消費日記|なぜ私は、近所のドラッグストアではなくロフトでワックスを買ったのか
クレジットカードやQR決済の履歴を見ると、自分がいつ、どこで、いくら使ったのかがわかります。
しかし、そこに「なぜ買ったのか」は記録されていません。
必要だったからなのか。欲しかったからなのか。失敗したくなかったからなのか。
そこで、実際の支払い履歴から、自分の消費を動かした本能的な理由と理性的な理由を振り返る「消費日記」を始めてみます。
今回取り上げるのは、ロフトで購入したヘアワックスです。
なぜ近所のドラッグストアで買わなかったのか
私は普段使っているワックスを買うために、最寄りのドラッグストアではなく、少し離れたロフトまで歩きました。
理由は、ドラッグストアにいつもの商品が置かれていなかったからです。
ワックスというカテゴリーだけで見れば、代替商品はいくつもありました。それでも私は店頭の商品を比較せず、ロフトへ向かいました。
以前、同じように普段の商品が見つからず、別のワックスを買ったことがあります。
しかし、その商品は伸ばしにくく、思ったように髪がまとまりませんでした。毎朝使うたびに、小さな不満が発生しました。
その経験から今回は、新しい商品で得られるかもしれないメリットより、再び使いにくい商品を買う可能性を避けたのだと思います。
プロスペクト理論における損失回避だと断定はできませんが、少なくとも「同じ失敗をしたくない」という心理はありました。
私はワックスではなく、失敗しない安心感を買っていたのです。
強い愛着がなくても、同じ商品は買われる
私はこのワックスブランドを熱烈に愛しているわけではありません。
ブランドの理念も知りませんし、友人に積極的に勧めるほどの思い入れもありません。
なんなら商品名もしっかりと覚えていません。
それでも、少し歩いてまで同じ商品を買いました。
一度問題なく使える商品が見つかれば、次もそれを選ぶ方が楽だからです。新しい商品を試すには、情報を調べ、違いを比較し、失敗する可能性を引き受けなければなりません。
いつもの商品なら、その意思決定を省略できます。
習慣とは、強いブランド愛というより、選択にかかる負担を減らす仕組みなのかもしれません。
継続購入されているからといって、強く愛されているとは限りません。「好きだから買う」と「選び直す理由がないから買う」は、結果は同じでも内側の心理が異なります。
ロフトは、どのように思い出されたのか
今回、ワックスカテゴリーの購入を考え始めたきっかけは、「普段使っているワックスがなくなったこと」です。
これがカテゴリーエントリーポイントです。
そこで使い慣れたブランドを思い出しましたが、最寄りの店にはありませんでした。
次に発生したのが、「どこで買うか」という店舗選択です。
そのとき私は、
「ロフトなら置いているかもしれない」
と考えました。
ロフトには、ドラッグストアよりも多くのヘアケア商品が置かれているという認識があったからです。
つまりロフトは、
「近所の店に欲しい商品がないとき」
「品ぞろえの多い店で確実に探したいとき」
に思い出される店舗になっていました。
ロフトの強さは、私がロフトを好きだったことではなく、「近所になければロフト」という記憶を獲得していたことです。
電車に乗る距離なら、結果は違っていた
ただし、ロフトが電車に乗らなければ行けない距離にあったら、結果は違っていたと思います。
交通費や移動時間までかかるなら、近所のドラッグストアにある別の商品を選んだかもしれません。Amazonや楽天市場で注文した可能性もあります。
私は「どれほど遠くても、このブランドでなければならない」と考えていたわけではありません。
追加で歩く負担と、別の商品を選んで失敗する可能性を、無意識に比較していました。
消費者には、ブランドを買うために許容できる負担の上限があります。
ブランドを思い出しても、許容できる範囲で買えなければ、需要は競合や別の購入先へ流れます。
今回の購入を構造化する
今回の購入は、次のような流れで成立しました。
普段使っているワックスがなくなった
↓
ワックスカテゴリーの購入が想起された
↓
使い慣れたブランドを思い出した
↓
最寄りのドラッグストアには置いていなかった
↓
過去に代替商品で失敗した経験を思い出した
↓
新しい商品を選ぶリスクを避けたくなった
↓
品ぞろえの多いロフトを思い出した
↓
歩く負担は許容できると判断した
↓
ロフトで普段のワックスを購入した
