PayPayは100億円で勝ったのではない。赤字で「使える場所」を買った
「PayPayはなぜ、これほど普及したのか」
そう聞かれたとき、多くの人が思い浮かべるのは、2018年の「100億円あげちゃうキャンペーン」ではないでしょうか。
支払額の20%が戻り、抽選で全額還元される。100億円の還元原資は、開始からわずか10日で上限に達しました。
しかし、大規模な還元キャンペーンを実施した決済サービスはPayPayだけではありません。それでも、コード決済市場で圧倒的な地位を築いたのはPayPayでした。
PayPayが最初からすべてを計算していたのかは分かりません。
ただ、成功要因を結果から逆算すると、PayPayが買っていたのは利用者だけではありません。
日本中の「PayPayを使える場所」だったように見えます。
使えない決済サービスに100億円を投じても意味がない
決済サービスは、アプリを登録してもらうだけでは定着しません。
スーパーでも、飲食店でも、行きつけの美容室でも使えない。そんな状態では、キャンペーンが終わった瞬間に使う理由もなくなります。
アレンバーグ・バス研究所は、ブランド成長の重要な要素として、メンタル・アベイラビリティとフィジカル・アベイラビリティを挙げています。
前者は買う場面で思い出されやすいこと。後者は実際に見つけ、買いやすいことです。
PayPayに置き換えれば、広告で名前を覚えてもらうだけでは足りません。支払おうとした場所で、本当に使えなければならないのです。
PayPayはキャンペーン開始前から、全国20拠点の営業力を活用し、地方や個人商店を含む加盟店開拓を進めていました。サービス開始約10カ月後には、登録ユーザー1,000万人、加盟店100万カ所、累計決済1億回に到達しています。
キャンペーンで利用者を増やし、増えた利用者が加盟店の導入理由になる。加盟店が増えることで、利用者には継続して使う理由が生まれる。
PayPayは広告と加盟店開拓を別々に行ったのではなく、両方を同時に回転させたのです。
個人商店という空白地帯を先に埋めた
PayPayの強さを象徴しているのは、華やかなテレビCMよりも、営業担当者が街の店を一軒ずつ訪問したことです。
店舗にQRコードを置き、利用者が読み取る方式なら、高額な専用端末は必要ありません。さらにサービス開始時には、この方式の加盟店決済手数料を3年間無料としました。
導入費用を下げる。手数料を無料にする。営業担当者が訪問し、設定や利用まで支援する。
当時、中小店舗にとっては、手数料、端末代、入金までの時間などがキャッシュレス決済導入の障壁になっていました。PayPayは、個人商店が導入しない理由を一つずつ取り除いたのです。
重要なのは、これは当時だから成立した勝ち筋だということです。
2018年当時、多くの個人商店には、まだコード決済が十分に入り込んでいませんでした。PayPayは、誰も制圧していない空白地帯を先に埋めることができました。
しかし、競合が今から同じ戦略を取っても、同じ結果にはなりません。
まず全国の個人商店を一軒ずつ回り、PayPayと同規模の加盟店網を作らなければならない。その先には、すでに利用者も店員も慣れているPayPayとの、還元や利用頻度をめぐる消耗戦が待っています。
PayPayは「空いている市場を開拓する費用」を負担すればよかった。
後発企業は、「加盟店網を作る費用」と「PayPayから利用者を奪う費用」を二重に負担します。
戦略が秘密だから真似できないのではありません。
今から真似すると採算が合わないところまで、市場を先に埋めたから真似できないのです。
「ペイペイ」という音が街を広告媒体にした
PayPayは、ソフトバンクとヤフーを基盤に生まれました。しかし、名称は「SoftBank Pay」でも「Yahoo! Pay」でもありません。
キャリアに閉じないための意図的な命名だったかは確認できません。
ただ、結果として「PayPay」という名前は、ソフトバンク利用者だけのサービスという印象を弱めました。親会社の顧客基盤は使いながら、対象市場を親会社の顧客だけに絞らない名称になっています。
さらに強力だったのが、決済時に鳴る「ペイペイ」という音です。
誰かが支払うたびに、本人、店員、周囲の客へブランド名が伝わります。現在も決済音は音量を調整できても、完全には消せません。
この音は、ブランドを識別させる音声資産であると同時に、「この店ではPayPayが使える」と知らせる合図でもあります。
決済されるたびに、ブランド名と利用可能店舗の存在が同時に伝わる。
利用者自身がPayPayの広告塔になり、街中が広告媒体へ変わっていたのです。
赤字で広告効率の高い土壌を買った
PayPayは、キャンペーン、手数料無料、営業組織に巨額の費用を投じました。
一般的には、赤字で利用者と加盟店を買ったように見えます。
しかし結果から逆算すると、PayPayが買ったのは、競合のフィジカル・アベイラビリティが追いつけない状態だったのではないでしょうか。
使える場所が多いPayPayと、使える場所が少ない競合が同じ還元キャンペーンを行っても、その後の結果は異なります。
PayPayは日常の店で使えるため、キャンペーン終了後も利用されやすい。一方、使える場所が少ないサービスは、登録されても決済習慣に入り込めません。
つまり、加盟店網が広がるほど、次のキャンペーンで獲得した利用者を継続利用へ変えやすくなります。
PayPayが先に掘った赤字は、将来の広告投資が競合より効きやすくなる土壌を作りました。
広告で利用者を増やす。
利用者が増えるから店舗が加盟する。
店舗が増えるから利用者が定着する。
決済されるたびに「ペイペイ」という音が鳴り、普及していることが街中で見える。
この循環が回り始めれば、後発企業はキャンペーン費用だけでは追いつけません。
PayPayは100億円で勝ったのではありません。
100億円によって生まれた需要を受け止める「使える場所」を増やし、競合が追いつこうとすると採算が合わない状態まで先に進んだから勝ったのです。
広告を大きく効かせたければ、広告だけを大きくしてはいけません。
広告を見た人がすぐに買え、一度使った人が何度でも使える構造を先に作る。
これこそが、PayPayというヒットから抽出できる最大の学びではないでしょうか。
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参考URL
PayPay「100億円あげちゃうキャンペーン」
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https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/smartsme/2019/190313smartsmegy.html
