに考えてください。

ここからは私の仮説です。

このブランドポートフォリオは、市場を攻略するためだけでなく、「経営責任を分割する装置」としても機能しているのではないでしょうか。

一つのブランドしか持たない会社で、そのブランド全体を若手に任せれば、失敗の影響は会社全体に及びます。

経営側としては当然怖いので、本当に重要な意思決定になるほど上司や経営陣が介入します。

結果として「若手に任せる」と言いながら、最後の意思決定は上の人がする状態になりやすい。

ところがP&Gでは、一つのブランドは大きな事業であっても、P&G全体から見れば数多くあるブランドの一つです。

ブランドマネージャー本人にとっては、自分の意思決定が売上や利益へ直結する大仕事です。

一方でP&G全体から見れば、その意思決定の影響をある程度ブランド単位に閉じ込めることができます。

本人にとっては「経営」だが、会社にとっては「許容可能な経営実験」になる。

もしこの仮説が正しければ、P&Gはブランドを分けることで、市場だけでなく経営責任まで分割したことになります。

さらに、消費者に前面に出しているのもP&Gという会社名ではなく、それぞれのブランドです。

この構造も、ブランド単位で意思決定しやすくすることを支えているのではないかと思います。

「会社には小さく、本人には大きい仕事」をつくる

優秀な人材を育てるには、本物の意思決定を経験する必要があります。

しかし、人材育成には矛盾があります。

重要ではない仕事ばかり任せても、人は育ちにくい。一方で、失敗すれば会社が傾くような仕事を経験の浅い社員へ任せることもできません。

P&Gのブランドポートフォリオは、この矛盾をうまく解いている可能性があります。

一つのブランドを本人にとって十分大きな責任単位にしながら、企業全体ではリスクを分散する。

会社にとっては失敗しても致命傷にならない。しかし本人にとっては絶対に他人事にできない。

このサイズの仕事が、人を育てるにはちょうどいいのではないでしょうか。

自分で考え、自分で決め、その結果が数字として返ってくる。失敗すれば、なぜ失敗したのかを考える。次はもっと大きな責任を任される。

研修で「経営者思考」を教えるより、実際に小さな経営を経験させた方が、人は育ちます。

P&Gのブランドマネジメントは、マーケティングの仕組みであると同時に、人材育成の仕組みでもあるのだと思います。

ただし、強い当事者意識だけでは危険になる

ここまでなら、「若手に任せれば人は育つ」という話で終わります。

しかしP&Gが面白いのは、その反対側の仕組みも持っていることです。

ブランドを任された人には、当然「自分の商品を成功させたい」という強烈な当事者意識が生まれます。

これはOwnership、つまり「自分がこの仕事のオーナーだと思って責任を持つ」という考え方にもつながります。

ただし、当事者意識が強くなるほど、自分の商品を良く見すぎる危険も大きくなります。

「この商品はいいから売れるはずだ」「この広告なら伝わるはずだ」と、自分の仮説を信じたくなります。

そこでP&Gには、事業を伸ばす側とは別に、消費者を理解する専門機能があります。

P&Gは非常に早い時期から消費者調査に取り組んでおり、現在もAnalytics & Insightsという専門組織が消費者理解を担っています。

簡単に言えば、「売りたい人」と「消費者を冷静に見る人」を分けているわけです。

これは非常によくできています。

ブランド側には事業を伸ばす強い責任を持たせる。

その一方で、「消費者は本当にそう思っているのか」を調査やデータで確かめる専門性を置く。

強い当事者意識と、強い反証機能を同時に持つ。

この二つがあることで、ブランドマネージャーの意思決定の質を高められるのだと思います。

Consumer is Bossは、巨大組織をつなぐ共通の北極星

そして、その両者をつなぐのが、P&Gで長く使われてきた「Consumer is Boss」という言葉です。

直訳すれば「消費者がボス」。

つまり、最終的に判断する基準は社内の上司ではなく、商品を使う消費者だという考え方です。

言葉だけなら、「お客様第一」と大きくは変わりません。

P&Gの凄さは、この言葉を長期間、世界中の組織で共通の判断軸として使っていることだと思います。

会社が大きくなるほど、意思決定は内向きになります。

上司がどう思うのか、過去にどうしていたのか、本社は何と言うのか。組織を動かす以上どれも必要ですが、それだけを見ていると、いつの間にか消費者がいなくなります。

そこで「Consumer is Boss」という基準へ戻る。

ブランドマネージャーと消費者調査の専門家の意見が違っても、最後に見る相手は消費者です。

私は、企業文化とは全員に同じ答えを覚えさせることではないと思っています。

迷ったときに戻る場所を揃えることです。

P&Gでは、その場所がConsumerなのだと思います。

PurposeとOwnershipが、若手への権限移譲を可能にする

P&GではPurpose、Leadership、Ownershipといった考え方も重視されています。

Purposeとは「何のためにこの仕事をするのか」という目的です。

Ownershipは、自分の仕事を「誰かから言われた仕事」ではなく、自分自身が責任を持つ仕事として扱う姿勢です。

若手へ大きな仕事を任せる会社では、この二つが重要になります。

権限だけを渡して「好きにやっていい」と言えば、組織はバラバラになります。

しかし、何のために仕事をするのかというPurposeがあり、Consumer is Bossという判断軸があり、自分自身で結果を引き受けるOwnershipがあれば、細かな判断を現場へ渡しやすくなります。