この一件を、3人のマーケターの立場から振り返ってみます。
ワックスブランドのマーケターから見る
良かった点は、商品が私の記憶からすぐに呼び出されたことです。
過去の使用経験に大きな不満がなく、競合商品を選ぶより同じ商品を探す行動を引き出せていました。
一方で、購入はかなり危うい状態でした。
最寄りのドラッグストアに商品がなかったため、メンタルアベイラビリティはあっても、身近な売り場でのフィジカルアベイラビリティが不足していました。
ロフトが遠ければ、競合商品に乗り換えていた可能性があります。
ブランド担当者が優先すべきなのは、好意をさらに高めることより、思い出された需要を未配荷や欠品で逃さないことかもしれません。
ドラッグストアのマーケターから見る
良かった点は、最初の購入先として選ばれたことです。
近さと利便性によって、ワックスが必要になった瞬間の来店を獲得できていました。
しかし、欲しい商品がなく、購入直前の顧客をロフトへ流しました。
私に値引きやポイント還元は必要ありませんでした。商品が棚にあれば、そのまま購入していた可能性が高かったからです。
すべての商品を置けないのであれば、近隣店舗の在庫検索、取り寄せ、アプリ注文、店舗受け取りなどによって、自社の流通網から需要を逃がさない設計が必要です。
集客に成功しても、品ぞろえが需要と合わなければ売上にはなりません。
ロフトのマーケターから見る
良かった点は、「一般的な店にない商品でも、ロフトなら見つかる」という期待を獲得していたことです。
在庫を確認していなかったにもかかわらず、私はロフトまで歩きました。
品ぞろえは商品の売上をつくるだけでなく、店舗への来店理由にもなっています。
一方で、今回の成功は徒歩圏内だったことに依存しています。また、品ぞろえへの期待が強いほど、実際に在庫がなかったときの失望も大きくなります。
店舗別在庫の表示、取り置き、店舗受け取りなどによって、「ありそう」という期待を「確実にある」という情報へ変えることが重要です。
一件の購入には、複数企業の成功と失敗がある
今回、売上を得たのはワックスブランドとロフトです。
しかし、ワックスブランドは流通の弱さによって競合への乗り換え寸前でした。
ドラッグストアは最初の来店を獲得しながら、品ぞろえで売上を逃しました。
ロフトは品ぞろえへの期待で売上を得ましたが、距離が遠ければ選ばれなかった可能性があります。
ワックスブランドは記憶で勝ち、流通で危うかった。
ドラッグストアは立地で勝ち、品ぞろえで負けた。
ロフトは品ぞろえで勝ち、距離に制約があった。
購入とは、最も魅力的な商品が自動的に選ばれる現象ではありません。
思い出されること。
近くにあること。
店に置かれていること。
失敗しにくいこと。
探す負担が小さいこと。
これらがつながったとき、初めて売上が成立します。
支払い履歴に残っているのは、購入金額と店舗名だけです。
しかし、その一行を掘り下げると、一社の成功だけではなく、複数企業の成功と失敗が連鎖した結果が見えてきます。
これからも自分の支払い履歴を振り返りながら、なぜそれを買ったのかを考えてみようと思います。
毎日の何気ない支払いの中に、マーケティングの本質が隠れているかもしれません。
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参考URL
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science
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Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science
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Daniel Kahneman and Amos Tversky
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Wendy Wood and David T. Neal
The Habitual Consumer
https://myscp.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1016/j.jcps.2009.08.003