上司が一つひとつ正解を教えるのではなく、正解を考えるための原則を共有する。

だから若手へ仕事を任せられる。

任せるから、人が育つ。

そして育った人が、次の世代へ同じ考え方を伝えていく。

P&Gの強さは、優秀な研修制度があるというより、仕事そのものが人を育てるように設計されている点にあるのだと思います。

しかも、自分たちの成功体験すら疑う

私がP&Gに特大のリスペクトを感じるのは、自分たちの成功体験だけに閉じこもっていないことです。

P&Gはブランドマネジメントの歴史をつくり、100年以上にわたって消費者を研究し、世界中で巨大ブランドを育ててきた会社です。

普通なら、「自分たちのマーケティングこそ正しい」と思っても不思議ではありません。

それでも外部の研究から学び続けています。

象徴的なのが、マーケティング研究で世界的に知られるEhrenberg-Bass Institute、アレンバーグ・バス研究所との接点です。

この研究所は、実際の購買データを大量に分析し、「既存客だけを大切にすれば成長する」「細かくターゲットを絞るほど広告効率がよくなる」といったマーケティングの常識を検証してきた研究機関です。

P&Gはかつてデジタル広告で対象を細かく絞りすぎていたことを認め、より多くの人へ広告を届ける方向へ修正しました。

Ehrenberg-Bass Instituteも、このP&Gの変化を取り上げています。

ここにP&Gの強さが表れていると思います。

自分たちが正解を知っているから強いのではない。自分たちの正解を更新できるから強い。

Consumer is Bossという目的は変えない。

しかし、その消費者へどう価値を届けるかという手段は変える。

目的は固定する。手段は固定しない。

長期間勝ち続けるには、この姿勢が非常に重要なのだと思います。

普通の会社は、P&Gをどう真似すればいいのか

ここまで書くと、「P&Gだからできる」で終わってしまいそうです。

多数の巨大ブランドを持つP&Gと同じ組織構造を、そのまま普通の会社へ移植することはできません。

特に、一つのブランドで会社全体を経営している企業では、若手へブランド全体を渡すのは難しいでしょう。

しかし、真似すべきなのは制度ではなく原理だと思います。

P&Gにとっての「一ブランド」が大きすぎるなら、責任単位をもっと小さく切ればいい。

例えば、一つのカテゴリーエントリーポイント、略してCEPを担当させる方法があります。

CEPとは、消費者がその商品カテゴリーを買いたくなるきっかけや場面です。

飲料なら「暑いとき」「食事中」「スポーツの後」、コーヒーなら「朝起きたとき」「仕事中に一息つきたいとき」といったものが該当します。

ブランド全体を任せるのではなく、「スポーツ後に思い出されるブランドになる」という一つのテーマを若手へ丸ごと任せる。

その場面ではどんな消費者がいるのかを調べ、どうすればブランドを思い出してもらえるのかを考え、予算を使い、広告や販促を実施し、最後に結果まで見る。

会社全体から見れば、一つのキャンペーン程度の規模かもしれません。

しかし本人から見れば、自分で市場を定義し、戦略を考え、お金を使い、結果を引き受ける仕事になります。

会社には小さく、本人には大きい責任をつくる。

これなら単一ブランド企業でも、P&G型の人材育成の考え方を部分的に再現できるかもしれません。

これはP&Gが公式に提唱している方法ではなく、ブランドマネジメントの構造から私が導いた仮説です。

ただ、P&Gから普通の会社が学ぶなら、ブランドマネージャーという肩書だけを真似するより、こちらの方が本質に近いのではないかと思っています。

P&G最大の発明は「人が育つ経営システム」なのかもしれない

ここまで見てくると、P&Gの強さは一つの制度だけでは説明できません。

若手に大きな責任を渡すブランドマネジメントがあり、それを企業全体では複数ブランドの組み合わせによってリスク分散する構造がある。

強いOwnershipを求める一方で、消費者調査の専門家が事業責任者の思い込みを補正する。

Consumer is BossやPurposeによって、権限を現場へ渡しても判断が完全にバラバラにならないようにする。

さらに、自分たちの成功体験を絶対視せず、外部の研究からも学ぶ。

こうして見ると、すべてがつながっています。

だからP&Gは、「優秀な人を採用しているから強い」だけでは説明できないのだと思います。

優秀な人を採用し、本物の意思決定を経験させ、その結果から学ばせ、次の大きな仕事を任せる。

その人がまた次の人を育てる。

私はマーケティングの再現性を探すうえで、P&Gは最も重要な企業のひとつだと思っています。

70年連続増配という数字は、この仕組みの因果関係を証明するものではありません。

しかし少なくとも、一時的なヒットや一人の天才だけでは説明しにくい時間軸で結果を残してきたことは確かです。

P&G最大の発明は、強いブランドそのものではなく、「若手に経営を任せても会社が壊れず、その経験から次の経営者が育つ仕組み」なのかもしれません。

ブランドをつくる。

そこで人が育つ。

育った人が、また次のブランドと人を育てる。

この循環を何十年も回し続ける。

マーケターとして、P&Gには特大のリスペクトしかありません。



この記事のように、企業やブランドの成功を表面的な事例ではなく「なぜ再現できるのか」まで掘り下げる記事をもっと読みたいと思ったら、スキで教えてください。読者の反応を見ながら、今後増やすテーマを決めています。

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参考URL

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